六章三話「進撃する怒りの元凶」(2)
その後、リアは迎撃に登録。
リアに認められなかった刀弥はと言うと大人しく避難組の集団と合流したのだった。
『それじゃあ、後でね』
『言い出したのはリアの方なんだから、無茶はするなよ』
『もちろん』
そんな会話が別れ際になされたのは余談である。
そうして現在……
リアはイステリアを出て草原に出ていた。
周囲には彼女と同じように迎撃に参加した人々がいる。ここで二体のドラインを迎撃しようという腹なのだ。
既にドラインの姿は見えている。遠くの方、そこに森よりも巨大な二つの影があった。
二体のドラインは大きさ違うので、現在はその二体は親子ではないかという予想が通説だ。親子と聞くと目前に見える二体も微笑ましく見えてしまうが、街にしてみれば頭の痛い話である。
迎撃はドライン達が草原に出てから開始される。森では木々が邪魔で動き回れないかだそうだ。
最初リアは木々を死角や盾に利用したほうが便利ではないかと思ったが、街から聞いて説明を聞いて納得した。確かに『それ』があるならすぐに離れられるよう草原のほうがいいかもしれない。
なので、少しばかり戦闘開始まで時間があった。
手持ち無沙汰もあってついつい髪を弄ってしまう。
弄りながら思うのは刀弥の事だ。
避難の集団に混ざったのは確認した。ついでにミレイの姿もあった事にいろんな意味でほっとする――ただ顔は物凄く不機嫌だったので挨拶はできずじまいであったが――。
あそこまでいけばさすがに戻ってくることはないだろう。避難側の護衛の数はそれなりにあったが、それでも不安を完全に払拭できるほどの規模でもない。で、あるなら刀弥はそこを気にして護衛のフォローへ思考を切り替えるだろう。
結局のところ、彼が戦うという事態も有り得るのだが、それでもドラインと戦うよりかはマシだ。
「お、お前も参加していたのか」
と、そこへ声を掛けられる。
思考を中断して振り返るリア。するとそこにはマグルスを始めとする『ウィルバード』のメンバー――無論、ミレイを除く――の姿があった。
「こんばんは」
すぐにリアはお辞儀をして挨拶を送る。すると、それに合わせてメンバー達も挨拶を返してきた。
「いい夜だな」
「まあ、遅い時間帯ですから」
緊張を解くためだと思われるマグルスの軽口にそう応じる。その反応で緊張がないのを認めたのだろう。マグルスの表情が和らいだ。
「……彼氏の姿が見えないな」
「負傷しているので避難させました」
ワザとか本気でそう思っているのかわからないが、否定の言葉を返したところでそれをきっかけにその話題になるだけだ。なので、あえてそこを否定しないで問いへの答えだけを返す――ただそれと同時に否定を返すのがなんとなく嫌だったというのもあった――。
「あ~、そういえば左腕をやられていたんだっけか」
彼女の返答にマグルスは刀弥の怪我のことを思い出したらしい。
「それなら確かにそれが正解だな。さすがにあいつら相手にハンデ付きは回りの足を引っ張る可能もあるしな」
そうして彼は『あいつら』の方へと目を向け、それにつられてリアもそちらへと視線を動かす。
気がつくとドライン達がかなり近い距離まで近づいていた。
体をくねらせて進む巨体は森を押しつぶしその音と気配に巣で眠っていた鳥達が羽ばたく。
獣達も感じなれない気配に怯えているのだろう。森のあちらこちらで鳴き声が響き続いて集団で走る押し音が響いてきた。
「だいぶ近づいてきたな」
「もう少しってところですね」
呟いたマグルスにメンバーが相槌を返す。心なしかメンバーの声は微かに震えていた。
それに気付いたリアはつい手に力が入ってしまう。おかげで力み過ぎたのか杖が小刻みに震え始めた。
「どうやらそっちも緊張してきたみたいだな。気を付けろよ。連中はやっかいだからな」
そんなリアの様子を見てマグルスが話しかけてくる。
「慣れていないんだから無理はするなよ。死んじまったら彼氏とは会えなくなっちまうからな」
「そちらこそ、ミレイさんの復讐心を刺激しないようにしてくださいね」
