六章二話「動機」(5)
魔具の埋め込みが終わるとそれを合図に押さえ込んでいたゴーレム達が次々と距離を取る。そうしてそこに残ったのは動かなくなったドラインの姿のみとなった。
「…………」
固唾を呑んで見守る一同。やがて、研究者が操作用の魔具を動かす。
ピクリと反応を示したドライン。そしてドラインはゆっくりと起き上がった。
おおと歓声が周囲から漏れる。誰もが操作されたドラインを見てようやく捕獲作戦が成功したのだと実感したのだ。
「よし、後はこいつをゲートのところまで連れて行くだけだな」
研究者も安堵した声でそう告げる。
そうして緩みきった空気の中で一同が帰還作業に入ろうとした時だった。
突然、地鳴りと共に地面が震えだした。
あちこちで聞こえる戸惑いの声。
「なんだ!?」
当然、研究者もそれは同様だった。
唯一の例外はルードだけ。彼はこれから何が起こるのか楽しみなのかワクワクした表情で待ち構えていた。
そのせいだろう。それに一番最初に気が付いたのはルードだった。
彼はすぐさま手近なゴーレムに命令。その命を受けてゴーレムが研究者の元に駆け出した。
いきなり襟をゴーレムに引っ張られ研究者は操作用の魔具を落としてしまう。
慌てて手を伸ばそうとする研究者。その時だ。彼は落ちていく操作用魔具のさらに先、終点たる地面がひび割れていくのを目撃してしまった。
轟音とともに盛り上がり崩れていく大地。
そんな地面の上を研究者を引くゴーレムが駆けていく。
そうしてゴーレムは安全な場所まで退避したことを確認すると停止。引っ張っていた研究者を地面に降ろした。
「大丈夫かい?」
何が可笑しいのか笑い声を漏らしながら尋ねてくるルード。
そんな彼の態度を研究者は苛立たしく思うが、今はそれどころではない。仕方なく睨むだけに留める。
「操作装置を落とした。あの様子では恐らく壊れているだろうな」
彼が見るのは先程まで自分がいた崩壊した大地。ひび割れた地面が盛り上がりちょっとした山になっている。
そして……その中央には先程よりも一際大きいドラインの姿があった。
「……報告書では一体しかいないと書かれていたのだがな……」
「まあ、生物だから増えてもおかしくはないんだけどね」
確かに相手がいなくても増やせる個体は存在するので可能性としてはなくはない。
とはいえ、彼等にしてみれば困った事態であった。
「……そういえばさ。さっき操作装置を落としたって言ってたけど……あれ、どうなるの?」
あれと言いながら先程、制御下に置いていたドラインを指さすルード。
彼の仕草に研究者はため息を一つすると、その疑問の答えを口にしたのだった。
「受信機は操作装置から送られる命令を脳に送り続ける事で獣を制御下に置いている。基本は『動くな』という命令が送り続けられているんだが……後はわかるな?」
「もちろん」
満面の笑みで頷き返すルード。つまりは操作装置が壊れた今、ドラインは自由の身であるという事だ。
それに加え――
「さらに言えば強化の装置は受信機側に組み込まれている。親に加えて強化された子も相手だ。できるのか?」
「面白くなりそうだから、張り切っちゃうよ~」
普通に考えればかなりの難問である。にも関わらずルードは目をギラギラとさせながらゴーレムをさらに追加で呼び出していく。
今回、呼び出されたゴーレム達はかなりの数だ。種類も関係ない。鳥形もいれば獣形もいる。巨人もいれば下半身が多脚型の個体もいる。最早、ゴーレムの博物館状態だ。
一体、これだけの種類のゴーレムをどうやって手に入れ維持しているのか。
個人だけではどう考えても成し得ない光景に思わずそんな疑問が研究者の頭の中に浮かび上がるが、時間はそんな時間を与えてはくれない。すぐさまにドライン達が動いた。
「とりあえず他の連中は離れさせておいてね。ちょ~っと回り気にしないで暴れるから」
「そうして置こう」
そう言いながら降り立った鳥型のゴーレムに乗り込むルードと研究者。その間にも戦闘は進行していた。
親ドラインが傷付いた子を守るために立ち塞がり衝撃波を放てば、それを避けたゴーレムが射撃や砲撃で応戦する。
近距離攻撃という愚は犯さない。どこか遊び気分のあるルードだがその事は心得ているらしい。
そうやって繰り広げられる射撃の応酬。親ドラインも子の盾になるためか近づこうとする素振りもない。
そうやっていつ終わるかもわからない射撃戦を繰り広げていた時だ。
突然、それまで大人しくしていた子ドラインが体を震わせ始めた。
「!!」
子ドラインのその行動に研究者はすぐさまあの特性を思い出す。しかし、ゴーレム達は現在子ドラインとかなり距離をとっている。あの位置ではあれが届くはずがないのだ。
けれども、その推測は次の瞬間には裏切られた。子ドラインが身をよじり始めたからだ。
「まさか!!?」
驚愕におののく研究者。その直後、子ドラインの体が赤に染まり始めた。
