六章三話「進撃する怒りの元凶」(9)
説明を終えた後、すぐさま指示された配置へと着いたウィルバードを含めた討伐のメンバー達。
小型ドラインはというと彼等の動くに反応したのか身構えるように鎌首をもたげる。
一方、大型の方はどうにか停滞を維持している状態だ。あちらのためにも急いで小型ドラインとの決着をつけなければならない。
「よし、開始だ」
そうして指揮者の合図が下り、それと同時に遠距離攻撃の集団を攻撃を開始する。
「それじゃあ、派手に行こうかな」
気合入れ魔術式の構築に入るリア。そうして放たれたのは……先程から何度も放たれていた炎の砲撃だった。
ただし、今回はその数が違う。今まで一発ずつしか放ってなかったのが、今回は二発同時発射だ。
これは二つの魔術式を並行に構築した結果であった。
リアとて旅の合間にいろいろな修行は行っている。旅の中で予想外の強敵と戦う可能性だって十分に考えられるのだ。強さはあるだけあった方がいい。
魔術式の構築の並行作業は旅を始めた頃から行っていたものだ。成功率がなかなか伸びず苦心していたが、最近ようやく実戦で使えるレベルまで成功できるようになった。
だが、問題もある。実のところ、魔術構築の並行作業はかなり難しいのだ。
意識内で魔術式を構築するという作業において難しいということはその分だけ集中力と多大な精神的負荷が掛かるということを意味している。
実際二つの炎の砲撃を放った直後、リアは思わず地面に膝をついてしまっていた。乱れそうになる呼吸を深呼吸一つで整えると彼女は砲撃行く先を見つめる。
二つの炎の砲撃を含めた遠距離攻撃の群々。同じ目標を目指して飛んで行くそれらは攻撃の雨となって小型ドラインに襲い掛かった。
この猛攻を受けて体を傾かせてしまう小型ドライン。
直後、周囲を取り囲んでいた近接攻撃の集団が動き出した。
まず先行したのはミレイ。彼女は迎撃で放たれた衝撃波を右への跳躍で交わすとそのまま小型ドラインの体を駆け上り、そして頂上に辿り着くと同時に更に上へと高く飛び上がった。
己の体を登ってきた者が飛んだ事に反応して小型ドラインが上へと顔を向ける。そこに近接戦闘者の攻撃が殺到した。
彼等は己が持つ武器を使い一瞬のうちに攻撃を打ち込んでいく。そしてその集団の中に刀弥はいた。
彼は接近の速度をのせた突きを放ち刃を体の深いところまで届かせていた。
刃が刺さると同時に返ってくる丈夫な手応え。その感触を刀越しに感じながら彼は腕を回し刃をえぐり込ませる。
グチュと気色の悪い音がし、それと同時に刺さった所から血が漏れだした。
気が逸れた瞬間にきた攻撃に小型ドラインは驚いたのか鳴き声を響かせ顔を下へと降ろす。
だが、それが隙となった。
直後、ミレイが落下の勢いをのせて突きを繰り出してきたためだ。
――――――――――――****―――――――――――
真下にいる小型ドライン。顔を降ろした事で無防備な頭上がミレイに視界に映っている。
そんな光景を見下ろしながらミレイは管槍を構えていた。
槍本体を左手で引き、管を持った右手を前へと突き出す。
穂先の先にあるのは当然、ドラインの頭部だ。
既に飛び上がった勢いは消え体は落下を始めている。けれども、ミレイは慌てることなく姿勢を制御していた。
両足を畳み上半身は下を見るために前へと倒し右腕を下へと突き出した構え。それが今のミレイの姿勢だった。
頭部と腰と足と腕の屈伸。その作用反作用を利用して彼女は重心の位置を変えバランスを整える。
姿勢は攻撃を繰り出す際、大事な要素だ。なにせ姿勢が不安定だと体重をのせることも攻撃の軌道を安定させることもできない。故にそれは失敗が許されないこの状況では決して軽んじてはいけない部分である。
狙うのは瞬く間の六連撃。と、なると一撃に全体重をのせる訳にはいかない。そんな事をしてしまえば一撃の重みのせいで槍を引けなくなってしまい六連撃が失敗してしまうからだ。しかし、だからといって一撃の威力を落としすぎると六連撃が成功しても目的の位置まで穂先が届かない可能性がある。
威力と成功率のバランスの調整。それがミレイの今すべき事であった。狙いの方は皆が止めてくれたことでそれ程難しくはない。
落下によって加速していく体。下へと引かれていく感覚を感じ自然とミレイの意識は研ぎ澄まされていく。
視界はいつの間にやら狭くなり、今彼女が見ているのは己が穿つべき一点のみ。他はすっかり意識の外にあった。
体は力を抜き、意識は一点へと絞っていく。他の思考はいらない。余計な行動もい必要ない。やるべき事はただ一点を幾度も貫くだけ。
目標が迫ってきた。体を動かし最後の調整を済ませる。これでもう残すは引いている左腕を前へと押すだけ。意識はその行程に集中すればいい。
