六章三話「進撃する怒りの元凶」(4)
草原が割れその中からドラインが姿を現した。
吹き飛んだ大地の塊が四方八方へと散り散りになっていく。
柔らかい地面といえど大きな塊となればそれは間違いなく凶器だ。直撃すれば五体満足という訳にはいかない。
当然というべきか地面の塊の直撃を受けた近接戦闘者はその重量に吹き飛ばされ地面を跳ねまわることとなった。転がり終えてから起き上がる様子を見せない。どうやら気を失ってしまったようだ。腕が有り得ない方向に曲がっていることから見ても骨折しているのは間違いない。
そんな彼の元に仲間が駆け寄ってくる。仲間は彼を担ぐと事前に教えられている怪我人の収容場所へと向かっていた。
リアはというとドラインが離れていく仲間に攻撃しないように炎の砲撃で意識を逸らそうとしている。
炎の砲撃はドラインの体に直撃。その体に焼け跡を作るが、穴を開けるまでには至らなかった。
「意外と頑丈なんだね」
これまでと同じ結果につい不満気な言葉が漏れてしまうリア。
実のところ、ドラインには多くの攻撃がヒットしているが、結果としては軽い傷口を作るだけで深手といえる程の深い傷口が生まれる事はなかった。
はじめはリアも最初だからと思っていたが、幾度同じ所を狙っても炎の砲撃が傷口を貫く気配がないところを見ると皮膚の下の方が丈夫で再生能力も高いらしい。
周り見ると中々深手を与えられない事を不審に思っているのはリアだけのようだ。気付いていないのかあるいは知っていて割り切っているのか彼等ただ一心不乱に戦い続けている。
確かにわかったところでどうこうするような事でもない。そう結論してリアは再び砲撃を放とうと構える。
大きな方のドラインが身を捻り震えだし始めたのはそんな時だった。
その動きに大きな方のドラインに近づこうとしていた近接戦闘者は足を止め、遠距離戦闘者も攻撃を放ちつつ様子を見守っていた。小さな方のドラインと戦っている者達も隙あらばおちらへと目を向けている。どうやら今まで見せたことのない行動のようだ。
彼等に釣られリアもまた慎重にドラインを伺う――無論、攻撃は継続していた――。
と、その直後ドラインに目に見えて変化が現れた。
なんと、ドラインの体が徐々に赤に染まり始めたのだ。
「あれって……」
「来るぞー!! 全員気を付けろ!!」
漏れでたリアの言葉に覆いかぶさる叫び声。それを合図に戦う者達の表情が変わった。
けれども、彼等とドラインとの距離は開いている。事前にリアが聞いた話では『あの特性』は周囲でなければならない。近づいていこうとしていた者達も既に後退を始めている今、『あれ』が来たところで被害はない。多くの者達がそう思っていた。
しかし、その楽観的予想は覆される。
次の瞬間、ドラインが身を回し始めたのだ。回転の勢いでドラインの体からは赤いものが剥がれていき、それぞれが放物線を描いて飛び散っていく。
「散れ!!」
その直後、叫び声が響く。声の主が誰なのかはわからない。だが、その叫びのおかげで呆然と眺めていた者達が我先にと身の安全を求めて走りだした。
けれども、赤いものが落下する範囲は広い。当然ことながら逃げる者の中には逃げきれずそれを浴びた者がいる。
落下した『赤いもの』。それは液体ではなかった。けれど、それは跳ねることもなく体や衣服に付着する。
大きさとしては小指を少し短めにした細長い大きさ。最初、ただ体にくっついていただけのそれだったが、少し時間が経つとモゾモゾと動き始め直後には己がくっついていた衣服や皮膚を喰らいだしすぐに体内へ潜り込んでしまった。
「ぎゃあああああああああああああああ!!? !! !?」
皮膚あるいは体内を食われ痛みが走るのか、潜り込まれた連中が次々と苦痛の叫び声を響かせていく。
目を見開き叫ぶ口は開きっぱなし。余程の激痛なのだろう。皆、草原の上をのたうちまわっていた。
けれども、誰も助けに行こうとはしない。既にそれは人の手の届かない『体内』に潜り込んでしまったのだ。体内の任意の対象だけを攻撃する術など魔術師でも扱えるのは極少数。しかもそれは邪魔の入らない安全な場所であるというのが前提の話なのだ。つまり、それを浴びた時点で死からは免れない。