マグルスの軽口にリアは『そっちこそ死なないでくださいね』という意味を込めて反撃。
そうしてから彼女は己を奮い立たせ緊張を追い払った。
先程の会話のおかげか震えていた体が少しずつ落ち着いていく。それでも完全には取り払えていないが、ある程度緊張が残っていたほうが意識が冴えるので問題ない。
リアは敵を見据える。ドライン達はもう時期森を抜けリア達のいる草原へと出てくるだろう。
打ち合わせではそれを合図に攻撃を始めることになっている。
故に彼女は攻撃の準備のため魔術式の構築に取り掛かることにした。
選んだ魔術は時間は掛かるが威力の高い炎の砲撃。それを最初の攻撃で使用する。
徐々に進んでいくドライン達。終端までもう少しだ。回りからは武器を構える音が響いてくる。
そして……遂にドライン達が森を抜けた。
その瞬間、一斉に攻撃が放たれた。
リアの砲撃を始め矢や射撃、雷や氷等といったものがドラインに向けて飛んでいく。
無秩序な攻撃の群れはそのままドライン達に殺到。雨あられの攻撃を受けドライン二体は怒りの咆哮を上げた。
それを合図に近接戦闘を得意とする者達が移動を開始する。
全速力でドラインに接近した彼等はそれぞれの武器で一閃。攻撃を受けたドライン達はその痛みに怒りの咆哮を轟かせた。
一方、一撃を入れた近接戦闘者はすぐさま距離を撮り始める。ドラインの特性である『あれ』を警戒するためだ。ただ幸いにして今回は放たれることはなかった。
逃げていく近接戦闘者。そんな彼等をドライン達は追いかけようとしたのだが、そこへ遠距離攻撃が襲いかかった。
攻撃を受けてドライン達は追撃を止めざるを得ない。そうして足の止まった彼らの元へ近接戦闘者が再び接近する。
繰り返される接近と遠距離攻撃。押しては引いていく波のように堅実にそして確実にドライン達を削っていく。
徐々に増えていくドライン達の傷。特に戦闘前から負傷していたドラインの方は酷い有様だ。なにせ傷のない部分がどこにもないのだ。
けれども、人々は油断しない。なにせドラインには『あの攻撃』があるのだ。ドラインが妙な動きをしていないか一挙一動に目を光らせる。
それはリアも同じだ。距離が離れているとはいえ何が起こるかわからない。いつでも動ける状態を維持しつつ炎の砲撃を放っていた。
そこへ傷の少ない方のドラインが大きく息を吸い込む動きを見せた。
事前に衝撃波を放つ攻撃を知っていた一同は一斉に回避のために身構える。
そうして放たれる衝撃波。それに合わせて人々は動き出した。
射線上にいた者達は左右に割れ左右にいた者達は避ける者達の邪魔にならないように少し動いてから行動の続きに入る。
当然ながら衝撃波を受けた者は一人もいなかった。危なげなく衝撃波を回避した一同はそのまま攻撃を継続していく。
このままいけるのではないのか。リアの頭に浮かぶそんな思考。それ程までに現在のところ順調だった。これも幾度となくドラインと戦ったイステリアの経験の賜物だろう。
ふと、刀弥の事が頭に浮かぶ。これまでは気を抜けなかったせいで考えないようにしていたのだが、順調な事を実感したせいか余裕が出てきたのだ。
避難側は今どうしているのだろう。順調ならば大体一番近い街との中間地点の辺りにいるはずだ。
左腕を失っているとはいえ刀弥自身それでも十分に戦えるし普段の獣なら撃退出来るだけの護衛も付いている。
心配はないはずだが、それでも万が一の事を考えてしまう。
けれども、それ以上に不安なのは何かの拍子でここに姿を現すのではないかという可能性だ。
「……さすがにそれはないよね」
つい口に出てしまうリア。
一体、どんな出来事が起こればそんな事態になるのか。そんな思考が頭の中を巡るが、彼ならそんな事態が起こっても不思議ではない気がする――さらにいえば彼が来ることを不安に思う一方で来てくれたら嬉しいと思ってしまっている自分がいるのだが、彼女自身はそんな自分に気付いていない――。
そんな事を思っているとドライン達が新たな動きを見せ始める。
それに気付いたリアは意識を現実に戻すと、再び攻撃を始めるべくその準備に勤しむのであった。