六章一話「道すがら」(5)
「はい、お待ちどう」
言葉と同時に差し出される二つの容器。その中身は果肉の入った果実ゼリーである。
「ありがとうございます」
代金と一緒に一言お礼を返す刀弥。そうしてから容器を受け取ると薄いピンク色のゼリーの方をリアに渡した。ちなみに刀弥の方はオレンジ色だ。
どちらも入っているのはこの世界で採れる果物。リアの方はピルスで刀弥の方はレンダという食べ物なのだそうだ。
早速、購入したそれを二人は口にする。その途端、薄い甘みと深い酸っぱさが刀弥の口の中に広がった。
口に含んだゼリーの一端を舌の上で転がしながら喉の奥へと運ぶ。すると、それに合わせて舌から感じられる冷たさも奥へと移動していき……そうしてそのまま刀弥はゼリーを飲み込んだ。
しばしの間、二人はゼリーの味を堪能する。時には互いにゼリーを交換し違う味を確かめたりもした。
やがて、容器の中身がなくなり二人は手近なゴミ箱に容器を捨てる。そうしてしっかりと後片付けをし終えると二人は街巡りを再開した。
地下に作られた劇や武闘会が開けそうなくらい広いドーム状の多目的舞台、誰でも利用できる木の加工設備が備えられた工房、路上ではところどころに演奏をしている人達がいる。
施設を覗き、人を眺めながら道を進む刀弥とリア。その道中、二人は見覚えのある顔を見つけた。
「ん? あれは……」
「確か……ミレイさんだよね」
気が付いたのは二人同時。二人の視線の先には青いポニーテールの少女が槍を携え歩いている姿があった。
「買い物かな?」
「散歩かもしれないぞ」
口々にそんな予想を述べる二人。とはいえ、所詮予想は予想である。正解とは限らない。
とりあえず二人は挨拶も兼ねて彼女のもとへ向かうことにした。
気配で気づいたのだろう。前を向いて歩いていたミレイが唐突に刀弥達の方へと振り返る。
「あなた達は……」
「こんにちは」
「ミレイさんでしたよね?」
そのタイミングで二人は挨拶を送った。
突然の再会にミレイと呼ばれていた少女は少しばかり戸惑う素振りを見せる。
「もしかして今から病院?」
「いえ、そちらはもう済ませてきました」
「今は単純に観光です」
ミレイの問いにそう応じる刀弥とリア。
そんな二人の返事にミレイは『そう』とだけ返した。
「…………」
「…………」
二人とミレイ。互いに何も発さないまま時間だけが過ぎ去っていく。
刀弥達が何も言わないのはタイミングを失ってしまったからだ。元々、何らかの応答が返ってくるのを期待していのだが、端的な返事に留まってしまったために次に掛けるべき言葉に困ってしまった。今の様子では適当な言葉を投げかけたところですぐに終了してしまうだろう。かといって黙ったまま立ち去るというのもおかしな感じではある。
ミレイはというとこの状況でも平気なのか平然として態度で沈黙を保っていた。
チラリと互いに目を交わす刀弥とリア。
さすがにこの状態が長時間続くのは避けたい。と、なると何か新たな話題を口に出す必要があった。だが、適当な話題では先程のような展開になるのは目に見えている。
何かないかと思考を巡らす刀弥。と、その時何かを思いついたのかリアがパアっと表情を明るくさせた。
「あ、そうだ。ねえ、ミレイさん。良かったら街中を案内してくれませんか?」
リアからミレイに投げかけられた提案。この提案に刀弥はどうだろかとつい難しい顔をしてしまう。
端的な返事をするという事は楽しい会話をする気がないという事だ。つまり、彼女は人との交流を楽しいと感じない人種の人間であるということになる。
そんな彼女に街の案内を頼んだところでイエスと答えてくれるかどうか……、そんな事を刀弥が考えていると事態は次の段階へと進行していく。
「ごめんなさい。私、そういうの苦手だから」
刀弥の予想通り、ミレイはリアの提案をあっさりと跳ね除けた。