加えて助けようとして触れようものなら場合によってはそれに乗り移られる可能性もあるのだ。ならば、実質死が確定した者は見捨てるしかない。
これがドラインが持つ特性だった。赤いものの正体はドラインの口内で巣食っている生き物。これらは普段ドラインが食らっているおこぼれで生きているのだが、ドラインは時折これを口や傷口から飛び出させ外敵に振りまくのだ。
基本、劣勢時のみに使う攻撃手段だがその内容故に凶悪極まりない。しかも今回はそれが広範囲にばら撒かれているのだ。
当然ながらこの唐突な妙手によってかなりの被害が生まれた。
近接、遠距離関係なく赤い生き物をその身に受けた者は例外なく中を食い侵され最後は皮まで喰らい尽くす。多くの場合、複数を身に浴びておりそれに比例して激痛の箇所と死へのカウントダウンが変わってくる。
赤い死から逃れたのは運が良かった者あるいは上手く反応して避ける事ができた者、はたまた防ぐ事ができた者、最後に浴びた部分を切り捨てることができた者だけだった。
リアはというと防ぐことができた者の方だ。
赤い生き物が飛ばされるのを見て彼女は即座に竜巻の壁を作る魔術式を構築。それで赤い生き物が体に付着するのを防いだのだ。
距離が遠かったことも幸いした。竜巻の壁は真上からの落下物に対処できないが、距離が開いていたおかげで飛ばされた赤い生き物が竜巻の壁の高さを越えて飛んでくる事がなかったためだ。
やがて、ドラインの攻撃が終わりリアが竜巻を解除する。
辺りを見回してみると周囲はひどい惨状となっていた。
被害の数としては三分の一といったところか。多くは躯となっており、生き残れた者も手足のいずれかを失っている。
見るからに絶望的な状況。にも関わらず――
「怯むな!! 突撃」
その叫び声と共に多くの人々が再び武器を手に取りドラインに挑みに向かった。
呆然としているのはリアのような街出身者ではない者達だ。
何故、このような状況で平然と戦うことを選べるのだろうか。そんな疑問が顔に浮かぶ彼等だが、すぐにその理由に思い至る。
なんてことはない。彼等はこの状況に慣れてしまっているのだ。
活動間隔が長いので実際に慣れている人はほとんどいないだろうが、それでも長年街が繰り返してきた戦いの歴史を彼等は知識として得ている。それ故に彼等は戦う前からこの惨状に至る可能性を覚悟していたのだ。
覚悟していたのなら後はそれがやってきた時に怯まず受け止め為すべきこと為す。それだけの事。
そのおかげで彼等は怯え立ちすくむ事もなく挑めたのだ。
必死に戦う彼らの姿。その姿を見て呆然としていた者達も一人また一人と動き始める。
負けず嫌いに火が点いた者達もいれば自分も彼等のようにと己を奮い立たせる者達もいる。
そうして再び戦場に活気が戻った。
小さな方のドラインが口を大きく開き集団に突撃を掛けてきたのはそんな時だ。
目標は遠距離攻撃の人達が集う集団。先程の攻撃で大きな方のドラインを注視していたせいで集団は気づくのに遅れてしまう。
「退避!!」
叫び声が響くよりも早く既に多くが回避のための動きに入っているが、間に合うかどうかはかなり微妙だ。
そうして迫る巨大な口。
けれども、その口が人々を飲み込もうとした直前、一人の影がドラインの頭上に登り立った。
影の正体はミレイ。彼女は槍の穂先を下に向けると腕を振り下ろしそれを深くドラインに突き刺した。
響くドラインの鳴き声。体を深く傷つけられた事でドラインが悲鳴を上げているのだ。
そんな悲鳴に構わずミレイはドラインの体を伝って降りていく。
だが、それを逃さまいとドラインが己の体をくねらせてミレイを追いかけて始めた。
地上まで後一歩のところでドラインの口がミレイの真後ろに迫る。
けれども、その口がミレイの体を飲み込むことはなかった。ドラインの口がミレイを捕らえる直前、ドラインの顔側面――顔と言ってもほとんどが口なのだが――を斬り裂いた者がいたからだ。
その姿を見てリアが叫ぶ。
「刀弥!?」
そうミレイを助けたのはここにはいるはずのない刀弥だった。