六章一話「道すがら」(6)
「ここよ」
ミレイが案内したのは建物群と壁との僅かな隙間にできた小さな広間だった。
建物と木々によって死角になっており、おかげでひと目を気にする必要なく訓練に集中できる。そんな場所であった。
「確かにここなら訓練に集中できそうだな」
辺りを見回しながら刀弥が呟く。
「そうね。それにそこの建物は空き家だから人に迷惑を掛けるはないわ」
そんな彼の呟きにミレイが管槍を簡単に振り回しながら応えた。
「…………何してるんだ?」
徐々に体を慣らしていくミレイを見てそんな質問をぶつける刀弥。
すると彼の問いにミレイは体を動かしながらこう答えた。
「何って……折角だから軽く一戦交わせてもらおうかと思って……」
顔は何故、当たり前の事を聞くのかといった表情になっており、それ故に刀弥は返事に窮してしまう。
構えた時点からそんな気はしていたが、彼にしてみればその理由が知りたいのだ。
「なんでまた」
とりあえず一応その疑問を口にしてみる刀弥。
ミレイの返事はこうだった。
「エイバの群れとの戦闘を見て多少は興味はあったの。正直、人を案内するのは面倒と思ったけれど、この際、ついでに自分の実力を計ってもらおうかしらと思って……」
どうやら実際に戦うことで自分の実力がどの程度なのか確かめたいらしい。
「まあ、そういう事なら……」
刀弥としてもやりたくない訳ではない。なので、この申し出を断るつもりはなかった。
右手を左腰の刀へと伸ばす。姿勢は右肩と右足を前に出した半身の姿勢。
左腕がない以上、威力や手数でミレイに勝てる訳がない。そうなると長期戦は避けたいところだが、だからといって一撃勝負の方が刀弥に有利という訳でもない。
――どちらにしろ相手の動きを見極めないとな。
構えながらそんな思考にふける刀弥。と、そんな彼にミレイが声を掛けてきた。
「言い出しておいてなんだけど……良かったの? そんな状態で」
彼女の瞳の先にあるのは本来左腕があるはずだった場所。けれども、そんな問いに刀弥は笑みで応じる。
「気にするな。こっちだってこんな状態でも勝てるようにならないといけないしな」
別に強がっているつもりはない。刀弥自身本気でそう思っているのだ。
実戦では怪我をしているという理由でハンデがもらえる訳ではない。むしろ、与し易い相手だと思われ多くの敵に狙われる可能性だって有り得る。
怪我をしていたからは言い訳にはならない。と言うよりも言い訳を言うことすらできない可能性のほうが高いだろう。
ならば、怪我をしていても十分に戦えるだけの力が必要になってくるという訳だ。
明確な手法はまだまとまっていないが、今回はいろいろと試してみるいい機会かもしれない。
「悪いが練習相手になってもらうぞ」
「それはこっちの台詞よ」
悪態を付き合う刀弥とミレイ。
実際のところ、相手に対し悪意はない。どちらかと言えばそうする事で自分の気分を高めることが目的だ。
高まっていく好戦意識。今すぐにでも動き出したいところだが、負傷の分不利な刀弥としてはしっかりと隙を突きたいところではある。
静止した空間がを時を刻んでいく。
心臓の音が一拍二拍と脈打ちそれが二人に時間が進んでいることを告げていた。
吹き抜ける風。揺れる木々。草木がなびき、音が通り抜けていく。
音だけが流れる世界の中、木々から外れた葉が二人の間を流れていった。
場所は丁度、二人の視線が交わるところ。互いの視線が消え顔が隠れる。
そして葉が通り過ぎ、再び両者の顔が見えた時……既に刀弥は動いていた。
動いた方向は葉が流れていった方向への斜め前進。縮地を用い一気に距離を稼ぐと着地と同時に身をミレイの方へと回す。
これにミレイは即座に反応した。後ろ足を軸に前足を滑らせ刀弥の方へと旋回すると後ろ足で地を蹴りつけ前進、着地同時に左手を押し刀弥目掛け管槍を突き放った。
この攻撃に刀弥は抜刀で対抗。握りの底で突きを斜め上へと逸らす。
跳ね上がる管槍に姿勢を崩すミレイ。そうやってできるのは大きな隙だ。
その隙を刀弥は見逃さない。すぐさま腰を時計回りに回しバネを貯めると、直後そのバネを使って右手一本の突きを打ち出した。
