一章三話「命の抗い」(4)
自分たちの足音が、壁に跳ね返って耳に入ってくる。
リアと刀弥たちは今、洞窟の中を走っていた。
元々坑道だったのを交通の便から拡張して、多くの人や乗り物が通れるようにしたものらしい。そのため、それなりに広い。
明かりは洞窟の天井を支える柱に時折、目印としてついているものだけ。それが二人を照らしている。
「メモによると、じきにロックスネークの巣に繋がる坑道が見えてくるはずだけど……」
握りしめたメモを眺めながら、刀弥が呟いた。
こうしている間にも、時間は刻一刻と進んでいく。
心なしか刀弥の顔に焦りが見える。
「刀弥。落ち着いて」
そんな彼をリアは落ち着かせようと話しかけた。
心情としてはリアも理解できる。しかし、ここは戦いのためにも冷静になってもらわなければいけない。
「岩のような鱗を持つようなのが相手なんだから、冷静にならないと」
「……そうだな」
勇んで出てきたはいいがロックスネークについて知っていることといえば、岩のような鱗を持っていることだけ。
岩のようなというのだから、かなり固い可能性がある。と、なれば刀弥の剣がまともに通じるかは怪しい。
そうなると、リアの出番ということになる。
彼女が習得している魔術の中に、そういう相手でもダメージを与えられる魔術がある。
故に、倒せないということはない。
「仮に固い相手だったとしても、私が何とかする。だからお願い。刀弥はできるだけロックスネークの注意を引きつけて」
「わかった」
彼女の頼みにパートナーは強く頷いた。
その返事に、リアは満足な顔を見せる。
と、突然一匹のモンスターが奥の曲がり角から姿を現した。
手足はなく長く伸びた胴体の先、顔に当たる部分のほとんどが口で埋め尽くされているという生き物だ。
「……ミミズか?」
その言葉の通り、それは巨大なミミズだった。
咄嗟に足を止めて、臨戦態勢に入るリア。
ところが、刀弥は立ち止まるどころかそのまま巨大なミミズへと突っ込んでいく。
「と、刀弥!?」
この行動にリアは驚き、彼を呼び止めようとする。
けれども、その直後、巨大なミミズが口から何か液体を吐き出した。
液体は刀弥に目掛けて飛んでいく。
当たる。そう思われた攻撃。しかし、刀弥はそれを見事に躱した。
前進しながら僅かに左へと飛び、身をひねってそれを避けたのだ。
空を切った液体は、地面へと落ちる。
地面に落ちた液体は、音と煙をたてて落ちた地面を溶かし始めた。恐らく消化液か何かだったのだろう。
避けた刀弥はそのまま身を回しながらミミズに近づくと、その勢いのままミミズを横に斬りつけた。
斬られたミミズはその部分から血を噴き出し、倒れていく。
それを確認することなく、刀弥はそのままその場を走り去った。
あっという間の攻防にリアはぼうっと見惚れてしまっていたが、刀弥が先に行ったことに気が付くと慌てて彼の後を追いかけ始めた。
その後も、時折モンスターたちが姿を現すが、刀弥は歩みを止めることなく次々とモンスターたちを倒していった。
リアは、その様子を後ろから眺めているだけだ。
歩みを止めないのは、時間が惜しいという思いからだろう。だから、走ったまま相手の攻撃を避けて一撃で倒すという手段を選んだ。
すごいのは全てが初見のモンスターであるにも関わらず、刀弥に怯えがないということだ。
初めて見るということは、どのような戦い方をするかわからない。その未知に大半の人たちは怯える。だが、刀弥にはそれがない。相手が経験した、しないに関わらず迷わず相手に突撃していく。
未知の相手に怯えるのは悪いことではない。それ故に相手を警戒し、情報を得ようと出方を伺うためだ。むしろ、本来であれば刀弥の行動の方が無謀なのだ。
にもかかわらず彼はモンスターの攻撃に反応して、見事にそれらに対処していく。ときには刀で相手の腕を斬り、ときには足と身を使って避け、ときには相手の攻撃を逸らして……
そうして対処した後、急加速して相手に一気に接近し、相手の急所と思われる部分に一撃を入れる。
高い反応速度と対処能力によって為せる技だ。
