六章三話「進撃する怒りの元凶」(13)
「……ふむ。菌が入っている様子はないな」
手術から三日後……
刀弥は病院に赴き術後の経過を医者の女性に見てもらっていた。
「腕の動きに違和感やおかしな挙動を感じたことは?」
「ないです」
しいて上げるならば筋力が落ちているくらいだが、こればかりは仕方ない。やれる事と言ったら以前の状態に戻すべくリハビリをする事ぐらいだけだ。
その後も腕を観察しながら刀弥に次々と質問を投げかけてくる医者の女性。触ってちゃんと感触が返ってくるか。わざと引っ掻いて痛みを感じられるか等、色々だ。そんな問いに刀弥はしっかりと答えていく。
「……問題なさそうだな」
やがて、必要な事は全て終えたのか医者の女性はそう呟いて刀弥の方に向き直った。
「とりあえずはもう大丈夫だ。完治したと言って差し支えない」
「そうですか」
その言葉で刀弥は安堵する。正直言えば、自分がちゃんと治っているのか密かに不安だったのだ。
見た目的にも動作的にも問題はないが、何か自分が気がついていないあるいは問題なしだと思い込んでいるような事があるのではないか。未体験の治療という事もあってそんな不安が頭にちらついて離れなかったのだ。
「まあ、しばらくは腕を振る感覚を思い出すこととリハビリをしっかりするんだな」
「そうですね。実際、それが大変でした」
実のところ手術のあった当日、ミレイの食事の後刀弥は急いで左腕の感覚を取り戻すべくかなり激しい訓練をしたのだが、その翌日彼は激しい筋肉痛に悩まされることになったのだ。
おかげで午前はベッドの上でゴロゴロと痛みと戦い、ようやくそれに慣れたのは夕方。以降彼はこれに懲りてゆっくりと腕を慣らしていく事にしたのだった。
「まあ、あまり焦るな。激しく動かすと痛みに悩まされることになるぞ」
「……そうですね」
既に体験してしまっているのだが、それを気付かせないように苦笑で隠そうとする刀弥。
それに対し医者の女性は口元を緩め意味深なほほ笑みを返しのだった。
その事に刀弥は気づかないふりをする。
「さて、他に質問や疑問がないのならこのまま終わりにしたいと思うのだが」
「はい。ありがとうございました」
もう質問はなかったのでそう応じて立ち上がる刀弥。
「失礼します」
そうして彼はは病室を後にしたのだった。
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病室を出た刀弥はそこで待っていたリアと合流するとすぐに宿屋へと直行。
荷物をまとめ宿屋を後にすると、その足で街の出口へと向かった。
見慣れたいつも通りの町並みが刀弥の視界を流れていく。
この光景もこれで最後か。そう思うとなんだか名残惜しくなってくる刀弥。
と、ふと左を見るとリアがじっと刀弥の左腕を見つめていた。
「どうしたんだ?」
その視線がこそばゆくてつい刀弥はそんな質問を投げかけてしまう。
「え? いや、その……」
彼の質問に慌て出すリア。それから彼女はもう一度刀弥の左腕に視線を投げかけると、その視線を刀弥の方に向けこう答えた。
「ようやく治ったんだな~って思って」
「……ようやくか」
よくよく考えてみたら左腕を切られてから結構な日にちが経っている。そういう意味では確かにようやくだ。
「今度は大事にしてよね」
体をという意味だろう。その言葉に刀弥は苦笑するしかない。
「わかってるさ。俺だって死ぬ気なんてないからな」
あの時は左腕で済んでよかった。もしかしたら首を切られ即死という可能性だってあったのだ。
結果良ければ全て良しという言葉があるが、それでも運ばかりに頼っていては駄目だ。
いくつもの可能性にできるだけ備え、それでも駄目な時に運に任せる。運とは本当に最後の最後に力になってもらうべきものなのだ。
とにかく次はあのようなフェインには引っかからず読みきって対応していく。そう再び心に誓う刀弥。
「そうそう」
一方、リアはそんな刀弥の返答に満足そうな笑みを浮かべて何度も頷いていた。
それが居心地悪くて急いで刀弥は話題の転換を試みてみる。
「そういえばルードと一緒にいた奴は何者だったんだろうな」
「……そういえばそうだね」
