六章一話「道すがら」(4)
刀弥達がイステリアについたのは日が沈んで少し経ってからの事だった。
あの後エイバの群れを撃退した刀弥達は撃退で時間をとられたこともあって急ぎ足でここに向かっていたのだが、結局この時間まで掛かってしまったのだ。
「ここがイステリアか」
到着早々そんな感想を漏らしながら刀弥は周囲を見渡す。
感想から言うと隠れ里ならぬ隠れ街だ。街は迷彩の壁で全方位を囲っており、まるで何かに見つかるのを恐れているかのような印象を刀弥は抱く。
街の中は自然そのままという感じで道も特に舗装されておらず、あちらこちらで木々や蔓が生えていた。
建物の素材は木。後で聞いた話だが、付近に住む獣を刺激しないためと調達のしやすさのために付近に群生している木々を用いるのが一般的なのだそうだ。
建物以外に見えるのは多くの場合、広い田畑でそこでは多くの人々が収穫をしていたり、田畑を耕していたりしていた。
壁と外を繋ぐ扉には武装を持った人々が見張りとして立っている。
「ん? ああ、気にするな。あれは獣の侵入を防ぐことが主な仕事の連中だ。不審な目を向けたりはしねえよ」
刀弥の視線が扉の前に立つ守衛にいっているのに気がついたのだろう。マグルスが気楽な声でそう言ってきた。
刀弥としてはただの興味で見ていただけなのだが、どうやら守衛を警戒しているのだと勘違いしたらしい。本当の事をいうのも面倒だった刀弥はとりあえず苦笑で応えるだけに留めた。
「それでいますぐ病院へ行くのか?」
そうして話に一区切りがついたためだろう。新たな話題としてマグルスが刀弥達に次の行動予定を尋ねてくる。
「……まだ開いてるんですか?」
しかし、この問いに刀弥は少なからず驚いた。無理もない。彼の感覚で考えれば既に病院の受付は閉まっていると思い込んでいたためだ。
彼の驚きの問いにマグルス達は笑みを浮かべて応じる。
「当たり前だろうが、いつ怪我人や病人が出るかわからないんだぞ。普通そういう施設はいつでも対応できるようにしているもんだろうが……」
「……確かにそうですが……緊急はともかく通常の業務の方は終わっていても不思議じゃないと思っていたので」
刀弥の負傷は左腕から先の切断。怪我の状態として見たら重症だが、だからといっていますぐ治さなければいけないほど切羽詰まっている状態でもない。そのため刀弥は通常の業務で対応される程度の怪我だと判断していた。
刀弥の返事にマグルスは一旦考える素振り。そうしてから考えがまとまったのか素振りを解いて再び刀弥の方へと向き直った。
「なるほどな。まあ、確かに人が足りないとそういう対応しないと大変だろうしな」
納得の頷きを見せるマグルス。けれども、その言葉の後に『けどな』という台詞が続く。
「ここは医療じゃ有名な世界だ。医療関係者なんざこの街だけでもかなりの人数なんだぜ。おかげでいつでもどんな怪我でも対応できちまうのさ」
つまり、今からでも刀弥の怪我を診てもらうことは可能らしい。
マグルスの台詞に刀弥はリアの方へと視線を向ける。
「どうする?」
先に問いかけたのはリア。先に病院に行くのかという意味の問いかけだ。
「……いや、今日はもう宿屋をとって休もう」
その問いに刀弥は首を振って応じた。
早く治したいという気持ちは確かにある。けれども、だからといって一秒でも早くというほど焦っているわけでもない。
加えて先程の連戦疲れもある。そのため、刀弥は今日は体を休め明日病院に行くことにしたのだ。
二人の話を聞いてマグルスがなるほどと相槌を打つ。
「なら、知り合いの宿屋を紹介しようか? 悪くないところだぞ」
「「あ、ありがとうございます」」
そんな彼の提案に刀弥とリアの二人は素直に礼を述べるのだった。
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翌日……