赤を纏った子ドラインはよじった体を回し、そして――
――――――――――――****―――――――――――
「それじゃあ、私はこれで」
「ありがとね~」
「またな」
別れの挨拶をして去っていくミレイ。そんな彼女の後ろ姿を刀弥とリアは手を振りながら見送る。
時間は既に日が沈み星が瞬く時間帯だ。食事処はまだ明かりが点いているが、それ以外のいくつかの店は営業をたたみ始めているところである。
「さて、夕食どうするかだな」
「あ、あそこにしない?」
そう言ってリアが指差したのはオープンテラス式の食事処。テーブルはどうやら相席型のようである客が座った途端、先に座っていた別の客がその客に絡み始めたのが見える。
「……あれ、絶対放っておいてくれないぞ」
「だから、楽しそうなんじゃない」
面倒そうだと思う刀弥と面白そうだと思うリア。それでもとりあえず刀弥は彼女の先導に従うことにした。
「ん? 君達は……」
聞き覚えのある声がしたのはそんな時だ。
反射的に声の聞こえた方へと二人が顔を向けると、そこには討伐チーム『ウィルバード』のリーダー、マグルスの姿があった。
「あれ、マグルスさん」
「こんばんは」
とりあえず挨拶する二人。彼らの挨拶にマグルスは頷きで応答。その返事を受けて二人はマグルスの向かい側の席に座った。
「君達も夕食か?」
「はい」
「そうです」
マグルスの問いに刀弥達は首肯。そうしながらメニューを眺める。
「腕の方はどうだ?」
「予定とかは決まって後は当日を待つだけの状態です」
とりあえずメニューは決定した。店員を呼んで二人は決めたメニューを注文する。
「そういえば今日、ミレイさんと会いましたよ」
「彼女と? 確か今日は……」
と、そう言いながら思い出す仕草をするマグルス。
「墓参りだったみたいですね」
そんな彼に刀弥はすぐさま答えを返した。
「……彼女から聞いたのか?」
刀弥の返答にマグルスが目を細める。その瞳はまるで『ミレイに失礼な事をしていないか』と問い詰めているかのようだ。
「ええ、まあ」
その迫力に思わず怯んでしまう刀弥。すぐさま彼は隣に座るリアに抗議――内容は『やっぱり付いていくのはまずかったのではないか?』という内容――の視線を送る。
「え、えーと、そ、そういえばマグルスさんもミレイさんのご両親をご存知なんですか?」
刀弥の抗議とマグルスの威圧に困ってしまったリアは話題の切り替えを選択。ミレイの両親のことについてマグルスに尋ねることにした。
「……ああ、知っている」
少しの間の後にマグルスが返答。吐息混じりの肯定の後に感傷の入った声でそう答える。
「よく扉の向こうへ出かけていく姿を目にしていたからな。実際の評判を知ったのは俺がこの仕事をやり始めてからだが、実力は高かったらしい」
食事を続けながらそう話していくマグルス。
「ミレイがそんな二人の娘だと知ったのは彼女が俺達のチームに入ってからだな。知り合いに指摘されてようやく気付いたわけだ」
その時の事を思い出したのかマグルスは可笑しそうに笑い出す。
「伏せていた事からこの仕事についた動機はなんとなく察しがついた。たぶん他の連中も同じだろう」
その言葉になるほどなと頷く刀弥。
「正直に言えば心配だ。あの様子じゃ復讐相手を見つけた途端、すぐに跳びかかってもおかしくないしな。だけど、この業界、冷静さを欠いた瞬間死ぬことも珍しくない。できれば復讐に囚われず日々を満喫できる状態になってほしいんだが、それを指摘したところで素直に言うことを聞く奴じゃないからな」
はあとため息を吐くマグルス。そんな彼の言葉に刀弥は内心で頷きを返した。
確かに彼の言う通り指摘したところでミレイは言うことを聞きないだろう。むしろより頑なになりそうな雰囲気があった。
「そういう訳で日々仲間のためにリーダーは精神をすり減らしているんだ。おかげで毎晩クタクタだ。ってことで何か奢ってくれ」
「話の繋がりが見えません。それはチームの仲間に言うべき言葉です」
コップを出して催促していくるマグルスにすぐさま反論する刀弥。
いきなりの空気の変化に呆れてしまう刀弥とリアだが、あえてマグルスがそう狙ったのだろうと推測する。
「くそ~、ノリが悪いな~……まあ、いいや。そんじゃあその代わりに俺の愚痴に付き合ってもらうか」
「……まあ、その程度なら」
出会ってしまった縁だ。それくらいならいいだろうと思い刀弥は席に座り直す。
と、丁度そこへ注文した料理がやってきた。
草花を中心とした料理の刀弥と魚が中心となった料理のリア。
それぞれの料理に舌鼓を打ちつつマグルスの愚痴に付き合う。
マグルスの愚痴はそれ程を嫌味なものではなくどちらかというと相手の欠点を心配するような内容だった。
その事にほっとしつつ、適度に相槌を打つ刀弥。
そうしてその日の夕食の時間はゆっくりと過ぎていったのであった。