特に目を見張るのが、その対処能力だ。
刀弥から彼の世界の話を聞いた限り、彼がいた国は争いのない平和な国のようだ。
モンスターとの戦いはもちろん、実戦経験すら積んでいないはずだ。ここに来てからそれほど日も経っていない。
それなのに、彼は熟練者のような動きをみせている。
それはつまり、彼の対処能力は経験といった知識面ではなく別の面からきていることを意味していた。
考えられる可能性があるとすれば……一つは感、もう一つは分析力だ。
分析力は得られる全ての情報を元に、ある答えを推測する能力だ。
これが高ければ相手の能力をより詳細に知ることができるし、場合によってはまだ知らぬ相手の切り札を予測することもできる。
これら二つによって、刀弥はどうするのが最善なのかを判断しているのだろう。
「……凄い」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「ん? どうした?」
その声を聞き取り刀弥がリアのほうへと振り向いた。
「初見の相手に対して、あれだけ対処できるのは凄いなって思って……」
「そうか?」
本人は、あまりあの結果を特別なことだとは思っていないようだ。
「何が来るかわからないのに、構わずに接近するなんて普通はできないよ」
「まあ、これが普通のときだったら、俺もしなかったな」
どうやら今回が特別だったらしい。随分と無茶をするものだと、リアは内心苦笑する。
「ただ、自信はあった。何となくだけどな」
「そうなんだ」
そうこうしているうちに、別れ道が見えてきた。
一つはこれまで通りの道。もう一つは木材で塞がれた穴の道。そちらには木材の中央に立ち入り禁止を意味する張り紙が貼ってある。
――あそこかな?
刀弥のほうを見ると彼が頷きを返す。どうやら当たりのようだ。
そのまま刀弥が刀で邪魔な木材を斬って道を作ると、二人はその穴へと飛び込んでいった。
明かりが届かなくなってきたのを見計らって、リアは魔術で明かりを灯すと二人は先へと進む。
そうして、二人は広い空間に辿り着いた。
――――――――――――****―――――――――――
「ここがロックスネークの巣か……」
そう言って、刀弥は周囲を見渡す。
高い天井と広大な領域。
ファルスには負けるが、それでも十分広いと言える空間だ。
「こんなところにロックスネークがいるんだ」
辺りを見回しながら、リアがそんな感想を呟く。
そんな時だ。
二人の耳に、何か巨大なものが這ってくる音が聴こえてきた。
「……来たみたいだな」
音の方向へ身を構え、刀弥が告げる。
やがて、二人の視界に目的の敵が姿を見せた。
「岩のような鱗か……まさしくその通りだね」
二人の見つめる先……そこには巨大な岩々の塊がこちら向かって近づいてくる姿があった。
岩のようなでこぼこの鱗。それらが連なることで、まるで岩々の塊のように見える。目は赤く光っており、まっすぐ二人を見ていることが遠目からでもわかった。
「あれが、ロックスネークか」
見るからに強そうなその姿に、自然と二人の気が引き締まる。
自分のテリトリーに侵入されたことを怒っているのか、ロックスネークは咆哮を上げ、そのまま二人に向かって突進を繰り出してきた。
すぐさま二人は左右それぞれに飛んで突進を避けると、刀弥はロックスネークに接近しリアは魔術式を組み始める。
刀弥がまず狙うのは鱗と鱗の隙間。
ここは可動を持たせるための部分のため、鱗そのものよりかは斬りやすい部分のはずだ。
しかし、結果は甲高い音をたてて刀が弾かれるだけだった。
舌打ちをする刀弥。
一方のロックスネークはその間に向きを刀弥のほうへと変え、彼に襲いかかろうとした。
だが丁度そのとき、リアの魔術が発動する。
『ボルトライトニング』
彼女の眼前に電撃が生まれ、それがロックスネーク目掛けて走っていく。
電撃はロックスネークにぶつかり、ロックスネークは感電を起こしてのたうった。
「なるほど。電撃か」
確かにそれなら相手がどれだけ硬かろうが関係なく、ダメージを与えられるだろう。
