一章三話「命の抗い」(5)
「……ひとまず、これで一安心です」
注射と思わしきものをリューネに射った後、医者はこちらを見てそう告げてきた。
「……そう……ですか……」
その一言で母親が安心し膝をついた。
そして彼女はゆっくりと立ち上がり刀弥たちのほうへと向き直る。
「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいのか」
そうして彼女は礼を言って頭を下げた。
「いえ、気にしないでください」
刀弥はそう言って、彼女の面を上げさせようとする。
「いえ、娘の命を救っていただいたのです。むしろ、これだけでは足りないぐらいだと思っています」
しかし、それでも彼女は頭を上げようとしなかった。
どうしたものかと刀弥とリアは顔を見合わせる。
「まあ、お母さんもそれくらいでいいでしょう。娘さんが寝てますし……」
すると、そんな様子を見かねたのか医者がそんなことを言ってきた。
その言葉に母親は顔を上げ、刀弥たちと共にベッドに眠るリューネのほうを見つめる。
どこか楽しそうな表情で眠る彼女。
時折、楽しそうな寝言を呟いていることから、とても楽しい夢を見ていることだけは簡単に想像ができた。
「そうですね」
「とはいえ、彼女の気持ちは私もよくわかります。私のほうからも、お礼を言わせてください。後、これを……」
そう言って、医者が差し出したのは布袋だった。それを刀弥が受け取る。
袋を開いてみると中身はお金だった。それもかなりの額の。
驚いた二人が医者のほうへと見やると、医者が口を開き布袋の中身についての説明を始めた。
「それは、ロックスネークの血を取りにいってくれたことへの報酬です。大体、それくらいが相場になっています。ご遠慮せずにお受け取り下さい。受け取ってくださらなければ、私がいろいろと言われてしまいますので……」
そう言われてしまうと、刀弥たちも受け取らざるを得ない。
とりあえず刀弥が布袋を収める。
「あの……それでこれからどうなさるつもりですか? できればいろいろとお礼をしたいのですが……」
報酬を受け取ったのを見計らって、母親がそんなことを言ってきた。
それを聞いて二人は再び視線を交わす。
本来であれば、二人は今日発つつもりだった。
今は昼頃なので、今から経ったとしても遅いということはないだろう。しかし……
「とりあえず、今日は泊まって、明日リューネの様子を見てそれから発とうと考えてます」
刀弥は母親にそう答えた。
自分たちの関わったことだ。
最後まで付き合うことはできないが、それでもある程度までは見届けたい。
それが二人の偽らざる本心だった。故に二人は出発を一日伸ばすことにしたのだ。
「ありがとうございます。娘も喜びます。お代に関しては結構です。もちろん、昨日の分も……これも私からのお礼です」
「……わかりました」
そこまで言われると、何も言い返せない。
大人しく彼女の厚意を受け取ることにする。
「それでは、私は仕事がありますので……」
そう言い残して、彼女は病室を後にした。
「……ここにいても仕方ないし、私たちも出ようか」
「……そうだな。それでは失礼します」
そうして二人もまた病室を後にした。
夕方、二人が宿屋に帰ってみると、リューネの母親がかなり張り切ったようで夕食はかなり豪勢だった。
食べきれるか不安だったその夕食を食べきった二人は、戦いの疲れもあって部屋に戻るとすぐに眠りの中へと落ちていったのだった。
――――――――――――****―――――――――――
翌日の朝……
刀弥とリアは病室の前にいた。
刀弥がドアをノックする。
「はい。どうぞ」
元気そうな声が部屋の中から返ってきた。
その声を聞いて刀弥がドアを開けると、そこにはベッドの上で体を起こした少女の姿があった。
「お見舞いに来たよ」
そう言ってリアが病室に入り、手に持っていたお見舞いの品を彼女に見せびらかす。
「うわぁ、ありがとうございます」
お見舞いの品を見てリューネが喜ぶ。
「体はどうなんだ?」
ベッドに近づいていきながら、刀弥が容態を訊ねた。
「まるで自分の体じゃないくらい元気です」
嬉しそうに告げるリューネを見て、二人は顔をほころばせる。
