六章一話「道すがら」(1)
さて、六章の開始です。どうぞ、皆様。よろしくお願い致します。
強い陽射しが空より降り注いでいた。
その光を受けて木々や植物は己の葉をキラキラとまばたかせる。
自然豊かな緑に染まった大地。
本来なら静かなイメージを抱くそんな場所で――
一際大きな唸り声が響いた。
その声に獣達が怯え、一斉逃げ出す。
飛べるものは空へと逃れ、飛べぬものは全速力で己を走らせた。
しかし、幸いに声の主達の狙いは彼らではない。声の主達の狙いは彼らが取り囲んでいる人間達だ。
彼らは獣だった。逆関節の四つ足で己の体を支え前に付いた頭の牙で獲物にかぶりつく獣。この周囲の人々からは『リヴァイン』と呼ばれている獣だった。
彼らの標的の数は二人。若い少年少女の組み合わせだ。
少年の方は黒髪に黒の上着に黒ズボンと黒ずくめの少年だった。数少ない例外は上着の下に着込んでいる白色のシャツくらい。左の腰には刀が刺さっている。
一方、少女の方は赤い髪に赤の上着。上着の下は白のシャツで下は赤を基調としたチェックのスカートを履いている。
二人は背中合わせに立っており、少年の青い瞳は周囲を伺い少女の瑠璃色の瞳は警戒のために忙しなく動いていた。明らかに分の悪い情勢だ。
「……さて、似たような状況が以前にもあったような気がするんだが……どう突破したものかな」
少年、風野刀弥はそう言って沈黙を破る。声には緊張が混じっていたが、それでもまだ余裕のある声色だ。
「まさか、待ち構えていた場所に追い込まれているなんて思いもしなかったもんね。ここの獣って意外と頭がいいのかな?」
同じような声で少女リア・リンスレットが応える。一瞬、視線を刀弥の方に向けるがすぐさま警戒の方に戻す。
二人を取り囲むリヴァインの群れはチャンスをあるいは命令を待っているのか一定の距離をとってそこから踏み込んでこようとしない。
随分と統率された群れだな、とそんな群れを見て刀弥は頭の中でそう思った。
仲間同士が牽制しあう様子もなければ先走ろうとする姿勢もない。これがこの獣達の特徴なのか、あるいはボスの統率力が高いのか、どちらなのかはわからない。が、やっかいである事は間違いなかった。
ただ単純に数で攻めてくるのであれば乱戦を制御することで不利な状況を多少は有利に傾けることができる。だが、統制のとれた連携で襲い掛かられるのであれば圧倒的に刀弥達が不利だ。
辺りを見回してみる刀弥。だが、ボスらしいもの姿は見えない。
隠れているのか、紛れ込んでいるのか。どちらにしてもボスを狙い打つという手段は現時点で使えないのは確かだった。
そうしてリヴァイン達が襲いかかってくる。
木々の幹すら足場にする事ができる身のこなしを持っている彼らにとって罠を張った森の中は最適の狩場だ。なにせ、方向転換や加速するための足場がそこら中にある。
周囲を飛び跳ね二人を翻弄しながら死角から背後から襲っていくリヴァイン達。
これに刀弥達は対応するだけで精一杯だった。左右に避け、振り返りざまに刀や杖で防ぎ、気づいていない時は声を掛けて気付かせる。
そうやって命をどうにか永らえさせる二人。それでも時間が経ち相手の動きに慣れてくると多少は反撃をする余裕も出てきた。
背後の木々の軋む音から攻撃を感知した刀弥。すぐさま左へと飛んだ彼は身を時計回りに回すとそのまま両手に握っていた刀を振るう。
予想通り飛び込んできたリヴァインは己の勢いのままに切断。顔面から胸部かけて致命の傷が作られそれによって絶命してしまった。
リアの方も相手の動きを読み切り僅かな隙を狙って魔術式の構築をすると予測した移動先へ目掛けて風の刃の群れを撃ち放つ。
風の刃はその全てが着弾。足を、胴を、頭を裂かれたリヴァイン達が次々と地面へと転がり落ちた。
けれども、リヴァイン達の数が多すぎる。切れども切れども尽きることなく次々と襲ってくる。
攻撃のタイミングも嫌らしい。避けると同時に別方向から別のリヴァインが襲い掛かってくるのだ。
