六章三話「進撃する怒りの元凶」(12)
そうしてドラインの襲撃から二日――襲撃してきたのが日を跨いだ頃だったので一日と見ることもできるが一般的には二日として見られている――が過ぎた。
最初の朝はかなりまだやる事が残っていることもあってか、かなり慌ただしかった。
けれども、皆やはり慣れているのか多くの作業は夜ぐらいには完全に終了しており二日目に入る頃には完全に元の状態だ。
戦死者は一日目の昼過ぎに盛大な葬儀が行われた。木々の櫓に一人一人名前を読み上げられながら放り込まれていく死者達。それが終わると櫓には火が放たれ無残の死体達は灰へと変わっていく。
こうしてできた灰は墓地である老樹の元へと運ばれると、多くの人達の手によって大地へと還っていった。
感謝と悲しみの感情が渦巻き沈黙が漂う広場。けれども、それをいつまでも引きずっている訳にはいかない。むしろ、今は街が無事であることを皆で喜び合うべきなのだ。
そのためなのか葬儀が終わると街はすぐさま宴ムードへと切り替わった。
店を出す人も店を訪れる人も皆、騒がしく楽しく宴の時間を過ごす。
それは死者達に自分達は大丈夫だと安心させるため、それは周囲の皆に己が悲しみを乗り越えたことを知らせるため、そして何よりも自分自身が他者の死の先へといくためだ。
だからこそ、彼等は笑顔を見せる。例えそれが悲しみを内に封じた笑顔の仮面であっても……
そんな感じで一日目は過ぎそうして二日目の昼少し前……
刀弥は病院を訪れていた。目的はもちろん左腕の手術のためだ。
接合の手術自体は簡単に終わった。刀弥自身拍子抜けするほどのあっさりぶりだ。
後は三日間の経過観察だけだと手術室で言われてそのまま終了となった刀弥。
手術室でそんな話はしないだろうと自身の感覚からそう思いながらも彼は特に何も言わず了承だけを口にして手術室を後にした。
「早いんだね」
部屋を出た瞬間、意外という声でリアがそう言ってくる。
「俺も驚いた。こんなあっさり終わるなんて思ってもいなかったからな……そんな事よりさっさとあっちの要件も済ませよう」
「あ、そうだったね」
二人が言っているのは墓へのお供えだ。
やはり、自分達も関わった者としてなにかしらした方がいいのではないか。昨日の晩そういう話になりいろいろと話し合った結果花を供えようという結論でまとまったのだ。
まずは花を買わなければならない。幸い、場所はミレイが訪れていた場所で買うことになっていた。
「じゃあ、いくか」
「うん」
そうして二人は病院を後にして花屋へと向かう。
街はすっかりと元の様相となっていた。まるでドラインの事などなかったかのようだ。
いつも通りの喧騒に人の流れ。そんな日常を眺めながら歩いているとあっという間に花屋に着いてしまった。
何の花がいいのかわからなかった二人はとりあえず店員に相談。
二人の目的を知った店員はいくつかの花を紹介すると後は二人の感性で花を選んでいく。
そうして花を束ねてもらいお金を払うと二人は店を後にした。
その足で二人は墓地を目指す。
辿り着くと墓地はいつもとは違う様相を見せていた。
以前見た時以上の武器が大地に刺さっており、献花台には幾種類もの花束が綺麗な山となって置かれている。
花の種類は大半が店の人が紹介してくれた種類のものだが、中には違う花もある。恐らく死んだ人に何かしら縁のある花なのだろう。
そんな感想を抱きながら献花台へと向かう二人。その献花台では二人の見知った顔が祈りを捧げているところだった。
「ミレイ」
献花台に辿り着き祈りを捧げ終えたのを見て声を掛ける刀弥。その声でミレイは二人の存在に気が付く。
「あなた達……」
「こんにちは。一人かな?」
「他の人達は?」
他の人達というのは当然、ウィルバードの面々のことだ。
「一人よ。チームでのお参りなら昨日の内に済ませたから」
つまり、今回は個人という体裁で来たらしい。
改めて墓地に周囲に刺さった武器を見回してみる。すると、その中にマグルスが使っていた剣の姿があった。
「朝方に回収したそうよ」
目敏くマグルスの武器を見つけた刀弥にそう説明するミレイ。そうしてから彼女は刀弥達が持つ花へと視線を向けた。
「その様子じゃあなた達も花を供えに来たんでしょ? 早く備えたら?」
彼女に促され刀弥達は献花台に花を供える。それから二人は手を組み祈りを捧げた。
それらが終わると二人はミレイの方へと向き直る。
「ミレイはなんでまた個人でも墓参りに行こうと思ったんだ?」
なんとなくその部分が気になったのでとりあえずその事について尋ねてみる刀弥。
するとミレイは少し微笑みを浮かべると次のように答えた。
「両親やマグルスにゆっくりと報告したかったの。人が多いとそうもいかないでしょ?」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの」
少なくても彼女にとってはそうらしい。
とりあえずそう思って刀弥は納得する。
と、ミレイが刀弥の左腕に気が付く。
「……腕の手術。終わったみたいね」
「術後の経過を見る必要はあるけどな」
彼女の言葉に肩をすくめる刀弥。
正直、その事を彼は焦れったく思っているのだがまあ仕方ないとどうにか気持ちを切り替え己を落ち着ける。
「なんにしてもよかったじゃない。これで彼女を心配させることもないわね」
「だったらいいだけどね~」
そんな彼女の言葉に応じるリア。けれども、その視線はジト目となって刀弥の方へと向けられていた。
その視線に堪らず刀弥は視線を逸らしてしまう。
「それで……それが終わったらどうするつもりなの?」
二人のやり取りに頬を緩めるミレイだがその直後、すぐに新たな質問を投げかけてきた。
「とりあえずこの間の連中を追いかけてみようって思ってる」
「そうだね。何を考えているのか気になるし」
方角はわかっている。後は町や村を渡り歩いて情報を集めながら追いかけていくつもりだ。
「そう」
そんな二人の返事にミレイは静かにそう答えた。それから彼女は次のようなことを口にする。
「それじゃあ、ついででいいからドラインの方も頼むわね」
やはり、ミレイとしてもそこが気になっていたらしい。果たしたとはいえ片割れだった方が連れて行かれたのだ。心境は複雑だろう。
「ああ、可能ならそっちの方もどうにかやっとく」
「期待しているわ……そうね、それじゃあ報酬代わりといって何だけどお昼をおごってあげるわ」
時間としてはもうすぐ昼時。お腹も空いてくる時間帯だ。提案としては丁度いい。
「わ~い」
「助かる」
「場所は以前、三人で行ったところでいいかしら」
つまり、ミレイの知り合いがマスターをやっているあの店ということだ。
「ああ」
「いいよ」
「じゃあ、いきましょ」
その言葉を合図にミレイが歩き出しそれに刀弥とリアも続く。
静かで穏やかな墓地を後にする三人。そんな彼等の後ろ姿を大樹が見送る。
ふと、気のせいか刀弥は視線を感じた。
反射的に彼は振り返る。
視線を感じた方向は上後方。丁度、大樹の枝の上辺りだ。
視線の数は恐らく三つだったはず。穏やかな視線で激励と見送りを兼ねたようなそんな視線だった。けれども、今刀弥が見つめるその場所には影も何かがいた痕跡もない。
気のせいか。そう判断をまとめて元の方へと向き直る刀弥。そうして彼は遅れた分を早足で埋め先行く二人に追いつこうとするのであった。