どうやら本当に大丈夫なようだ。
これならそうしないうちに退院できるだろう。
「お母さんから聞きました。私がこんなに元気になったのはお兄ちゃんたちのおかげだって……」
「そんな大したことはしていない」
そう言って謙遜する刀弥。
自分がやったことといえば、手に入れるのが難しい素材を代わりに取りにいったということだけだ。
これだけなら他の誰かでもできるはずだ。
「……あの聞いてもいいですか?」
そんなことを考えていると、ふとリューネが何か聞きたそうな顔でそう訊ねてきた。
「何だ?」
「どうして助けてくれたんですか?」
それが不思議でならなかったらしい。
つぶらな瞳が、じっと刀弥を見上げていた。
「一つは、自分ががんばれば助けられる命だと思ったから……」
死ぬしかない命が自分の手で助けられるかもしれないのなら、助けたい。そう思ったのは本当だ。
自分の力が誰かの役に立つ。
自分がいた世界ではあまり考えられないことだ。だからこそ、己の磨いた剣術で誰かの命を救えた事実に刀弥は内心嬉しさが込み上げていた。
けれども、その動機以上に自分が彼女を助けようと思った動機がある。それは……
「もう一つはリューネが、死にたくないと言ったからだな」
自身にやって来るであろう運命を彼女は拒んだ。
それは言葉だけで実際に運命を変えることなどできない。だけど、それは確かに彼女の選んだ選択だ。
だからこそ、彼女の代わりにその選択を叶えたいと思った。
「それが俺の動機だな」
そう言ってリューネの頭を撫でた。
撫でられたリューネは気持ち良さそうに目を細め、もっと撫でてとばかりに頭を寄せてくる。
そうしてしばらくの間、刀弥は彼女の頭を撫でていたが、やがてその手を止め彼女の頭から離す。
「それじゃあ、そろそろ行くか」
既に荷物は、二人とも持っている。
ここに来る前にリューネの母親には別れを済ませ、最後にここへ来たのだ。
彼女は既に店をたたむための準備を始めており、リューネの退院と同時に別の世界に渡って新たな生活を始めるつもりだということだ。
「もう行くんですか?」
寂しそうな顔で、彼女が問うてくる。
「ああ」
それに対して刀弥が大きく頷く。
「寂しいです」
「なら、大きくなったら俺たちを追ってくればいい」
「え?」
刀弥の返事にリューネは、少し呆然とする。
「とりあえず病気を治す目処がたったんだ。すぐに全快とはいかないだろうが、それでも外で遊ぶという夢も夢物語じゃなくなった。なら、努力次第じゃ『いろんな人から教えてもらったところに出掛ける』という夢だって叶えられるんじゃないか? そうしたらついでに俺たちを探すことだってできるはずだ」
その言葉に彼女の瞳が大きく揺れた。
「……そうでした。私……もう家の中でじっとしていなくてもいいんですよね……」
彼女の頬に水滴が伝う。
自分が皆と同じように過ごせるようになったことをようやく理解し、嬉しさのあまり涙が出てきてしまったのだ。
「……あ!! そうだ。せっかくだからオーシャルで撮ろうか?」
そんな空気を変えるためなのかはたまたただ単純に思いついただけなのか、突然リアが手を叩いてそんな提案をしてきた。
「……そうだな」
せっかくの出会いを忘れないように、何かに残そうというのだ。反対する理由はない。
「ほら、リューネも涙拭いて。せっかく撮るのなら笑顔で撮らないと」
リアに言われ、リューネは急いで己の腕で涙を拭く。
刀弥はいつも通りの表情で佇み、リアはオーシャルを取り出し微笑む。
そして涙を拭いたリューネはにこやかな笑顔を浮かべて、オーシャルを見つめていた。
「それじゃあ、撮るよ」
その言葉の直後、オーシャルが点灯。撮影が完了したことを彼らに伝えた。
「はい。終わり」
「あの、どんな風に撮れたか見てもいいですか? 変な顔だったら恥ずかしいので……」
「うん。いいよ」
そう答えてリアはオーシャルを起動。彼女たちの目前に先程撮られた情景が、小さく立体的に映しだされる。
それはとても微笑ましい光景だった。
白い病室で少女たちが笑い、少年もどこか平然としながらも口の端が僅かに上がって笑みを見せている。綺麗とは少し違う。どちらかというと明るいという言葉がよく似合う、そんな情景だった。
