六章二話「動機」(3)
守衛達がいなくなり野次馬達もそれぞれ思い思いの場所へと戻り始めた頃。
刀弥とリアはミレイに近づいていった。
彼女は今、泣いている女の子をあやしている。身を屈めて女の子を抱き寄せ優しく声を掛けるミレイ。そんな彼女に刀弥達は話し掛けたのであった。
「よ」
「……また、会ったわね」
刀弥達の存在に気づくと同時に無表情に戻るミレイ。その事を刀弥は残念に思ってしまうが、とりあえず彼は話を続ける。
「随分と手荒い方法を選んだみたいだな。穏便済ます事もできたんじゃないのか?」
「向こうが悪いんだからどうだっていいでしょ」
まあ、確かにと苦笑混じりに同意を零す刀弥。そうしてから彼は女の子の方へと視線を向けた。
女の子は話し声が聞こえて気になったのだろう。刀弥達の方へと視線を向けており、彼と視線が合うと途端にミレイの影に隠れてしまった。
「すっかり、懐かれちゃったね」
「……単純に守ってくれる存在だと思ってるだけでしょ」
からかうリアに呆れ声でそう返すミレイ。そこへ新たな人物が現れた。
急ぎ足で向かってくるその人物は女性。一同がそちらの方へと視線を向けるとその途端女の子がその女性の方へと向かって走り出してしまった。
「ママー」
泣き止み喜びに満ちた顔でママと呼んだ女性に抱きつく女の子。ママと呼ばれた女性は安堵を浮かべ身を屈めると迷うことなく女の子を抱きしめた。
やってきたタイミングから考えると女の子に何があったのか知らないはずであるが、それでも彼女が危ない目にあっていたというのはわかったのだろう。
そんな彼女達のやり取りを見て刀弥達は笑みを浮かべてしまう。
やがて、抱擁が終わり母親が女の子から離れると、三人に何があったのか尋ねてきた。
これにはミレイが答える。
守衛の服を汚し暴力にを振るわれそうになった事。そこをミレイが力技で解決した事。
最初、娘が暴力を振るわれそうになった事を知って青ざめる母親だったが、直後にミレイが助けた事を知って彼女にお礼を口にする。
そうして母と娘は何度も頭を下げながらその場を後にしていくのだった。
「……さて、これからどうする?」
母子が去り、手持ち無沙汰となった刀弥は残りの二人にこれからについて尋ねる。
「どうしようか?」
「私は行くところがあるから」
それに尋ね返すリアと己の用事を告げるミレイ。すると、そのミレイの返答にリアが反応を示した。
「用事? それ私達も行ってもいい?」
「やめておいた方がいいわよ。行っても面白くなんてないから」
溜息を吐きながらそう返事を返すミレイ。けれども、リアは他に予定がないという事もあってか簡単に引き下がろうとはしない。
「それでもいいよ。どうせ暇なんだし」
「……はあ」
呆れの混じった息を吐き、再びリアの方へと視線を戻すミレイ。
「そう。じゃあ勝手にして」
そうしてから彼女は諦めた表情で二人にそう告げたのだった。
「やったー!!」
これに喜びを露わにするリア。
刀弥としてはオーバーな気もしたがあえて口にはしない。
「でも、その前に行くところがあるから」
一方、ミレイはというとただそれだけを言って一人先に歩き出してしまっていた。
「あ、待ってよ~」
それに気付いたリアが慌てて後を追いかけその後に刀弥が続く。
後ろも振り返らずひたすら歩き続けるミレイ。そんな彼女がどこに行くのか刀弥とリアは興味津々だ。
そうして辿り着いた目的地。そこは……花屋だった。
「花屋?」
疑問がリアの口から漏れる。
恐らくどういう理由で花が必要なのだろうかという事なのだろうが、刀弥としては用事のために必要なのだというところまでわかっていれば十分だった。
どうやら買う花は決まっているらしい。ミレイは脇目もふらずに花屋の奥へと進んでいく。
刀弥としても何を買うのかは見てみたかったが、それよりもこの世界の花がどんなものなのかという興味の方が強かった。
そういうわけで刀弥はゆっくりと歩きながら左右に置かれた花を見て回る。
花は全体的に背の低いものが多かった。花びらや葉が大きかったり多かったりするのは陽の光をできるだけ多く得るためだろうか。色は黄色や白色が多く青や紫といった色は少ないというのが刀弥の印象だった。
と、そうこうしているうちにミレイが戻ってくる。両手に抱えているのは白色の紙に包まれた蒲公英色の花。
