六章三話「進撃する怒りの元凶」(6)
ミレイはというと既に小型ドラインの懐まで接近していた。
彼女は勢いそのままにドラインの体を駆け上ると頂上到着と同時に突きのラッシュを見舞いその頭上にいくつもの穴を穿つ。
痛みにのたうつドラインは頭上に居座る者を振り払おうと頭を振り回す。しかし、ミレイは槍を頭上に深く刺すことでそれに耐えようとした。
振り回す勢いでミレイの足が頭上より離れる。けれども、槍がしっかりと刺さっているおかげで彼女の体がそれ以上ドラインから離れることはなかった。
そうしてドラインが身を回すのに疲れた瞬間――
ミレイはすぐさま槍を引き抜き再び突きを放った。
「あいつ……一度攻撃したら安全のために離れなきゃいけないって言っただろうが」
そんなミレイの戦い振りを見て歯噛みするマグルス。
偶然に聞こえてきたその声が具体的に何のためなのか刀弥にはわからなかったが、行為そのものが彼等のためである事はすぐに理解できる。それをミレイは無視――あるいは完全に忘れている――のだ。どう考えても愚かな事である。そもそも彼女は周りと行動を合わせようともしていない。
「俺が連れ戻してくる。お前らは向こうの連中と合流してあいつの気を引いといてくれ」
そうする事で小型ドラインの意識をミレイだけに向かせないようにし彼女に掛かるリスクを減らそうというのだろう。
マグルスの言葉に頷く『ウィルバード』のメンバー達。
そうして彼等は二手に別れた。マグルスはミレイの方へ、メンバー達は集団の方へと。
刀弥はというとメンバーの方へと向かった。理由としてはここは言うことを聞いた方が己のためだと判断したからだ。
そうして集団と合流した刀弥達。すると、それを合図に集団の指揮者が散開を命じる。
その命令に従い小型ドラインを囲う集団。刀弥もまたその動きにならっていた。
囲んだ彼等は指揮者の号令と共に一斉に小型ドラインへとダッシュ。すれ違いざまに一撃を入れ込むとすぐさま離脱を始める。
足元を一斉に襲われた小型ドラインは頭上への攻撃を中断。目前にいた集団に向けてのしかかりを繰り出した。
その攻撃は集団は悠々と回避すると、その直後にマグルスがその頭上へと飛び乗る。
「来い!!」
「ちょ、離して!!?」
そうしてミレイの腕を掴むとその勢いのまま小型ドラインの頭上から飛び降り、そうして二人は小型ドラインから距離をとった。
「何するのよ!?」
「それはこっちの台詞だ!!」
怒り心頭のミレイ。だが、それ以上の怒りでマグルスが怒っている。
響く怒号。その声にミレイは思わず怯んでしまった。
「お前が自分勝手にやってるせいで周りの連中がどれだけ迷惑しているか気付いていないのか!!」
「!?」
その一言でようやく気が付いたのかミレイがチラリと視線を集団の方に向ける。
一瞬浮かぶ申し訳無さそうな表情。しかし、その面持ちはすぐに消えてしまった。代わりに浮かぶのは睨みつけるような顔、その顔で彼女はマグルスの方を見る。
「だったら、なんなのよ!!」
感情に任せてマグルスの腕を振りほどこうとするミレイ。けれど、マグルスは離さない。
「いいか!! ここは皆と戦う戦場だ。自分だけの感情を優先して戦っていい場所じゃないんだぞ!!」
「誰も協力してくれなんて言っていない!! 私は……私はただ……父さんと母さんの仇がとれればそれでいいのよ!!」
中々離さないマグルスについに焦れたのか、ミレイは空いていた方の腕で管槍を握りそれで叩こうとする。
「!? ミレイ!!」
さすがに大人しく叩かれるには痛い攻撃だったためか、マグルスはミレイの腕から手を離し管槍の叩きから逃れる。
それを見てすぐさまマグルスから距離を取るミレイ。
「もう放っておいて!!」
そうして彼女はクルリと背後へと振り返るとはその言葉を残して再び駆け出してしまった。
一方、刀弥達はというと小型ドラインを取り囲んだまま一定数のグループを組んで絶え間ない連続攻撃を繰り返していた。
一つのグループが攻撃を終えるとその直後にまた別のグループが攻撃を仕掛け、その別のグループが終わるのを見計らってさらに別のグループを攻撃を放つという流れ。
次々と襲いかかる攻撃に小型ドラインはターゲットを決めきれず顔を右へ左へと動かすばかり。
けれども、やがて焦れたの小型ドラインは口を大きく広げると、息を吸い手当たり次第に衝撃波を周りに撒き散らし始めた。
事前動作が余裕で確認できる攻撃である。例え乱射されようがそれなりに間隔が開く以上避けるのは簡単だ。
実際、多少足並みは乱れたがどのグループも問題なく己の役割を続けることができていた。
そんな最中、ミレイが再び乱入してくる。
丁度、刀弥達のグループが攻撃を仕掛けようと駆け出していた時だ。
彼女の位置は刀弥達のグループの前方。このままだと彼女の攻撃の方が早いだろう。