「うん。いいんじゃない?」
「悪くないな」
「そうですね」
三者三様にそれぞれ感想を述べる。
「それじゃあ、これでいよいよお別れかな」
オーシャルで映しだした情景を消しながら、リアは名残惜しそうに告げた。
「はい。お元気で」
「それじゃあ、ばいばい」
「またな」
そんな別れの挨拶を口にして二人は病室を後にした……
――――――――――――****―――――――――――
「さて、ようやく出発だな」
医者の家を出た二人は、その足で町の出口へと向かう。
「悪いな。余計な時間をとらせてしまって……」
「気にしないの。私だって刀弥の立場だったら同じことをしていたと思うし……」
刀弥の謝罪にリアがそう励ます。
「そうか……ところで、次はラーマスまで一直線か?」
「ううん。次はテシェラって町。ここからだと大体二日ほど掛かるかな?」
そう言って彼女が地図を見せてくる。
地図を見ると、ファルスとラーマスの間に五つほどの町々がある。これらを経由してラーマスに向かうということだろう。
「二日掛かるということは、一日は洞窟で野宿か」
「刀弥。見張りの時間に寝ないでよ」
「……気を付ける」
言われ、始めての野宿だということを自覚する。
複数人で旅をする場合、片方が寝てもう片方が見張りをするのが基本だ。
何故なら、そうすることで身を守ること、疲れを癒すことの両方が叶えられるからだ。
そのため、見張りをする側の人間の責任は重大だ。自分だけでなく仲間の命も自分に働きに掛かっているのだから……
「まあ、あまり気負い過ぎると逆に疲れが溜まって眠くなっちゃうから、適度にリラックスするのがベストかな」
刀弥の反応を見たリアはそう助言を告げて、刀弥の肩の力を抜かせようとする。
「なるほどな」
それに刀弥が苦笑で応えた。
そんな会話をしながら歩いているとやがて、二人はテシェラへと続く洞窟へと辿り着いた。
「忘れ物はない?」
「ない。必要になりそうな物は?」
「お金の換金はまだ大丈夫だし、明かりは刀弥の分は既に買って、私は魔術があるから問題なし。薬はまだ持つはずだし、特別持っておいたほうが良さそうな薬草もないから……うん。全部ある」
基本的に通貨は国ごと、世界ごとで異なる。しかし、大方の国は同じ世界内の通貨やゲートの先の隣国の通貨であれば使用できるのが通例だ。
ファルセンの場合、世界そのものが一つの議会制の国という形をとっている。
定期的に町長や代理人が集まっては、ファルセン全体の行く末や法律などを決めているということらしい。
故に、二人が今持っているフォースレイのエセドニア王国の通貨はまだファルセン内では使用可能ということだ。
「なら、大丈夫だな。通貨はラーマスに着いたら換金しないとな」
「そうだね。リアフォーネまで行っちゃったら、使えなくなっちゃうもんね」
「その辺、気を付けないとな」
「だね」
そんな会話をしながら刀弥はふと、これまでのことを少し思い返す。
リアと出会い、彼女に誘われ旅をすることになった。
それに対して、どうなるかという不安は確かにあった。
けれども、たった数日だが旅を楽しんでいる自分がいる。
何よりこの世界では、自分の世界で誰からも必要とされてなかった自分の剣術が誰かの役に立てる。
刀弥にとってこれほど嬉しいことはない。
思いの外、自分に向いていたようだ。
「どうしたの? 刀弥。何か考え込んでるみたいだけど?」
そんな刀弥の様子に、気が付いたのだろう。
不思議そうな顔で、リアが訊いてくる。
「いや、意外にも今の生活が自分に合ってるみたいだなって思って……」
素直に、考えていたことを話す刀弥。
「そうなんだ」
「リアはどうなんだ?」
「私? 楽しいよ。一人より誰かと一緒のほうがいろんなことを言い合えるしね」
そう言って、リアは嬉しそうな笑顔を見せた。
「ほら、こんなところで話ばかりしないで行こう」
「そうだな」
そうして二人は歩き出す。自分たちの道を……
三話終了
一章終了
これで一章は終了です。
二章はプロットなど練る必要があるため、少々時間が掛かりますが頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
07/26
できる限り同一表現の修正。