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無限の世界  作者: 蒼風
六章「波紋の心」
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六章三話「進撃する怒りの元凶」(7)

 ミレイの腕を引きながら刀弥はマグルスの最後を見た。

 赤い生き物が内側からマグルスの体を食い破っていく様相。

 その光景に正直刀弥は目を背けたい衝動に駆られてたが、それでもなんとか見届ける。

 そうしてマグルスだったものが跡形も消えてなくなった時、刀弥達は集団の元へと合流する事に成功した。

 刀弥が手を離すとそれと同時にミレイが膝をつく。


「あ……ああ……」


 ミレイは放心状態。目は前を見ておらず思考はしっかりと動いている様子は見られない。

それでも刀弥を始め、『ウィルバード』の面々はドラインの方も気にしつつミレイの様子を慎重に見守っていた。

 既に他の人々は小型ドラインに攻撃を仕掛けている最中だ。大型ドラインの方でも戦闘は継続中である。

 こちらの残り人数は心伴い。早々に決着をつけれなければ敗北は必至な状況だ。


「自分も向こうに回ってきます」

「ありがと……こっちは任せておいて」


 返事に混じっていた微かな震え。やはり、彼等もマグルスが死んだことにショックを隠し切れないのだろう。

 けれど、それでも今は戦闘中。自分達が生きるためにどうにか己を律しようとしていた。


「そっちこそ気を付けろよ」

「はい」


 そんな心中の状態で送られる気遣いに相槌を打って刀弥は走りだす。

 視線の先にいる小型ドラインは随分と弱っている様子だ。そのせいか、小型ドラインに向けて激しい攻撃を送られている。どうやら一気に小型ドラインを叩き、それから大型と戦うという方針の切り替えたようだ。大型の方は少数の近接戦闘者達が動き回りながら時折攻撃を入れることで気を小型ドラインと戦っている連中に向かせないようにしている。

 急がなければならない。

 そう己に言い聞かせて気を引き締める刀弥。

 そうして彼は集団と合流した。



      ――――――――――――****―――――――――――



 一方、ミレイはと言うとその意識は己の内過去へと登っていた。

 思い出すのはウィルバードに入った時の事。

 ようやく討伐チームに入ることを認められる年齢となったミレイは早速、各討伐チームを巡っていた。

 討伐は一人からでも始められるが、今の自分の実力は不十分だという事はミレイ自身自覚している。それ故に彼女はどこかの討伐チームに所属しそこで実力をつけようと考えていた。

 特に条件はない。復讐は自分自身の手で果たすと決めているミレイにとってチームの実力はそれ程重要ではない。

 とにかく入りさえすれば後はドラインが出てきた時に単独で戦いに出るだけだと考えているのでチームの協力も求めていない。

 そんな考えだったので、彼女のチーム選定は随分と適当なものとなっていた。

 話しかけて質疑応答するのも面倒だった彼女のやり方は基本的に遠目から様子見。少しばかり観察した後、チームの雰囲気が肌に合わないと判断したのなら早々にそこから離れるというあまりにも適当なやり方だ。

 大事なチームを決める手法としては少しばかりというかかなり問題ではないかと誰もが思うだろう。

 しかし、ミレイはそんな事を一切思わないまま四件ほどチームを巡り終えたのだった。

 そうして五件目に行こうとしていた時だ。


「なあ、そこのあんた。所属するチーム探してるんだろう?」


 突然、ミレイは一人の男性に声を掛けられた。


「遠目で観察してチームの様子を探っているようだが、そんな方法よりも実際に体験で入った方がいろいろとわかるぞ」


 最初の感想は『面倒なのに絡まれた』というものだった。

 どうやら彼は自分がいくつかのチームを遠目で観察していた事を知っているようだ。それはつまりあの付近にいたという事でもある。

 つきまとっていたとまでは思わないがこの男を少々うざく感じてしまうミレイ。

 どう断ろうかと考えていると……


「それじゃあ、まずは俺達のところからだ」

「え!? ちょ、ちょっと……」


 いきなり腕を捕まれそのまま彼等の拠点まで連れて行かれてしまった。

しかも、拠点に辿り着くと心の準備をする間もなく皆に集合を掛け紹介されてしまう。

 仕方なくミレイは自己紹介と挨拶をし見学の旨を口にすると、皆は快く歓迎の言葉を口にしたのだった。

 それから先はいろんな事がありすぎて覚えていない。

 親切に指導されたり、雑談をしたり、時には妙なことに巻き込まれたり……

 そうしてある程度、日が経つと皆がミレイの性格を把握して会話の量を抑えるようになったが、決して距離をとられている訳ではない事は時折彼女を気にしている気配からもわかる。

 煩わしくもなくかといってつまらなくもない。

 気がつけばその生活はミレイにとって当たり前の日々となっていた。

 こうなると他を探す必要はどこにもない。彼女が正式にそのチームに入ったのは当然の成り行きだった。



      ――――――――――――****―――――――――――



「――イ。おい、ミレイ。しっかりしろ」


 聞き覚えのある声が聴こえる。



――誰?