刀弥の突きに対しミレイは反時計回りに身を回し、彼の突きを紙一重で回避する。
そうして刀の刃を避けた後すぐさま彼女は回転の勢いを用い槍の柄による打撃で反撃を見舞った。
迫り来る槍の柄。その軌道は刀弥の顔面を狙ったものである。
けれども、ミレイのこの反撃は空振りに終わった。刀弥が身を低くし打撃を躱したからだ。
躱した刀弥は刀の向きを反転。外側に向いていた刃を内側に変えるとすぐさま肘を曲げ伸ばした腕を強引に引き戻し刀を振るった。
強引故にやや速度、威力が心許ないがそれでも当たれば肉を削げる一撃だ。
当然、防御ができる状態ではないミレイは避けることを選択。右後方への跳躍で距離を稼ぐ。
体の回転は未だ続いている状態だ。跳躍は右足によるサイドステップ気味の跳躍となる。
そうして攻撃を避けた彼女は左足で着地すると同時に半回転。槍を引き管を元の位置に戻すと今度は浅く、そして早く突いてきた。
これを刀弥は右へと体をずらす事で対処するが、今度の突きは浅い故に攻撃間隔が短い。その分、リーチは短くなっているが現状、二人の距離が大体刀一本分の距離しか離れていない以上、リーチの長さに意味はない。
一突きするごとに短くなっていく攻撃の間隔。既にその間隔は刀弥の呼吸のリズムを上回っている状態だ。
合わないリズムで体を動かさざるを得ない刀弥。呼吸が乱れているせいで調子が狂っており、そのせいで攻撃への反応も悪くなる一方である。
徐々にだが槍の穂先が近づいてきているような気がする。このままでは追い詰められるのも時間の問題だ。
――仕方ない。仕掛けるか。
正直言えば確実に決めるためにもう少し見に回りたかったのだが、負けてしまえば意味が無い。そのため、刀弥は攻めに回る決意を固めた。
そうして彼は繰り出された槍の穂先を刀の柄底で受け止める。
回避ではなく防御。今までとは違う彼の行動はミレイの警戒心を高めることに繋がった。目を細めるミレイ。すぐさま彼女は再攻撃のために左腕で槍を引こうとする。
次の攻撃のために柄底から離れ右手元に戻ってくる槍の穂先。だが、その瞬間こそが刀弥の狙っていたものだった。
直後、それに合わせて刀弥が前進を開始する。
引かれる槍の速度にできるだけ合わせての接近。これにはミレイも目を見張った。
突くという行為は穂先を前へと押し加速させることで対象を貫く行為である。つまり、十分な威力を得るためには十分な速度を与える必要があり、十分な速度を得るためには十分な加速距離が必要になってくるという訳だ。
刀弥と穂先の相対位置は先程とほとんど変わらない密着状態。この状態では槍は加速することができず威力は完全にミレイの腕力便りとなってしまう。
さらにいえばこの状態、管槍の特性から考えてもかなり不味い状態なのである。
管槍は管の中に槍の本体を通すことで槍本体を管の中で滑らし突き速度を上げているのだがその特性上、管を握っている側の腕は槍本体を押せないのだ。
一応、ストッパーとなる金具はあるのでそこまで管がいけば管側の腕でも押せるのだが、それまでは本体を支えている腕だけで押すしかない。
つまり、加速している刀弥に対しミレイは左腕一本で力勝負をしなければならないのだ。当然、ミレイが押し勝てるわけがない。
「くっ!?」
悔しながらも槍を引くしかないミレイ。そうして槍が一番奥まで引き戻った。
引き戻ったのを見計らって刀弥が再び柄底で穂先を穿つ。この速度の乗った打撃にミレイの槍は大きく弾かれ握っていた彼女もその姿勢を大きく崩す。
そこへ今度は肘打ちを打ち込んだ。打ち込んだ部分は右脇腹。その痛みでミレイの顔には苦悶が浮かび、自然と腰はくの字に曲がって体が後ろに下がってしまう。
瞬間、決着がついた。右脇腹前で静止する刀弥の刀。肘打ちに続き既に連撃の斬撃を放っていたのだ。
痛みから我に返ったミレイはようやく静止する刀の存在に気が付き敗北を悟る。
こうして刀弥とミレイの試合は終わりを迎えたのだった。
一話終了
とりあえず一話はここで終了です。
二話この直後から始まります。