六章二話「動機」(1)
「完敗だったわ」
そう言ってミレイははあとため息をついた。そんな彼女の側にカウンター側からマスターが飲み物を差し出してくる。
「いや、こっちも正直言えば危なかった。特に最後の突きのラッシュはあのままだったら押し切られてたな」
そんなミレイの感嘆に苦笑顔で答える刀弥。実際、危ないところだった。
あの時点ではまだ突きの速度の上昇がどのくらいか完全に見極めきれていなかったからだ。ぶっつけば本番でどうにか速度を合わせることができたが、もし速度が速ければ槍に届いてしまうし逆に遅ければ次の突きを繰り出されることになってしまう。
と、そこに遅れてやってきた食事が届けられた。
刀弥の元に届いたのはパイのようなものにソースをかけたもの、リアの方は何かの肉にナッツのようなものをまぶしたものだ。
一方、ミレイの方に届けられたのは小さな肉と野菜の入った白いスープである。
そうして三人の元に食事が届けられると早速三人は届けられた食事を食べ始めたのだった。
話は少し戻る。
刀弥とミレイとの試合が終わった後、時間が時間もだった事もあり三人は昼食をとるため食事処へと向かうことにした。
この場所に案内をしたのはミレイ。いい場所があると言って二人をここへと案内した。
ミレイが連れてきたこの食事処は、一言でいうと喫茶店のような場所だった。
席はカウンターしかなく、その席数も八席のみ。無理すれば一〇席もいけなくはないが、ともかくそれ程までに小さなの店であった。
「いや~。まさかミレっちが誰かを連れてここにやってくる日が来るなんてね~。お姉さん感激だわ」
店を経営しているマスターは女性で見た目からして大体二〇代後半くらいだろうか。明るい感じの人でふんわりとしたボブヘアーが印象的な女性であった。
彼女は笑みを浮かべながら先程の言葉でミレイをからかう。
「大きなお世話よ」
そのからかいにミレイは素っ気ない表情で応じた。けれども、その顔には僅かばかり赤みが宿っている。
そんな彼女の態度に思わず苦笑するリアと刀弥。すると、ミレイは不満そうな顔で二人の方を睨んだ。
「なに?」
「いや、なんでもない」
目を細めて尋ねてくるミレイに笑いを殺しつつそう返す刀弥。そこに再びマスターが声を挟んでくる。
「まあ、三人ともゆっくりしていってよ。見ての通り客のいない小さなお店なんで」
両手を広げ自慢気な口調でそういうマスター。確かに客は刀弥達以外いないのは事実なのだが、はたしてそれは自慢気に言えることなのかとふと刀弥は突っ込みかける。
「自慢気に言うことじゃないでしょ」
けれども、刀弥が口を開くよりも先にミレイが一歩早くその点を指摘した。
「全く……いつ来ても影一つなし……そのうち潰れるわよ」
「構いやしないさ。どうせ趣味全開で始めた商売だから」
呆れるミレイに笑み応えるマスター。会話から見るにどうやら二人はかなり親しい間柄のようだ。
「マスターとミレイさんって付き合い長いんですか?」
同じ感想をリアも得たのだろう。そんな疑問を二人に投げ掛けた。
「まあね。なんといってもこの子とはご近所さんだし」
「ちょっと!?」
リアの問いにマスターが答え、それに反応してミレイが慌てだす。
「この子の両親も討伐をやっていた人達でね。小さい頃はよくうちで預かったりしてたんだよね~」
そう言ってニンマリと口の端を歪めるマスター。
そんな彼女にミレイは鋭い視線を送りつけるがマスターは無視。そのまま話を続ける。
「あの頃は可愛かったな~。『おねえちゃ~ん。どうしたらそんな風にお――』」
瞬間、マスターの頬の傍を死線が通り過ぎた。
死線の正体は当然というべきかミレイの管槍。その速さと唐突感にようやく刀弥とリアは彼女が力技でマスターを黙らせにでた事に気が付く。
「……いい加減にして」
怒りで声を震わせるミレイ。よく見ると頬の辺りが僅かに赤い。どうやら本人としてはどうしても話して欲しくない内容のようだ。
「あら~、どうしたの~? ちょっとした昔話じゃない~」
「じゃあ、どうしてよりによってその話なのかしら? 私の記憶だとそれ以外にも話しやすい内容のがあったはずなんだけど」
頬の傍に管槍があるにも関わらず平然とマスターにそろそろこめかみ辺りが引きつり始めているミレイ。刀弥としてはこのままだと相当やばい雰囲気になるのではと心配になってしまう。
