六章一話「道すがら」(2)
男、『ウィルバード』のリーダーであるマグルス・ガデリアの説明によると討伐チームというのはこの世界に生息する凶暴な獣達に対抗するための行動班なのだそうだ。
形式としては村や街が退治や討伐、あるいは彼らが住まう場所への採集を依頼として掲示し、それを完了させる事で報酬を受け取る仕組み。無論、チーム同士で依頼が被るのを避ける意味もあって依頼主に断りを入れるのが一般常識である。
討伐チームの規模はここによってバラバラだが、多いところだと複数の班に分けて同時にいくつもの依頼をこなす場合もあるらしい。
「思い切ったことをしますね」
そんな話を聞いて刀弥はそんな感想を返す。命の掛かった戦いで戦力を分けて収益を増やすという考え方に呆れてしまったのだ。
「仕方ないだろ。こっちだって生活が掛かっているんだ。人数が多いと一人当たりの収入も減るからな」
「ああ、そういえばそうですね」
刀弥の反応にマグルスは反論。それを聞いてリアがそんな納得の言葉を返した。
「ところでお前さん達はなんでこんなところにいたんだ?」
「道を歩いていたら向こうが襲ってきてどうにか撒こうとしたらここまで誘導されていたという塩梅で……」
道を歩いていたらいきなり襲われたのだ。刀弥の負傷の事もあって無理はできない二人は逃げる事を選択したのだが、向こうの誘導に掛かってしまい結局この場所に連れて来られてしまった。
「ああ、そういう事ね」
刀弥の説明を聞いてチームのメンバーの一人が反応。他のメンバーも似たような状態でどうやらこの手段はあの獣達にとって常套手段であるようだ。
「なるほどな。それは大変だったな」
同情のこもった声で応じるマグルス。それだけで二人は幾分か救われた気持ちになった。
「それで目的地はどこなんだ?」
「イステリアという街です。この腕を治すために」
そう言って先のない左腕へと視線を向ける刀弥。それでウィルバードの面々もそちらへと目を向けた。
「巻かれ方を見るに切断傷のようですね。先の方は?」
腕を見てメンバーの一人がそう尋ねてくる。
「一応、処置を施して保管しています」
チラリと首元に視線を向ける。そこには首からぶら下がった紫色の丸い宝石――ものを格納できる魔具『スペーサー』――があった。
「――なるほどな。事情はわかった。どうやら行く先は同じみたいだし……一緒に行くか?」
「いいですんか?」
正直に言えばこの申し出は刀弥達にとってはありがたい。怪我のこともあって安全第一の行動方針なのだ。故に同行してくれるのならば、二人にとって道中の安全度がかなり上がる。
刀弥の確認にコクンと頷くマグルス。
「行き先が同じなんだ。構いやしねえよ」
「「ありがとうございます」」
この返答に二人は即座に礼を返した。
頭を下げての礼。ピッタリと重なっていた二人の礼にほかのメンバー達は苦笑を浮かべる。
「まあ、とにかく行こうか。じっとしてたら日が暮れちまうしな」
確かにその通りだ。
同意の相槌を返す刀弥とリア。
こうして二人は道すがらで同行者を得たのであった。
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「ほう、ってことは二人はあの争いに巻き込まれてたのか」
関心の声を上げるマグルス。彼の返答は刀弥達が話していたアイゼイルでの戦いについの感想だ。
道中、今のところ人数もいるせいか獣に襲われる気配はなかった。
何もないという事はいい事であるが、同時に退屈であるという事だ。時間も経っていけば刺激が欲しくもなってくる――無論、だからといって気までは抜かないが――。
なので、ウィルバードのメンバーから旅の話をしてくれとせがまれた。そのため、刀弥達がこれまでの旅の話をし、それで今に至るのだ。
「はい」
マグルスの確認に刀弥は首を縦に振る。
すると、刀弥の話を聞いていた他のメンバー達が互いに視線を交わし始めた。
「それにしても『レグイレム』ねえ……」
「……嫌な予感がするな」
「? レグイレムに何か心当たりがあるんですか?」
漏れでたやり取りが気になったのだろう。興味深そうにリアがメンバーにそう尋ねる。