 その声に疑問を覚えたミレイはその瞬間、意識を覚醒させた。

 目を覚ました彼女は状況を確認しようと視線を左右へと彷徨わせる。


「あ、起きた」

「大丈夫か?」


 彼女を囲んでいるのは『ウィルバード』のメンバー。それでミレイは自分が意識を失っていことに気が付く。


「とりあえず収容所に連れて行った方がいいだろう」

「そうだな」

「ミレイ。立てる?」


 そんな風に彼女のことを心配する面々。けれども、ミレイには気になることが一つあった。


「……マグルスは?」


 彼女自身何気なく尋ねた問い。けれども、その問いと同時にメンバーは沈痛な表情を浮かべてしまった。

 一瞬、どうしたのかと思ってしまうミレイだったが、直後彼女は気を失う直前の事を思い出す。


 覆いかぶさるマグルスの姿。離れていく自分。そして、赤が突き破る瞬間。


「――あ……」


 漏れでた声は気付きか叫びの一端かはわからない。けれど、その途端ミレイの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 彼女が見たのはマグルスの最後の姿。彼を殺したのは両親の仇と同じ――


「!!」


 そう思った瞬間、心の中に怒りが沸き起こった。

 沸き起こった怒りは炎のように徐々に激しくなっていき最終的には踊り狂う業火へと変わっていく。


――あいつらは両親に続いてマグルスまで奪っていった。


 木霊(こだま)のように頭の中で反芻され次第に大きくなっていく自身の声。


――許していいの? いいえ、許せるわけがない。


 声の内容は己自身の感情だ。己の思いであり、己の気持ちであり、己の意思でもある。

その気持ちを止める事など――いや、そもそも止めるという選択肢すら思い浮かぶことはない。


――だったら、どうするの?


 故に彼女がこれからどうするかは決まっていた。当然、先程の続きだ。つまり、復讐の続行である。

 やるべき事は全く変わらない。たった今からその行動に一人分、行動の意味が追加されただけだ。

 そうして彼女は立ち上がろうとする。


「あ、おい」


 それまで伏せていたミレイが立ち上がった事に驚く仲間達。

 けれども、彼女がドラインの方へと向きを変えるのを見た途端、彼等は急いでミレイを取り押さえた。


「させるか!!」

「ミレイ。落ち着いて」

「離して!!」


 抑えられた彼女は必死に抵抗するが、相手の方が数が圧倒的だ。抜け出すことができない。


「どうして止めるのよ!!」


 怒りと悲しみと悔しさとそれら混じりあった顔を浮かべながらそう叫ぶミレイ。

 それに対し仲間の一人が答えを返した。


「んなの、決まっているだろう。お前が俺達の仲間だからだ」

「私はあなた達の仲間なんかじゃない!!」


 しかし、その答えにミレイが反論する。


「私は最初からあいつに復讐するのが目的でここに入ったの。だから、私はあなた達の仲間なんかじゃないのよ!!」


 特に何かを考えたわけではなく、反射的に口にしたのだろう。それ故に彼女は気付いていない。自分が叫んだ内容を……

 あなた達ではなく自分が彼等の仲間ではない。それはつまり、自分には彼等の仲間になる資格がないとミレイ自身が卑下いるという事だ。

 最初から復讐目的で入隊した彼女。復讐のために彼等から戦う技術を教わり盗み、時にそのための布石として手伝ったり協力したり……

 その目的は復讐ただひとつのため。けれども、人間である以上その過程で何も思わないという訳にはいかなかった。

 彼等と付き合っていく過程で知っていく新たな一面やそれ故に遭遇する予想外の出来事。

 苦労したり怒り狂ったり呆れたり笑ったり……

 否応なしに動く感情。いつしかそんな日々が悪くないと思えるようになった。

 だからこそ、そんな自分にしてくれた彼等をありがたいと思う一方、己の目的のために利用していることを申し訳なく思ってしまう。

 それ故にいつの間にか自分の事を『彼等の仲間と呼べるような者ではない』と卑下するようになっていた。

 