この試みにリアは見事に食いついた。
ルードと一緒にいた男の正体。それは刀弥も気になっている。彼と同行している以上、まともな人物ではないだろう。ひょっとしたらドラインを必要としているのは彼の方なのかもしれない。
「案外、主導しているのはそいつの方でルードの方が手伝いって可能性もあるのかもな」
男の企みに興味を持って協力。彼の印象を考えると十分有り得る。
「だとすると、その人の事を調べれば目的がわかるかもしれないね」
「問題は誰があの男の事を知っているかだな」
目的を知るためには男の正体を突き止めなければならないが、その正体を突き止めるためには何を調べればいいのかがわからない。例えるなら迷路に挑もうとしてその迷路の入口を探して迷っているという状態だ。
スタート地点に辿り着かないのなら始めることもできないし、始まっても追いかけることができない。
「さて、どうやって調べたものか」
「とりあえずはドラインの行方を探す傍らで聞いてみるしかないよね」
他に手がない以上、それぐらいしか刀弥達にできる事はない。
「そうだな」
「……そういえば、ねえ刀弥」
と、ふと何か気が付いたのかリアが首を傾げながら訊いてくる。
「なんだ?」
「あのね……刀弥がルード達の目的を気にして追いかけるってのはわかったけど……それで相手の目的がわかったらどうするつもりなのかなって?」
「……はい?」
なんだ。その質問は。
彼女の問いに最初に刀弥の頭に浮かんだのはそんな言葉であったが、よくよく考えてみると自身の中に当然のように『その目的を阻止する』という思考があることに思い至る。
別に目的を知った後、自分達自身の手でその目的を阻止する必要はないのだ。その世界の治安維持組織に教えるのもありだし、ひどい話ではあるが他人の所の事だからと放っておくのもいい。
何も刀弥達が阻止しなければならない理由はないのだ。けれども――
「悪い目的なら阻止したい」
そうだとしても刀弥はその選択を選びたいと思う。
「どうして? 誰かに任せるっていう選択もあると思うけど」
そんな彼の答えに改めて問いを投げてくるリア。
当然の疑問。やる必要がないのなら関わらないほうが自身にとっては安全だ。未来を望むならその方がいいに決まっている。
少しばかり刀弥は思考。やがて彼は曖昧だった思いの言葉を整理し終えるとそれをリアの問いの返答として返したのだった。
「まあ、それもありだな……でも、俺は出来る限り自分の関わったことについては見届けたいと思ってるんだ」
捕まった大型ドラインがどうなり何に利用されるのか。それを知ろうとすればまた新たな出来事に関わることになり、それを繰り返して最終的には何らかの結果に至ることになる。
自分達の関わった事がどうなっていくのか。それは誰もが抱く興味だ。けれど、それは誰もが都合という理由によって断念してしまうものでもあるのだ。
それは刀弥も例外ではない。いろんな世界を旅するという都合がある以上、彼は時間や移動の制約に縛られ一つの事柄を終端まで追うことはできないのだ。
終わりまでは見届けられない。こればかりは刀弥としてもどうしようもない事である。そのため彼はその代わりにせめて可能な限りその事柄に関わっていこうと思ったのだ。
「……おかしいか?」
反応のないリアに刀弥は不安そうな声で尋ねる。
彼自身としても恥ずかしい事を言ってしまったと内心後悔しているのだが、反応がないというのもそれはそれで辛い。
「ううん。そんな事ないよ。その気持ち私もわからなくはないし……」
と、リアがようやく反応を示した。
「ごめん。ちょっと感心しちゃってた」
どうやらそれで反応がなかったらしい。
「とりあえず方針は了解。後はちゃんと追いかけられるかだね」
「そればかりは実際にやってみないとわからないな」
苦笑を返して刀弥は前を見る。視界に入るのは街の出口だ。
あそこを出ればまた旅生活の始まりである。
「それじゃあ、いくか」
「うん」
二人にとっては慣れた始まり。いつもの通り出口を抜ける。
そうして二人はイステリアを後にしたのだった。
三話終了
六章終了
ともかくこれで六章は終了です。
次は七章となります。