彼女の問いにメンバー達は一旦、考え込むと、その後一斉に自分達のリーダーの方へと視線を集中させた。
「……この近隣でも最近、その名前の組織が頻繁に目撃されてるんだ」
「聞いた話じゃ怪しい武器を密かに売り捌いているそうだけど……」
「今の話を聞きますと、それ以外にも何かやっているかもしれませんね」
そう言い合うメンバー達。
一方、刀弥達は彼らの話を聞いて愕然としていた。
ネレスの兄、オスワルドの命を奪ったあの組織がこの世界にいるという事に驚いたのだ。
直後、刀弥の心の中に怒りの炎が灯る。
それ程、親しい付き合いをした訳ではないが、それでも知り合いを殺されたのだ。自然と怒りもでてくるというものだ。
「落ち着け」
しかし、そんな彼に冷水を浴びせるかのようにマグルスが静かな声で刀弥に呼びかけてきた。
「怒りを抱くのはわかる。だが、感情に任せて動けば考えなしな分、事態はさらに悪い方に傾く可能性があるぞ」
「っ!!」
その言葉に一理ある事を認めざるを得ない刀弥。けれども、そうとはわかっていても怒りの感情までは沈ませることはできない。
怒りの感情と沈ませようとする理性。その間でもがき苦しむ刀弥。歯を強く噛み指を強く握りしめる事でどうにか抑えきれない怒りを発散させようとする。
それが効いたのだろうか。徐々にだが怒りは鎮静していき、最後には深呼吸をして己を落ち着かせるところまで戻れた。
深い呼吸を繰り返して己の精神を冷まそうとする刀弥。
そうして、元の状態まで戻ると彼はすぐさまマグルスへ向かって礼を述べたのだった。
「すいません」
「気にするな。それよりも話の続きを聞かせてくれ」
刀弥の気分を変えるのと話題転換の意味もあるのだろう。マグルスがそう言って続きを急かしてくる。
その心遣いに刀弥は二つの双眸で軽く礼を返すと要望通り話の続きを始めることにした
後残っている話は同じ地球出身者と再会した話だけだ。少なくとも刀弥にとっては気分の悪くなる話ではない。
この話に彼らは静かに聞き入る。
やがて、話し終えこれが終わりであることを告げるとメンバー達から礼と感謝の拍手が送られた。
「やっぱり、旅をしているといろんな事があるんだね~」
「基調な体験と言えますね」
「ちょっと、羨ましいかも」
そうしてメンバー達が様々な感想を口にする。と、そんな時だった。
刀弥は話の輪に加わっていない人物が一人いることに気が付く。
その人物は刀弥達と同じくらいの年頃で青いポニーテールが印象的な少女だった。
澄んだ翡翠色の瞳は周囲を警戒するように動きまわり、時折背後や上などにも向けられている。
手に持っているのは槍。ただし、握りの部分に筒状のようなものが取り付けられた特殊な槍であり、構えの際前側にあたるであろう右腕がそのパーツ部分を握っていた。
それで刀弥はあれが突きの速度を上げることに特化した槍、『管槍』であると見当をつける。
「彼女は?」
「ん? ……ああ、ミレイの事か」
刀弥の問い掛けにマグルスは彼の視線が青いポニーテールの少女に向けらていることを知ると、すぐさまそう応えた。
「気にしないで。あの娘はいつもあんな感じだから」
「ちょっと、いろいろあってな」
どうやら彼女が話を全く聞いていないことを刀弥が気にしていると勘違いしたのだろう。他のメンバー達も次々とそんなフォローを入れてくる。
それに対しどう答えたものかと刀弥が悩んだ時だ。
「来た」
ミレイと呼ばれた少女がそう告げ、それと同時に周囲に獣達が姿を現した。
二足歩行する猿のような顔をした生き物。爪の一本は曲線を描いて長く伸びており、幾匹かの爪には赤い液体が付着している。
先程、刀弥達を襲ってきた獣ではない。どうやら別の獣に獲物として認識されたようだ。
「エイバか」
「気をつけてね。こいつら、結構高く跳躍できるから」
そう言いながら戦闘態勢へと入っていくウィルバードのメンバー達。
当然、刀弥達も既に戦闘態勢だ。刀弥は右手を腰の刀へと伸ばしリアは杖を構え相手を見据える。
一瞬の間、睨み合う両者。けれども、そこにメンバー一人が砲撃を叩き込んだことで戦の狼煙は上がった。
一斉に飛び上がるエイバ達。それを迎撃する刀弥達。
こうして獣と人の生存をかけた戦いが切って落とされたのだった。