 彼女の叫びに仲間達は皆驚く。

 その驚きは最初ミレイはショックを受けたからだと思っていた。

 仲間だと思っていた者に仲間ではないと言ったのだ。当然の反応だとそう思っていたのだ。

 しかし、その考えは次の瞬間一斉に吐いた皆の溜息によって否定されてしまう。


「お前な~」

「そんな事を考えてたんだ~」

「これだから……」

「?」


 クシャクシャの顔で首を傾げるミレイ。余り拝むことのできない珍しいその表情に仲間達はつい心のうちでときめいてしまうが、それは置いて仲間の一人が口を開く。


「ミレイ。いいか。よく聞いとけよ。お前がどう思っているのかはよ~くわかった」


 それに合わせてコクコクと頷く仲間達。それから仲間は言葉を続ける。


「でも、お前の思いは関係ねえ。俺達はお前の事を仲間だと思っている。だから、お前は俺達の仲間だ。マグルスだってそう思っていたから助けたんだぜ」

「そのマグルスを死なせたのは私よ!!」


 そんな彼等にミレイはその事実を突きつけた。

 そうマグルスが死んだのはミレイが原因なのだ。彼女があのような行動に出なければマグルスは庇う必要はなく今ここに生きていただろう。


「本当は私に助けられる資格なんてなかったのに……」


 彼女のやった事はわがままで身勝手な行動である。しかし、だからこそその結果を自分自身の身で受ける覚悟もあった。

 けれども、まさか助けられ代わりに誰かが死ぬなんて事態は彼女自身想定すらしていなかった。


 潤む瞳。次の瞬間には一筋の涙がこぼれ落ちる。

 悲しみと己自身への怒りを抱き嗚咽するミレイ。そんな彼女に仲間の一人がポンと肩を叩いた。


「え~とね。ミレイがさ、マグルスの死を悲しんでいるのはよくわかったよ。その仇をとろうという気持ちもあたし自身今抱いているし」


 だが、その台詞の後に『でもね』という言葉が続く。


「だからこそ、冷静になってほしいの。感情に囚われたまま戦ったんじゃ。さっきの二の舞いだよ。そしたらマグルスが何のために庇ったのかわからなくなるじゃない」

「!?」


 その一言でミレイは瞳を見開き表情を止める。

 そう、ここで彼女が死ねばマグルスが己の命を差し出し助けてくれた意味がなくなってしまう。

 意味がなくなってしまえばその行為は無駄だったということだ。なんの役にも立たず命を散らせたことになってしまう。


「助けられたミレイはそれでいいの?」


 そう尋ねてくる仲間。それにミレイは『いいわけないじゃない!!』と叫びそうになった。

 いろいろと面倒を見てくれ感謝もしている相手なのだ。その相手の行為を無意味なんかにはしたくない。

 けれども、だからといってドラインへの怒りを収めれるかというとそう簡単にはいかない。

 復讐を果たすためにミレイは長い間己を磨き続けていたのだ。時間を捧げやってきた復讐のまたとない機会。そのチャンスを簡単に捨てることなどできはしない。

 怒りを収めるか復讐を続ける。二つの選択肢に苦悩する。

 そんな彼女の苦悩が顔に出ていたのだろう。仲間達が苦笑を浮かべていた。


「な、なによ」


 彼等の表情に気付き頬を赤らめるミレイ。


「いや、な~に。わかりやすいなって思っただけさ」


 そんな彼女に仲間がからかいを入れてくる。


「な!? あなた達、いい――」

「マグルスの行為を無意味にしたくはないけど、復讐の方も簡単には捨てれない」


 そんな彼等に怒ろうとするミレイ。しかし、それよりも先に仲間の台詞がミレイの言葉を止めた。


「まあ、そうだよな。そう簡単にはいかないよな~」

「……あなた達、一体どうしたいわけ?」


 いい加減じれったくなってきたミレイは怒りを隠そうともしない。けれども、彼女自身その怒りが先程のように荒れ狂っていないという事に気がついていない。

 無自覚にもいつもの調子に戻りつつあるミレイ。その事に仲間はほっとしながら話の続きを始める。


「なあに、お前さんの頭を冷やしたいだけさ。この後の仇討ちのためにもな」


 そうして仲間は遠くにいるドラインへと一瞥を送ったのだった。

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