想定していた結果にまあ、そうなるだろうなと肩を竦める刀弥。一方、リアの方はというと――
「まあ、そう言わずに……ね」
そん遠回しの拒絶にもめげず再び彼女を誘おうとしていた。
リアの再度の誘いにミレイの表情がむっとしたものになる。
「だから、わた――」
「お礼に何か奢りますから」
さすがにリアの積極性に慣れていた刀弥も二人ののやり取りに思わずひやりとしてしまった。
ミレイから発せられる気配は苛立ちを含んできている。もしこれ以上、しつこく食い下がるならすぐ爆発してもおかしくはない。
こうなるともうリアを止めるべきだろう。そう判断して刀弥はリアに声を掛けようとする。けれども、それよりも先にリアが次の一言を放っていた。
「それじゃあミレイさん。まずはどこで訓練しているのか教えてくれませんか?」
「……………………は?」
予想外だったのだろう。ミレイが口をポカンと開けたままそんな一言を漏らしていた。
「なんでそんな事を聞くの?」
「いや、刀弥がよく剣術の訓練をするんですけど、毎回どこで訓練をすれば迷惑を掛けないかで苦労してるんで」
苦笑を浮かべながら刀弥の方を見るリア。それに釣られてミレイも瞳を動かした。
二人に見つめられる形となった刀弥としては少し困ってしまうが、とりあえずリアの話に合わせるため同じように苦笑を返しておく。
「……はあ、わかったわ。こっちよ」
毒気を抜かれたのか、はたまたここが妥協点と判断したのか。ミレイがため息混じりの表情でそう答えて歩き始める。
「!! ありがとうございます」
彼女の返事に喜びを露わにするリア。そうして彼女はすぐさまその後を追いかけ始めた。
「……マジか」
そんな彼女を呆然とした顔で見送るのが刀弥。予想外の結果に最早は彼の心の中は呆れ半分関心半分の状態である。
「ほら、刀弥。急がないとミレイさんが怒っちゃうよ~」
驚いている刀弥に気がついていないのか、急かすようにして彼に呼びかけるリア。
それで刀弥はようやく我に返った。確かにこのまま遅れてしまうと、今度は自分が原因で彼女を怒らせる事になってしまう。
刀弥としてもあまり人を怒らせたくないので、それだけは避けたい。
結果、彼女の叫んだ通り、急ぎ足で追いかけ始めるのだった。
追いかけながら思うのはミレイの事。他者と関わろうとしない彼女はまさしく一匹狼というべきタイプだ。クールといった感じの部分がさらにそれを強調させている。
しかし、そうなると何故、彼女はあの討伐チームに入ることにしたのだろうか。
当然の理由としてあるのは一人で戦うのは現実的に厳しいからという理由。けれども、そういう理由となると何故獣の討伐をする職を選んだのだろうかという新たな疑問が湧いてきた。
実力の程はエイバの群れとの戦闘で見ている。彼女の基本戦闘法は管槍特有の速い突きを用いた突きの連射。その連射速度はサグルドのコローネスであったレンの突きよりも短い。
エイバとの戦闘では急所へ的確に穂先を見舞うことで早くそして確実に次々とエイバを倒していった彼女。刀弥の記憶の限りでは撃破数もかなり多かったはずだ。
そんな彼女である。修行もかなり小さな時から始めていたはずだ。ひょっとしたら討伐チームに入ることもその時には心に決めていたのかもしれない。
――とりあえず、ここで終わるか。
そう思考する刀弥。結局のところ、刀弥の推測は仮定の重ねがけ状態である。こんな状態ではこれ以上考えても意味はない。
意識を現実に戻し前を見る。丁度、リアが店に立ち寄り何かを買ったようだ。それをミレイに渡しているところを見ると礼とお詫びを兼ねたお返しであることは容易に推測できる。
「俺も急がないとな」
気がつけば思考で急いでいたはずの足の速度が緩んでいた。辿り着けばリアが少し怒るだろう。
その事を考えため息を漏らしてしまう刀弥。それと同時に彼は二人の元に辿り着いたのだった。