体が宙に浮いていたり静止直後だったりで対応が難しい。なんとか、無理やり姿勢を変えたりもう片方がフォローに入ったりすることで対抗するが、それも時間が経過すると共に苦しくなってくる。
疲労が積み重なり、自然と鈍くなる体の動き。認識力も低下し周囲の状況を精確に把握することも最早難しい状態だ。
そこへ一体のリヴァインが背後から刀弥に襲いかかる。
気づくのが遅れた。リアの魔術も間に合わない。
それでも刀弥は体を振り向かせようとする。
足を向かせ、足首を捻り、腰を回し、腕を振るう。感覚から向こうの爪が届くのが先だとわかっていたが、外れる可能性だってあり得る。だからこそ、刀弥は諦めず行動を実行したのだ。
そうして彼の顔が正反対の方向へと向く。
見える光景。しかし、視界に現れたのは刀弥の予想していたものとは若干異なる光景だった。
結果から言うと敵の攻撃が刀弥に届く事はなかった。けれども、その理由は敵の攻撃が外れたからではない。第三者の攻撃によってリヴァインが撃破されたからだ。
見えたのは砲弾の打撃。それを真横から受けリヴァインの体が反対方向へ吹き飛ばされた。威力から絶命は間違いない。
去っていく死体を刀弥は見送らない。既に新たな攻撃が背中から迫ってきているからだ。
誰かが助けてくれたのは確かだが、それが誰なのか確認している余裕などない状況である。
すぐさま刀弥は身を回した。時計回りに回る背中をリヴァインが通り過ぎていく。
そうやって攻撃を回避した後、刀弥は手近にいた別のリヴァインに斬りかかった。
全身を使った左から右への振り抜き。それでリヴァインの頭を断つ。
そこへ新たな援護がやってきた。今度は砲撃だけでなく近接攻撃もある。おかげで刀弥は助けてくれたのがどんな人達なのかようやく確認することができた。
印象深いのは全員が羽織っているマントだ。鳥なのか、翼を持つ生き物の刺繍が施されたマントが着地と同時になびいている。
それを刀弥はよく見ようとするが、彼が確認するよりも先に援護者達が動いた。
全員が一斉に散らばりそれぞれがリヴァインを次々と倒していったのだ。
剣や槍、砲や弓等多彩な武器で次々とリヴァインを倒していく彼ら。その手際の良さは最早、刀弥は何もしなくてもよさそうな情勢だ。
そこへ呆然としたといった表情を浮かべながらリアがやってくる。
互いに視線を交わし合うがそれは一瞬だけ、すぐさま新たに現れた助けの方へと目線を戻す二人。その頃にはリヴァイン達も不利だと悟ったようで、一斉に雄叫びを上げると一目散に彼らは撤退を始めた。
逃げるリヴァイン達を援護者達は追わない。どうやら刀弥達を守ることを優先しているようだ。武器を構えながら去っていくリヴァイン達を見送る。
そして、視界内にリヴァインの姿が一体も見えなくなると彼らは武器を下ろし刀弥達の方へと向き直った。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
援護者のうち、剣を持った男が問い掛けてくる。
それに刀を収めながら応える刀弥。彼の答えを聞いて尋ねてきた男はほっと息を吐いた。
「それならよかった」
「危ないところをありがとうございました」
と、そこにリアが礼を口にする。それで刀弥も礼をまだ言っていない事に気が付き慌てて追従することにした。
「ありがとうございます」
「いやいや、人として当然のことをしただけだ。気にするな」
二人の礼に謙遜する男。そこに他の人達が集まってきた。
「……そういえばそのマントの紋章。皆さん何かの組織に所属している人達なんですか?」
そのタイミングで刀弥は先程から気になっていたことを聞いてみる。
「ん? ああ、これか」
刀弥の問いに背中へと視線を向ける男。そうしてから男は笑みを浮かべると右手を腰に当て自慢げに次のようなことを述べたのだった。
「俺達は『ウィルバード』っていう討伐チームなんだ」