呼吸の合わせは既に飛び上がった時に済ませていた。そして、その通りのタイミングで彼女は息を吸う。
瞬間、ミレイは間合いへと入った。間合いに入ると同時に彼女は管槍を繰り出す。
息を吐き出したのと左腕が始動を開始したのは同時。管槍は稲妻のような早さと鋭さをもってドラインの頭部へと迫っていく。
一息目。
最初の一撃が刺さった。そのままミレイは一気に奥深くまで刺し込むとすぐさま左腕管槍本体を引き抜く。
二息目。
二発目の突きは既に開いていた穴を削ることなく入り込んだ。手応えを感じると同時にミレイはいつも通りに管槍を戻していく。
三息目。
三度目の突きも問題なく同じ場所を穿った。だが、本番はここからだとミレイは己の心を引き締める。
四息目。
慣れぬ四度目に押す左腕が乱れた。急ぎ管側の右腕で軌道を修正し穴へと通す。
五息目。
貫いた感触に僅かな変化が感じられた。どうやら彼の推測は正しかったようだとそんな事を考えながらミレイは管槍本体を引く。
六息目。
これが最後である以上、躊躇う必要はなかった。残った意識を力を絞り出した六発目を繰り出す。
今までよりも遥かに重い一撃。それが肉を貫いていく。
既に全ての力は管槍に預けた。後はその勢いを見届けるだけだ。
徐々に失われていく貫通力。けれども、穂先は確実に先へと進んでいた。
いけ。管槍の感触を確かめながらミレイはそう祈る。
失った両親の顔が浮かぶ。マグルスの最後の姿が思い返される。
これは長い間、待っていた一世一代のチャンスであり、と同時に贖罪の機会でもあるのだ。彼女としてはなんとしても成し遂げたい。
しかし、そんな願いとは裏腹に管槍は既に失速寸前。このままでは自分に託してくれた仲間の期待を裏切ることになってしまう。
もう誰かを裏切るような事はしたくない。
「……お願い。届いて」
無意識に願いを口にするミレイ。
その時、新たな衝撃が後ろからやってきた。
――――――――――――****―――――――――――
話は少し前に戻る。
攻撃を終えた直後、刀弥は刀を引き戻し少し距離を取るとミレイの方を見上げた。
構えの姿勢のミレイ。それを見て刀弥は嫌な悪寒を覚える。
なんとなくなのだがミレイの攻撃はあと少しというところで止まってしまうと感じたのだ。
周りに気づいた様子はない。やむなく刀弥は自分でフォローする事を決断したのだった。
だが、時間がない。ミレイは既に構えに入っており後少しもしないうちに攻撃を放つだろう。
ドラインの傍まで行って登っていては間に合わない。
どうするか。そう考えていた時、ふと刀弥はある情景を思い出した。
彼が思い出したもの。それはサグルドという世界でウォードという男が使っていた技である。
打撃系の斬波を拡散気味に射出させ直後に方向を反転させることで落下を弱める技。あの時彼はその場に留めておく事で宙を進む足場として用いることもできると言っていた。
『空地』。その技名を刀弥は記憶の底から呼び起こす。
あれをやるしかない。
時間が経ち実力は上がっているとか、できるできないとかを考えている暇はない。ただ思い出したそれを即実行してみるのみだ。
そうして刀弥は一歩を踏み出した。
振り下ろされた足。その足に全身の力を送り込む。
筋肉、骨。体を伝うあらゆる要素によって全て力が足へと集う。
そうやって集った力は足首の動きによって放出され拡散した。
拡散された力は直後には反転し固定。直後、落ちてきた足を受け止めた。
受け止められた足は力の床を足場に体を持ち上げる。
上がる体。後は先の行程を繰り返すだけだ。
二度目でコツを掴み三度目からは詳細に意識することなく感覚だけで発動させる。
そうなれば後はシンプルだ。
登る。それだけの意識で刀弥は宙を駆け上がっていく。
視界には丁度三度目の突きを放つミレイの姿があった。
それを見て刀弥一気に駆け上がる。
そうしてやってきた六度目の突き。刀弥が到着した頃、その突きは勢いを失おうというところだった。
着地している時間も惜しい。足が地面に着くと同時に刀弥は体を前に倒し反対の足を前へと滑らせ進ませる。
そして反対の足が地面に着くと一気に全身を引き寄せその勢いを持って己を前進させた。
辿り着いたのミレイの真後ろ。管槍の石付きが目に行きやすい場所に存在している。
刀弥は左足のブレーキで前進を停止。しかし、体が纏う勢いは失わせない。
結果、勢いの残った上半身が左足を越えた。後は左足首を曲げることで前進の勢いを下方向へと変換させるだけ。
刀は振り上げた姿勢。既に倒れていく上半身と共に刀は振り下ろしていた。
狙いは管槍の石突き部分。そこに刀の柄をぶつける。
響く衝突音と衝撃。
こうして管槍の穂先はさらに奥へと進んでいったのだった。