「それは?」
「レイニア。森の中とかでよく生えてるわ」
刀弥に質問にミレイが答えると彼はしげしげと彼女が抱えている花を見つめる。
この花も他の花の例に漏れず背の低い花で大体肘から手首ほどの長さしかない。葉の数は多めだが、それよりも大きな花冠――花びらの集まり、要するに『花の部分』で認識されているところである――の部分が目立っていた。
その花冠は花びらが一枚一枚大きく、それが四枚放射状の三層で構成されている。おかげで花冠が膨れているように見え、結果それが花の存在感をより一層強くさせる効果を作っていた。
「それじゃあ、いきましょ」
そうして花を抱えたミレイが花屋を後にする。当然ながら刀弥達もその後に続く。
通りを渡り、広場を抜け、やってきたのは街の端。以前、ミレイと相対したところとは正反対の方角だ。
そこは刀弥にとって不思議なところだった。草原の広場を木々がCの字を描いて囲んでおりその広場の中央には巨大な老樹がそびえ立っているのだ。老樹の周囲には剣や槍、闇や銃、杖といった武器が刺さっている。中には朽ちてバラバラになってしまっているものまである始末だ。
「……墓地か?」
刺さった武器群、ミレイが買った花、そしてこの場の雰囲気。それらの要素から刀弥はそう推測した。
「そうよ」
その推測をミレイは肯定しながら老樹へと向かっていく。
老樹の傍には献花台が設けられており、そこにはいろんな種類の花が供えられていた。
ふと、刀弥は思い出す。昨日の酒場でマスターが話していたミレイの両親に関すること。よくよく思い出してみればあの話は全て過去形で語られていた。つまり――
「両親か」
「そうよ」
刀弥の問いに抑揚のない声が返ってきた。
それ以上は何も言うなと言わんばかりのその返事に刀弥は以降を沈黙することに決める。
一方、ミレイはというと献花台の傍で屈み込みその台の上に花を添えているところだった。そうして花を添え終えると手を組み祈りを捧げる。その行為を見て刀弥達も彼女の動作を真似ることにした。
やがて、祈りが終わるとミレイは立ち上がる。
「私の両親はドラインという獣と戦って死んだの」
「ドライン?」
唐突に語り始めるミレイ。当然ながら名前に心当たりの無い刀弥はそう返すしかない。
「街からかなり離れた場所に住んでる巨大な獣よ」
そんな彼の疑問にミレイが答える。
「かなり長い時間生きていてその大半を寝て過ごしているんだけど、問題なのは食事のために起きた時。満腹になるまで活動を続けるのだけどその時の食事の量が半端じゃないの。加えてその食事のために広い範囲を移動するから当然、直接的にせよ間接的にせよ街に被害がくるわ」
「凄まじい化物だな」
頻度は多くない代わりに一度に多くの量を得ることで活動のためのエネルギーを得ているという事なのだろう。そう考えると食事と活動の帳尻は合うのだが、活動時期とかち合った人々にしてみればその被害は悲惨でしかない。
「周期としては数年に一度。私の両親は前回の活動期に出動したの。そして両親を含め多くの人が亡くなったわ」
そう言って彼女は老樹へと視線を向ける。
「ここはこの街で亡くなった人達の墓場なの。遺体を焼き灰にしてこの広場に埋める。討伐の人間なら彼等の武器を刺し後は自然に朽ちゆくのを待つだけね」
それがこの街の人達のやり方のなのだ。
ミレイの説明を聞き、刀弥は改めて周囲を見回す。
突き立つ剣、折れた槍、錆びた大剣。ほとんどがどこかしらボロボロになっており、完全なものは一つもない。ただ見る限り新品そうな武器も見当たらないのでどうやら最近亡くなった人もいないらしい。
その事になんとなくほっとしながら刀弥は視線をミレイの方へと戻す。
「私がこの仕事を選んだのはドラインを狩るためよ……前回は追い返すことしかできなかったそうだけど、今度現れた時はそうはいかないわ……必ず……必ず私の手で――」
最後の方、思いが強くなりすぎたのか声にすらなっていなかった。けれども、そこまで聞けば刀弥達にも続きは想像がつく。
風が吹いた。
木々の葉がざわめき草が波を作る。
捧げられた花は風に揺られ、花びらの一部は空へと舞う。
静かなる空間の中央。そこにそびえ立つのは歴史を刻んだ老樹。
そして老樹の前には……復讐の思いに駆られた少女が立っていた。