六章二話「動機」(2)
「……見つけたぞ」
「え、本当?」
他の仲間からの報告を聞いてルードにそう知らせる研究者。その報告にルードは嬉しそうな声で返事を返した。
「正確には痕跡だけだが、調べた限り間違いないそうだ」
「そっか~。じゃあ後は痕跡を追うだけなんだね」
二人が話しているのはもう一つの目的であるドラインの事だ。
先の報告、それはドラインが残した痕跡を見つけたという仲間からの報告だった。
「とりあえずこっちの実験は中断だ」
「いいの?」
自身の研究であるのに、他人の研究事を優先する姿勢にルードは確認の問いを投げ掛ける。
「データは十分に集まった。ならば、優先事項は決まっている」
「了解」
けれども、あっさりと返答を返す研究者にルードは追従を選択。距離がかなり離れている事もあって鳥型のゴーレムを呼び出すことにした。
「じゃあ、これに乗っていこう」
「……何故、今まで出さなかった?」
研究者の疑問は最もだ。これに乗って行ったほうが楽であるケースは過去幾度かあった。にも関わらず彼は呼び出していない。
彼の疑問にルードはこう答える。
「いや~、歩きたい気分だったから」
満面の笑顔のルード。
それに対する研究者の応答は呆れたような嘆息であった。
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イステリアに辿り着いてから二度目の朝。
その日、刀弥達は昼過ぎまで各々の時間を過ごしていた。リアは市場に行って絵や写真を買い漁り、刀弥は本屋を探しては読んだり買ったりと……
そうしてひとしきり楽しみ昼食を終えた後、二人は病院へとやってきた。
「手術は明後日の昼過ぎだ。その後、経過観察で三日程様子を見ることになる」
「思ったよりも早いんですね」
医者の女性の説明に意外という顔を浮かべる刀弥。
彼としては準備や予定によって結構日が掛かるのではと考えていたからだ。
この疑問に対し医者の女性は次のように答える。
「手術自体はそう難しいものではないし繋げるだけだから一回で済む。腕の方も状態が良かったので準備に手間も掛からなかったしな」
「なるほど」
納得できる理由であった。
その事に刀弥が頷くと医者の女性は言葉を続ける。
「他に質問はあるか?」
「手術までの間、あるいは当日までやっておいた方がいいあるいはやらない方がいいというものはありますか?」
これは刀弥としても気になるところであった。
異世界の医療、それも未体験の手術だ。どういう事を具体的にするのかわからない以上――最も、説明を聞いても内容を理解できる自信はないのだが――理解できるところはしっかり知っておくべきだと思ったのだ。
彼の質問に医者の女性はこう応じる。
「特にはないな。しいてあげればこれ以上左腕を短くするなといったところだな」
その言葉に苦笑を返さざるを得ない刀弥。
「さて、それじゃあそっちの傷口に処置を施そうか」
そうして医者の女性は左腕の傷口に巻かれた包帯を解いていった。
「処置って何をするんですか?」
自分の体に直接施されるものなので刀弥としては何をするのか気になってしまう。
そんな彼の不安を読み取ったのか医者の女性は笑みを浮かべ彼の疑問に答えを返した。
「なに、手術をしやすくために薬を塗るだけだ」
そう言うと同時に彼女は机に乗せていた薬瓶の蓋を開ける。
独特の匂いが刀弥の鼻に届き、そのつんとくる匂いに顔をしかめてしまるが、医者の女性の方は慣れているのか表情に変化はない。そのまま薬を指ですくい刀弥の傷口に塗り始めた。
塗られた箇所は既に傷が塞がっているせいか痛みはない。むしろ刀弥にしてみれば痒いくらいだ。
「よし、終わったぞ」
そうして薬が塗り終わる。改めて確かめてみるが特に変わったところはなかった。
一体、どういう薬なのか刀弥としては詳しく知りたかったが、専門的な話になったらさすがにお手上げだ。なので、医者の女性に問い掛けることはしなかった。
「とりあえず今日は以上だ。帰っていいぞ」
薬の蓋を閉じると医者の女性はそう告げて刀弥に退出を促す。
こうして刀弥の二回目の通院は終了してのであった。
