六章三話「進撃する怒りの元凶」(5)
鋭い視線を感じ刀弥は思わず冷や汗を垂らしてしまった。
ドラインの方は斬波を受けて動きを止めたところを近接攻撃の人々が攻撃を加えたおかげでそちらの方に気を取られている。実際、彼等の後を追い遠距離の集団から離れようとしているのであの分なら大丈夫だろう。
そうして安全を確認してから彼は恐る恐る視線を感じた方へと目を向ける。すると、予想通りそこには怒りの形相を浮かべたリアが立っていた。
「と~う~や~」
表情をそのままにリアが迫ってくる。その迫力に思わず後ずさりしてしまう刀弥。
「あ、いやこれは……その……」
それでも、何とか言い訳しようと口を開きかけるが形相に押されてしまい結局言葉が尻すぼみになってしまう。
その間にもリアが刀弥に近づいてくる。
「で、なんでここにいるの?」
「え~と、ミレイが集団から抜け出すのを見つけて連れ戻そうとしたら見事に嵌められてな……」
とりあえず事実を言ってみるが、正直自分から見ても見苦しい言い訳と思える内容だった。はっきり言って二人で集団から抜けだしたと言ったほうが信じられるのではないかと思うくらいだ。
「……本当に~?」
案の定、リアからは疑わしげな瞳を向けられた。
「いや、そう言われても本当だしな」
けれども、本当の事である以上刀弥としてはそう言うしかない。
「…………」
数秒続くジト目の詰問。しかし、それは長く続かなかった。
大きな方のドラインが再び身を捻り始めたからだ。
「また来るぞ!?」
「!?」
その叫びにリアが反応した。彼女は素早く刀弥のもとに駆け寄ると再び竜巻の壁を作ろうとする。一方、刀弥はというとドラインの事を何も知らない事もあって周りの反応に付いていけない。ただそれでも周囲の緊迫感からとてつもなく不味い事態が起ころうとしている事だけは理解できた。
ともかく刀弥はリアに任せる。
そうして再びドラインから赤の死が撒き散らかせそれを人々が対処するという絵図が始まった。
刀弥達はリアの竜巻によって身を守る。しかし、今度はそれだけでは防ぎきれなかった。真上からもドラインの攻撃が降り注いできたからだ。
けれども、それは刀弥が対処した。彼は斬波でそれらを斬り裂いていったのだ。
刀弥はあれが何なのかは知らないが人々やリアの対処から当たってはいけないものなのだと判断した。ならば、届く前に撃ち落とすしかない。
斬波の連射。無論、振る動作が必要な以上雨あられと連射できるはずがない。できる限り一回の攻撃で複数を落とせるように線の向きや軌道を工夫して放つ。
放たれる斬波は様々な曲線を描いて侵入者を斬り裂いていった。
やがて、赤い雨が降り止む。それと同時にリアは竜巻を解いた。
彼女は辺りを見回してみる。皆、先程の初見の攻撃を対処しただけあってか被害は見る限りそう多くなかった。だが、確実に戦える人の数が減ってしまっている。
あの攻撃を連発されれば間違いなくこちらは数が足りなくなって負けてしまう。そう思考するリア。
体内に巣食っている生き物なので無限に使える攻撃手段ではないのが確かだが、それでも一度で喰らう被害は甚大だ。なんとしても止めるか次を放つまでに決着を付けないといけない。
後者は相手が二体もいる以上、難易度は高いといえる。と、なると前者しか手はない。
次に考えるのは誰が止めるかだが失敗した時のリスクを考えると近接戦闘の者に止めてもらうのは危険過ぎるといえた。そうなると止めるのは遠距離攻撃者の役目だ。
自分が取得している魔術の中でそれに叶う魔術はあっただろうか。
リアがそう考え事を始めようとした時だった。
突然、二人の傍に何かが落ちてくる。