刀弥は診断室にいた。彼の目の前には医者の女性が椅子に座っている。
診断室は木で作られた部屋であるが、素材に特殊な薬を塗ったり染み込ませる事で害虫、ばい菌対策をしているらしい。おかげで室内はクリーンなのだそうだ。
彼女が見ているのは刀弥の左腕の断面。その傍にはスペーサーから取り出した彼の左腕があった。
「……ふむ。傷口は完全に塞がっているか……」
一通り左腕を見回した後、医者の女性はそうこぼしてカルテに記述。そうして今度は置かれた左腕の方へと視線を移す。
「劣化は許容範囲……腐蝕や菌は…………付いている様子もないな」
ライトのようなものを左腕にあびせながらの後半の言葉。どうやらそれでそういった事がわかるらしい。
驚きと感心の表情を浮かべながら刀弥は彼女の言葉に耳を傾けていた。
「それで……治るんですか?」
彼女がやっている作業が必要なことなのはなんとなくわかるのだが、それでも専門的な事がわからない刀弥としては肝心な部分だけが気になってしまう。
彼の問いにニヤリと返す医者の女性。
「全然、問題ない。むしろ、状態のいい切断された腕もあるから一から治すよりも早く完治するだろうね」
「そうですか」
その返事に刀弥は思わずほっとしてしまう。
「治すなら契約を結んで、それから準備、手術、術後の経過とリハビリを行うことになる。構わないかい?」
「はい、構いません」
治すためにここに来たのだ。刀弥にしてみれば問われるまでもない。
真剣な刀弥の表情。その表情に何が喜ばしいのか医者の女性は頬を緩ませた。
「わかった。それじゃあ……これが契約のための書類になるから、必要事項の部分に記入をしてくれ」
そう言って手渡された書類。内容を読んでみるとどうやら誓約書と契約書の両方を兼ねた物のようだ。
用紙はもう一枚あり、そちらは体の部分を失った人が受ける手術の大まかな内容が書かれている。
順を追って見てみるとどうやら刀弥の場合、左腕の生命活動を復活させた後、接合する流れのようだ。ちなみに部分がない場合は一から作ることになるらしい――当然、その場合かなりの時間が掛かることになる――。
心の中でリアに感謝する刀弥。そうしてから彼は用紙に必要事項を記入していった。
「できました」
「…………よし、契約成立だ。手術の準備のために左腕はこちらで預からせてもらう」
「はい」
刀弥がそう返事すると医者の女性は腕を回収して立ち上がる。
「とりあえず手術の実施日を調整する事になる。そっちも下準備の処置を施す必要もあるから明日の昼過ぎ頃にまたここに来てくれ」
「わかりました」
「今日は以上だ。もう帰っていいぞ」
その返事に刀弥は頭を一度下げると立ち上がり診断室を後にする。
「あ、どうだった?」
診断室から出ると診断室前の席で待っていたリアが駆け寄ってきた。
「治せるそうだ。とりあえず明日下準備のために昼過ぎに来てくれって。その時に手術の実施日の話もするみたいだ」
「そっか~。よかったね」
それを聞いて自分のことのように喜ぶリア。そんな彼女を見ていると刀弥もついつい表情が緩んでしまう。
「じゃあ、この後はどうする?」
「とりあえず街でも回ろう」
新しい街に来た以上、まずはそれが基本だ。昨晩は疲れもあって無理だったが、今日は街を巡る余裕がある。
別れ際に聞いたマグルスの話によると、街内にはいろんな娯楽が溢れているそうだ。どうやら街外が危険で出にくいため、そういったもので人々を満足させるのがどの街でも当たり前らしい。
食料も自給でどうにかしているようなので、新鮮な食べ物で溢れていると聞いている。自然、昼食が楽しみになってくる刀弥であった。
「そうだね。そうしよっか」
当然、同じような思考のリアが反対するはずもない。即答で頷き返してくる。
こうしてこの後の二人の行動が決まったのであった。