なので――
「あの~すみません!! とりあえず飲み物のおかわりいいでしょうか?」
彼は急いでグラスに入っていた飲み物を飲み干し双方に聞こえるようグラスをテーブルに叩きつけると大きな声でおかわりの注文をすことにしたのだった。
「あら、はいは~い」
彼の注文にマスターは急ぎおかわりを注ぐ。おかげで場がしらけてしまった。
破裂しそうな沈黙から通常の静寂に切り替わったせいだろう。ミレイから発せられていた怒気がまるで空気の抜けた風船のように萎んでいく。
そうして場に残ったのは微妙な顔を浮かべて管槍を突きつけているミレイのみ。
さすがに気まずいと思っただろう。彼女はそそくさと管槍を元の場所へと置き本来座っていた席に腰を下ろした。
「……とにかくそういう話はやめて」
「え~」
「い・い・わ・ね!!」
「…………はーい」
不承不承といった感じで返事を返すマスター。
そんな彼女を見て刀弥とリアはつい笑い出してしまった。
「そういえばミレイさんの両親も討伐をしていたと言ってましたけど、どんな人達なんですか?」
と、そこに興味があったのだろう。笑い終わった後、リアがミレイに両親の事について尋ね始める。
「……優しい人達だったわ」
少しばかり声を大きくして話し始めるミレイ。その直前、マスターが口を開きかけていたがミレイが話し始めたのを見てやめてしまう。
どうしたのだろうか。そんな光景を見て疑問を得る刀弥。けれども、既にミレイが話を始めている以上尋ねることはできない。そのため、彼は今得た疑問を後回しにし結果その事を忘れてしまうのであった。
「誰かが襲われていると知るとすぐさま街から飛び出し助けに向かったり、人通りが多いところに凶暴な獣が現れると進んで討伐に乗り出す、そんな人達よ」
「実力も高かったし街じゃ結構な有名人だったしね」
ミレイの説明に同意するようにマスターも話し始める。
「管槍は母親の方が使っていてね。家の前とかで母親から教わっている姿をよく見てたのを覚えるわよ」
「……懐かしいわね」
語られる言葉。その節々に刀弥はふと気になるものを感じ取るが、それがなんなのか具体的にはわからず結局黙ったまま耳を傾け続ける事にした。
「ま、結局、この世界じゃありふれた討伐家庭の人達だったって事ね…………って事で、はい!! それじゃあこの話はおしまい、おしまい」
そうして話が終わりマスターが終わりの合図とばかりにパンパンと両手を叩く。
ミレイではなくマスターが話を切ったという事に疑念が生じるが深くは考えずそのまま相槌を返す刀弥とリア。すると、それを合図にマスターは口の端を歪めると目をキラキラとさせながら二人に対し意味深な視線を送り始めた。
「さて、次は……お二人の話を聞かせてもらおうかしら……具体的には関係とか関係とか関係とか」
「結局、そこなんですね」
目を輝かせて迫ってくるマスターに刀弥は呆れた声で嘆息。リアはというとあはははと乾いた笑いを漏らしている。
「だって、男と女の二人旅で何もないっておかしいじゃない!!」
「……下品ね」
力強く叫ぶマスターを一刀に伏すミレイ。瞬間、マスターの体がピタッと硬直した。
「そういえばおばさんから聞いたけど……駄目だったんですってね……お見合い。そんな下品な事を言っているから駄目なんじゃないの? それとも女性としての魅力がないのかしら」
呆れたという表情を浮かべながら次々と毒を吐いていくミレイ。その口撃にマスターは苦悶の声を漏らしたじろいでしまった。
「そ、そんな訳ないじゃない!! 確かにス、スタイルとかは……あんたにもま、ま、負け、負けて――」
「いいわ。言わなくて」
哀れみを含んだ同情的な声で動揺するマスターの言葉を遮るミレイ。それがトドメとなった。
直後、マスターがぐったりとカウンターに突っ伏した。見事なまでのノックアウト負けである。
「さあ、静かになったしさっさと食べましょ……全く、余計な話のせいで冷めちゃったじゃない」
そう言って時間が経って冷めてしまった昼食に口をつけるミレイ。ちなみに刀弥達は聞き側だったという事もあって聞きながら食べていた。そのため、器や皿に残っている量はかなり少ない。
そうして訪れる静かな昼食。結局、三人が出て行くまでマスターはカウンターで項垂れたままなのであった。