落ちてきたものは勢いそのままにゴロゴロと回転。やがて自然に回転が止まると人物だったその何かはゆっくりと起き上がった。
「ちょっと!? ミレイさん。大丈夫?」
いきなり落ちてきたミレイの姿を見て慌ててリアが彼女に駆け寄る。
「……大……丈夫……よ」
なんとか起き上がろうとするミレイ。けれども、落下のダメージが大きかったのか中々起き上がれずにいた。
一方、刀弥はというとミレイが飛んできた方向へと目を向けている。
ミレイが飛んできた方向の先にあるのは小型の方のドライン。どうやら彼女は頭上から振り飛ばされたらしい。
「また、随分と無茶をするな」
「ほ、放って……おいて……」
刀弥の呆れた言葉に苦しいはずのミレイが言い返してくる。
そこへ――
「三人とも大丈夫か?」
仲間を引き連れたマグルス達がやってきた。
彼は刀弥達の様子を確かめるとその後、睨むような顔でミレイを見つめる。
「どうして俺の指示を無視した?」
「……じゃあ、どうするっていうの? ……力尽くで……ここから……離れさせるつもり?」
挑発的な声色でそう尋ねてくるミレイ。けれども、マグルスはそんな挑発に乗ることはなかった。彼は淡々とした声色で彼女にこう告げる。
「怪我人の収容場所に放り込む。槍を奪って手足を縛れば大人しくするしかないだろう」
「!? ふざけ……ないで……」
その途端、ミレイが怒りだした。ダメージで体中が辛いはずなのにその声には強い怒りの色がにじみ出ている。
彼女にしてみれば折角やってきたのに一度の機会も与えられないというのは屈辱のなにものでもないだろう。だが、マグルスとしては平静を失っている彼女はマイナス要素以外のなにものでもなく戦わせるのは危険過ぎるという判断なのだ。
睨むミレイにその顔を平然と受け止めるマグルス。怯えているのは刀弥達や彼の仲間といった周囲の人達だけで当人達は状況と時間を忘れて睨み合う。
しかし、状況の方は待っていてくれない。大きな方のドラインが衝撃波を放つ構えを見せた。刀弥達は丁度その射線上にいる。
皆の反応は早かった。それぞれがすぐさま飛ぶように射線から逃れたのだ。
そうして衝撃波が過ぎ去るとすぐにミレイが動き出す。
「!? あの馬鹿」
それを見てすぐに後を追うマグルス達。
刀弥はというとリアの方へと視線を向けていた。
彼の視線を受けてリアは嘆息。やがて、諦めの表情を浮かべながらゆっくりと頷きを返す。
それが合図だった。刀弥はすまなさそう頭を下げ、そうしてから疾走。マグルス達に追いつくべく全速力で駆け出した。
目前にはマグルス達、さらにその先にはミレイの姿が見える。
後方から通り過ぎて行く炎の砲撃。それを無意識に目で確認すると改めて刀弥は戦場を見渡してみる。
現在、人の集団は大まかに三つに分かれていた。
一つは大型のドラインを襲う近接戦闘の集団。もう一つは他二箇所を支援する遠距離攻撃の集団。そして最後は小型のドラインを狙う集団だ。
刀弥やマグルス、ミレイはその集団から少し外れた場所にいた。
進行方向先では既に小型ドラインに仕掛けた集団がドラインから離脱しようとしている。
固まって動く人の塊。その間をミレイが強引にかき分けて進んでいく。
流れに逆行するミレイの存在は集団にとって困った存在だ。事実、彼女とぶつかった人々は奇怪な目であるいは苛立たしそうな表情でミレイの事を見返していた。
さすがに彼等に迷惑を掛けたくなかったマグルス達や刀弥は迂回ルートを選ぶ。
集団を避けていく刀弥達と速度を落としながらも最短ルートを進むミレイ。結果としては距離は縮めることはできたが、ミレイがドラインに仕掛ける方が早かったのだった