電撃が収まり、むくりと起き上がったロックスネークは電撃を放った相手を鋭い視線で睨みつけた。
ロックスネークが彼女に向けて動くよりも先に、刀弥はロックスネークの正面に回りこむと今度は体の下、顎辺り目掛けて刀を振り上げる。けれども、今度もぶつかった音がしただけで刀が食い込むことはない。
だがしかし、相手の注意を引く効果はあったようだ。
ロックスネークの視線が、リアから刀弥へと変わった。
直後、ロックスネークの口が大きく開かれ彼を飲み込もうとその顔を迫らせる。
寸前のところで後ろに飛んだことで、何とか避けることができた。
すぐさま反撃のために近づき、その瞳に目掛けて渾身の突きを放つ。
風野流剣術『一突』
己が出せる最大の踏み込みと腰のバネを使った最高の一撃は、しかし、その瞳を貫くことはなかった。
「これでも駄目か」
手の痺れを感じながら急ぎ、後退する刀弥。
ダメージを受けることはなかったが、さすがに今度の攻撃にはロックスネークも怒ったようだ。
叫び声をあげ、刀弥に噛み付かんとその牙を向けてくる。
襲い来る牙を次々と躱す刀弥。
その猛攻に、反撃する暇もない。
けれど、問題はない。反撃は自分がする必要はないのだから……
その期待通り、リアが新たな魔術を発動させる。
現象が起こったのはロックスネークの真上。そこに巨大な雷が現れたかと思うと、それがロックスネークのいる空間へと落ちたのだ。
一瞬、凄まじい音と落雷の光が広大な領域に満たされる。
ロックスネークの空間に落ちた落雷はかなり太く、例えるなら鉄槌のようだった。
『ボルトハンマー』
大規模な電撃を生み出し、広範囲に落とす範囲殲滅向けの魔術だ。
「刀弥。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
心配そうな声で訊ねてくるリアに刀弥は無事であることを示すために大きな声で答える。
そんなやり取りをしている二人だが、その視線がロックスネークのいる地点から離れることはない。
視線の先にはロックスネークが倒れ伏しているが、二人ともあれで死んだとは思っていない。
そしてその予想通り、ロックスネークがゆっくりと起き上がった。
「……さっきの魔術のダメージはしっかり入っているみたいだな」
ざっと見たところ、ロックスネークに傷らしい傷はついていない。
けれども、最初と比べると僅かではあるがふらついている様子がある。そこからの判断だ。
やはり、理想は自分が注意を引き、リアがダメージを与えるという形。
しかし、相手とて一応は脳のある生き物。同じパターンがいつまで続くか……
その不安は見事に的中する。
起き上がったロックスネークは、リアのほうへとその首を向けると彼女のもとへその巨体を突っ込ませたのだ。
ロックスネークのの注意を引こうと、刀弥が回りこんで攻撃を仕掛ける。だが、ロックスネークが刀弥のほうへと向くことはない。どうやら、ダメージを与えることのできない刀弥を無視することにしたようだ。
そのまま口を開き、リアに襲い掛かるロックスネーク。
それを右へと飛んで避けるリア。そんな彼女をロックスネークの口が追いかけた。
なんとかそれらの攻撃をリアは避け続けてはいるが、魔術式を構築できるほどの集中をする暇がなく反撃する手立てがない。
一方の刀弥はロックスネークの注意を自分のほうへと向けるべく様々な剣戟を試みるが、全てロックスネークの固い鱗に阻まれてしまっていた。
風野流剣術『疾風』
速度と一撃を合わせたこの必殺の一撃もやはり、ロックスネークの鱗を突破するには至らなかった。
現状、ロックスネークに唯一ダメージを与えることのできるリアが封じられ攻め手を欠いている状態だ。
こちらに決定打はなく、しかし相手の攻撃はこちらをあっという間に終わらせるほどの威力。
このままでは、いずれこちらが潰されてしまうだろう。
この状況を打破する方法があるとしたら、それは刀弥自身がロックスネークに有効打を与えれるようになることだ。
そうなればロックスネークは刀弥にも注意を割かざるを得ず、自然とリアが魔術を使えるだけの隙を晒してくれるようになるはずだ。