「っ!? 止まれ!! 中断だ」
止むなくグループのリーダーが中断を命じる。
それによって止まるグループ。もしこのまま突っ込めばミレイの攻撃に対する反撃に巻き込まれる可能性がある。そのため、それを避けるためにリーダーはグループの攻撃をしたのだ。
ミレイは衝撃波を避けながら接近。そうして懐まで近づくとまずは地面から届く部分に絶え間ない三連突きを見舞う。
精確に同じ箇所を穿つミレイの管槍。その結果、穂先は小型ドラインの丈夫な下の層を貫き深い部分まで傷つける事に成功した。
普段、そうそう傷つかない場所を傷つけられ慣れない痛みが走ったのだろう。戸惑うように体をくねらせる小型ドライン。
その間にミレイは再びドラインの体を駆け登る。
そうして勢いそのままに頭上へと飛び上がると同時に管槍を引き大きく身構えた。
しかし、そんな彼女に衝撃波襲いかかる。
慌てて管槍を回し石突き部分でガードしたミレイだが、防御の反動で吹き飛ばされそのままドラインから落ちてしまう。
先に管槍をぶつけ、さらに受け身を取ることで落下のダメージを軽減するミレイ。けれど、それでもかなりのダメージを体に受けてしまった。
衝撃波を撃ったのは大型の方のドライン。撃った方向からして間違いなく小型ドラインを助けるためのものだ。
未だ落下の衝撃から立ち直れないミレイは動けない。なんとか、体を動かそうと力を入れるが痛みを訴える体の動きは鈍い。
そこに影が覆いかぶさる。
影の正体は当然小型ドライン。小型ドラインは体を震わせ己の身を赤に染めている。あの攻撃を繰り出す気なのだ。
歯を食いしばりどうにか逃れようと這って進む。当然、速度はなくほとんど進まないがそれでもミレイにはそれしか手がない。
睨みつけるように背後を見上げる。今、彼女の視界ではドラインが赤に染まる様子が詳細に映りだされていた。
赤い生き物が小型ドラインの傷口や皮膚を食い破って出てきている。中から外へと出るための構造があるのかドラインに痛がっている様子はない。
そうして這い出た赤い生き物は重力に従ってミレイのいる下へと滴り落ちる。
雨の水滴のように降り落ちる赤い生き物達。その様をミレイは悔しげな表情で見ていたが最後の最後、遂に目を瞑り顔を背けてしまった。
「全く……世話を……焼かせやがって」
聞き知った声が真上から聞こえてきたのはそんな時だ。
来るはずの痛みがこず、疑問に思った直後に聞こえてきた声。
その声にミレイは恐る恐るといった様子で閉じていた目を開けることにした。
上を見上げ目を開いた視界に写ったもの。それは苦悶の表情を浮かべるマグルスの姿だった。
「マグ……ルス……」
何が起こったのか。
降り注ぐはずの赤い生き物が落ちてこなかったこと。苦悶顔のマグルス。この二つが揃えば誰もが想像することはできる。実際ミレイもそうだ。
けれども、その内容を具体的に言葉にすることまではできなかった。本心としてその内容を否定したかったためだろう。
しかし、状況の推移は否が応にもそれを固定していく。
「ほら……さっさと……っ……離れるんだ」
途切れ途切れの言葉でそう語りかけてくるマグルス。けれど、彼自身はミレイの体を触ろうともしない。
「そんな……どうして……?」
この時、彼女の思考はほとんどフリーズしており、頭の中にあったのは先程の想像と疑問だけ。他の思考は存在しない。
疑問の内容は『どうして無鉄砲な自分なんかを助けようとしたのか』という内容。
周りに迷惑を掛け、その結果その行為が原因で死ぬはずだったのだ。正直、見捨てられ『自業自得』だと言われても仕方がない。
だからこそ、そんな自分を助けたマグルスが不思議で仕方なかったのだ。それも自分の命を引き換えにして。
一瞬、マグルスの目から赤いものが飛び出す。
見る人が見れば不気味がり怯えてしまう光景だが、ミレイにはそんな事に構っている余裕はない。返答を聞き逃さぬよう視線を逸らさず真っ直ぐにマグルスを見つめる。
そんな彼女を見たせいだろうか。苦しげながらもやれやれという顔をマグルスが浮かべた。そうして彼は次のように答える。
「んなの、決まっているだろう……新入りの面倒を見るのはリーダーの仕事だろう……が!!」
直後、ミレイは誰かに引っ張られた。
彼女を引っ張っているのは攻撃が終わった直後に走り出していた刀弥。けれども、そんな事ミレイにとってはどうでもいい。
引かれる力に必死に抗いながら彼女は離れていく男に叫び声を送る。
「マグルス、マグルス!!」
「後、それとな言っておかなきゃいけない事がある」
そんな中、小さくともはっきりとしたマグルスの声がミレイの耳に届いた。
聞こえてきた声にミレイは耳を傾ける。
「熱くなって周りを見失うんじゃねえぞ」
それが彼の最後の言葉。
そうして赤の群れがマグルスの体を突き破ったのであった。