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病院での用事が終わった後……
刀弥達は街中を巡っていた。
特に理由はないのだが、なんとなくそのまま宿屋に帰るのがもったいない気分になってしまったのだ。
そうしてあてもなく街中を歩く二人。
特に目的もないせいか歩く二人の気もあちらこちらへと彷徨っているような状態だ。
微かに耳に入ってくる会話、自分達へと向けられる視線、人々の賑わい。自然といろんなものに気が向いてしまう。
けれどもその最中、ふと刀弥は気が付いてしまった。街中が妙にピリピリとしている事に……
見える顔や聞こえる声色は明るい様子だ。けれども、多くの人の会話には節々に不安な内容が付け足されている。
例えば、日常的な会話の後に思い出したかのように討伐チームの人間が負傷したという話を切り出したり、街道に凶暴な獣が現れて困っているという愚痴を口にしたり……
大体の場合、『そうなの』や『大変ですな』と簡単な相槌等で内容は終わっているが、耳に聞こえる頻度はかなり高いし、口にした当人は瞳に深い不安の色を見せている。
――獣の凶暴化か。皆、結構気にしているんだな。
無理もないのかもしれない。知り合いに討伐チームの人間がいる人も多いだろうし、人の行き交いが滞れば商売にも影響が出る。否が応でも気になってしまうのだろう。
そんな感想を刀弥が抱き曲がり角を曲がった時だった。二人は曲がり角の先で人集りができているのに気が付いた。
「なんだ?」
「どうしたんだろう?」
気になった二人は人集りに近づきその隙間に顔を入れてみる。
人集りの中心には五人の人間がいた。三人は守衛。一人はズタボロの状態で怒った形相を浮かべており残り二人は困った表情でどうしたものかと迷っている様子だった。
四人目は小さな女の子。涙目でどうしたらいいのかわからないのかオロオロとしている。
よく見ると不機嫌な守衛の右すね辺りが食べ物で汚れており、どうやらぶつかった拍子に女の子が落としてしまったようだ。
その事に守衛が怒ったのだろう。恐らく暴力を振るおうとしたところを新たに現れた五人目によって迎撃され……そうして現状に至ったのだと刀弥は推測した。
それから彼は五人目の方へと視線を向ける。
盾のように女の子の前に立ち守衛の怒りの視線を一身に受ける一人の少女。それはミレイだった。
彼女は守衛の怒りを意に介さず冷めた瞳でズタボロの守衛を見つめている。その行動が間違いなく守衛の怒りのボルテージをさらに上げているはずなのだが、気付いてないのかそれともどうでもいいと思っているのかそれでミレイの表情が変わることはなかった。
「てめえ」
ズタボロの男が怒りと恨みの篭った声をミレイに向けて放つ。
「なにかしら? 子供を蹴りつけようとした情けない守衛さん♪」
しかし、ミレイは怯まない。むしろ、さらに挑発を返すという有り様だ。
一触即発の雰囲気。誰もが二度目の衝突は不可避だと思っていた。
けれども――
「こら!! なんの騒ぎだ!!」
そこへ治安維持の兵達が駆けつける。
そうして駆けつけた兵達は人々を掻き分け騒ぎの中心へと辿り着くと、守衛が騒動に中心にいるという状況に驚き目をパチクリとさせた。
一方、守衛の方はと言うと残った二人の守衛がヤバイと表情を浮かべ慌て出すが、時既に遅し。
「お前ら!? 守衛のくせに一体何をやってるんだ!?」
「「やべえ!!?」」
当然の事ながら一際大きな声で怒鳴られることとなってしまった。ちなみにこの怒鳴り声で怒り心頭の守衛の方もようやく治安維持の兵士がやってきた事に気づき驚きだしている。
「そいつら、食べ物で服を汚されたくらいでその小さな女の子を蹴りつけようとしたんです」
そこへ飛んでくる観戦者の声。その声に傍観者側だった二人の守衛は血の気が引いたような表情に変わる。
「……詳しい話を聞かせてもらおうか。こい!!」
観戦者の声によってさらに険しい顔となる治安維持の兵。
この兵の言葉に守衛達は大人しく従う。
そうして去っていく一同。
皆はただそれを黙って見送るだけだった。