最もこれが簡単ではないのは、当の本人だってわかっている。
けれども、できなければリューネを助けられないばかりか自分やリアの命も危なくなる。
刀弥は己の刀を見る。
何度もロックスネークの体に弾かれているが、それでも刃こぼれ一つ起こしていない。
中々に丈夫らしい。これなら多少の無茶をしても折れることはないだろう。
――やるしかないな。
静かにそう決意すると、再び刀弥はロックスネークへと向かって疾走を開始した。
狙うのは最初と同じ鱗と鱗の隙間。放つのは飛び上がった己の体重を乗せた真っ直ぐな振り下ろし。
が、この一撃もやはり弾かれてしまった。
それでも構わない。すぐさま刀弥は次の攻撃に入る。
今度も同じ飛び上がって体重を乗せた振り下ろし。ただし、今度は先程と違って若干体の捻りを加えた斜め気味の斬撃。
やはり、拒絶される。
ならばと今度は、手首の動きを若干変えてみる。
そうして彼の攻撃は繰り返されていった。
この姿勢ならどうだ。このタイミングなら上手くいくか? もっと速度を乗せてみよう。
いつしか刀弥は己の攻撃の練磨に意識を研ぎ澄ませていった。
無駄な力がある。それを取り除こう。
体の連動でもっと威力が上がるはずだ。ならば、そうしていこう。
まだ、足りない。もっと体の制御に意識を集中して引き出せ。
そうやって、繰り返し修正されていく刀弥の斬撃。
その斬撃はやがて、ロックスネークの意識を彼に向かせるまでに至った。
まだ、ロックスネークの体に傷はない。だが、彼の本能がこの人間は危険だと警告を告げていたのだ。
故にロックスネークは本能に従い、自身の体を使って彼を押し潰そうとした。
巨大な体と固い皮膚を持つ相手ののしかかりだ。まともに喰らえばあっという間に死んでしまうだろう。
しかし、刀弥はその攻撃をあっさりと避けた。そして、ロックスネークの赤い瞳を狙うべく飛び上がる。
赤い目は、刀弥が近づくに連れて大きくなっていき……
そこに刀弥の一撃が放たれた。
これまでで最高の攻撃。それがロックスネークの瞳を切り裂いた。
瞳を斬られたロックスネークは口を開き、痛みの咆哮をあげる。
斬り裂いた刀弥はそのまま追い打ちをかけるべく、着地と同時に未だ咆哮をあげているロックスネークへと向かって疾走を開始した。
それに気が付いたロックスネークが彼を迎撃するため己の尾を横からの軌道で振り抜く。
刀弥は既にかなり近くまでロックスネークに迫っていた。今から下がったとしても尾の範囲から逃れるのは不可能だ。
当たる――そう思われた攻撃。だが、その攻撃をリアの魔術が止めてみせた。
再び発動させたボルトハンマーで、ロックスネークを押し潰したのだ。
ボルトハンマーの威力と電撃によってロックスネークの体が一瞬、硬直。
その隙を突いて刀弥がロックスネークの側まで接近、距離を詰めたところで『疾風』を使用する。
疾風の瞬間、刀弥は踏み込む右足に己の意識を集中させる。
――もっとだ。もっと強く踏み込め。
その強い思いに応えるように、彼の右足が爆発的な脚力を生みだした。
今までの己を超えた速度。その速度を持って刀弥はロックスネークに迫る。
そしてロックスネークとの交差の瞬間、刀弥は最高の速度を乗せた全力の一撃をロックスネークの首元へと見舞った。
ロックスネークの首は呆気無く切り裂かれ、そこから大量の血が溢れる。
ロックスネークは最後の力で頭を天に向けると雄叫びをあげ、そのままその身を地面へと傾けていった。
巨体が倒れたことで地響きが鳴り、地面が沈む。
それらが収まると、後に残ったのはロックスネークの死体だけだった。
「刀弥。早くロックスネークの血を……」
「そうだな」
リアの促され、刀弥は急ぎロックスネークに歩み寄る。
見るからに血はかなりの量がロックスネークの体外に溢れ出していたが、幸いにも体内にまだ結構な量が残っていた。そのため、集めることに苦労することはなかった。
血を一通り集め終えると、この血を急いで届けるべく二人は走ってこの場を後にするのだった。
07/26
できる限り同一表現の修正。