短章五~六「過ぎ去っていった時間の大切さ」(3)
そんなやり取りをしながら小屋へと戻った二人。
中に入ると早速和馬がなんとか身を起こして二人を出迎える。
「おお、戻ったか」
「はい」
時間としては昼前。昼食の時間帯だ。
そう思った時、刀弥は己の失策に気づく。
「しまった。俺とリアの分を確保するのを忘れてた」
荷物に入っている食事は和馬一人分の量だ。と、なれば刀弥とリアの分はそれとは別に確保しなければならない。
別に旅用に確保している食事に手を付けても問題ないのだが、やはり街や村にいる以上、食事は食堂や屋台の物を食べたい。
「あ、そっか」
刀弥の言葉でリアもようやくその事実に気が付いたのだろう。
あちゃ~と言った苦笑いを浮かべていた。
「とりあえず昼飯は簡易に済ませるか。夕食は取りに行く時に買うというのが無難だな」
「それしかないかな」
とりあえず刀弥が提示した案をリアも了承。かくして二人はスペーサーから調理の必要のない食事を取り出し、それを口にして昼時を過ごしたのだった。
取り出した食事は干したパン。水気を完全に抜いているので食感はかなり固めだ。
そのままかぶりつくには難しいものなので、二人はそれを小さくちぎって口の中へと放り込んでいく。味は不味くもないが美味しくもないという程度。それなりに腹は膨れるがあまり食べたという満足感は感じられない。
そこで味の面は小屋で用意したお茶で溜飲を下げることにした。
二人が飲むことにしたのは和馬に勧められたダシアというお茶。透き通った淡い黄色で覗けばカップの底が綺麗に色付けられているように見える。なんでも、少し離れた地方のお茶だそうだ。
香りはほのかで飲んでみると最初に弱めの苦味が来てその後に甘い味が口の中一杯に広がった。濃い味ではないが、それでも結構印象に残る味で飲み終わった後もまだ口の中にお茶が残っているような感覚になってしまう。
その状態でパンを食べると、パンにも味が付いたように感じ美味しく食べれるようになった。
そうして昼食が終わった後、刀弥達は和馬を交えて会話を始める。
「では、今日は何を話しましょうか?」
和馬に話題を尋ねる刀弥。
昨日はおおまかな話が中心だった。細かく話したところは主流となっている文明や街並みの変化といった今を形作っている部分の話だ。
今回、あるとしたらいなかった間の歴史や流行していたものの話ではないかと刀弥は予想していたのだが、和馬が口にしたのは刀弥にとって予想していなかった内容だった。
「実はの。お前さんがここに来た時の状況を聞きたいんじゃ」
この内容に刀弥は目をパチクリとさせる。が、よくよく考えてみるとまあ聞いてきてもおかしくない内容であることに気付き内心で納得した。実際、刀弥も和馬がどのような流れでここに来ることになったのかは興味があるのだ。
「いいですよ」
気軽に刀弥は頷き、そうして彼は己がここに来る少し前の状況を話し始めた。
話しながらその時の場面を思い出していく。
昼前の稽古。昼食の団らん。妹との買い物。そして一人で帰った時の思案――最も、思案の事については和馬達に話していないのだが――。
思い出していく過去の出来事に自然と思いを馳せていく刀弥。
もしもあの時、買い物に出かけなければ。もしもあの時、妹の友人達とまだ街中を巡っていたら。そして……
もしあの時、公園に立ち寄らなければ自分はどんな人生を歩んでいたのか。
「……刀弥?」
呼びかけてくる声。それで刀弥は我に返った。
慌てて声の聞こえてきた方を見ると、リアが不思議そうな顔で刀弥の顔を覗いているのが視界に映る。視線を動かすと和馬もどうしたのかという表情で刀弥を見ていた。
そんな二人を見て刀弥は自身が考えにふけっていた事に気が付く。
「悪い。ぼーっとしてた」
苦笑を浮かべそう誤魔化す刀弥。その一方で彼は心の中で己自身を叱咤していた。
最早過ぎ去った出来事だ。それに過去を変えることなど出来はしない。ならば、そんな思いを引きずるだけ無意味だ。むしろ、抱いたままのほうが悪いことにしかならない。
「まあ、俺はそんな感じでこの世界に来ました。和馬さんはどういう風にこちらに来たんですか?」
そんな思いを振り払うように刀弥は話題を切り替えようとする。
刀弥の問いに頷く和馬。そうしてから彼は二人にここに来る直前の出来事を話し始めたのだった。
「あれは十二月……年の終わりの出来事じゃ。刀弥、お主ならわかるじゃろうが、とある成人が生まれたとされる日のことじゃ」
視線を上へと上げながら老いた男は過去を紡いでいく。
「その時、儂は急いでおった。丁度、その日は付き合っておった人に一生のプレゼントを送ろうとしておったのでな」
そう言いつつ和馬は苦笑。けれども、それが何を意味するのかわかった刀弥はただ黙って彼の悲しそうな瞳を見つめていた。
「儂が住んでいた場所は当時、人がそう多くなくてな。その日も辺りには誰もおらんかったのをよく覚えておる。そんな中を儂は少しでも早く彼女の元に辿り着こうと走っておったのじゃ」
今でもその時の心情を鮮明に思い出すのだろう。その事を話す和馬の口調にははっきりと興奮の色が混ざっているのを聞き取ることができた。
しかしその直後、和馬の言葉に『じゃが……』という言葉が続けられる。
「その時じゃった。ゲートが儂を別の世界へと誘ったのは……」
その直後、窓の外へと動く和馬の瞳。それにつられて刀弥達も窓の方を見てしまう。
まだ、昼を少し過ぎたばかりの空。そこには水色と雲が作る白色が彩られている。空の前には青々とした自然の木々。
それらを少しばかり眺める和馬。しかし、やがて心の整理がついたのか窓の外へと向けられた視線が再び室内へと戻ってきたのであった。
「気が付いた時には全く知らん場所におった。近隣にいた人の話を聞いてわかったのはこのプレゼントが彼女の手元に届くことは最早難しいという現実じゃ」
そう言って和馬は布団の中から右手を出し、閉じていた指を開く。
その右手へと刀弥達が視線を向けると、そこには一つの指輪が握られていた。
リングの先には宝石が付いている。恐らくダイヤモンドだろうと当たりをつける刀弥。
「そのままこの世界に馴染むという選択肢が頭に浮かばなかった訳ではない。じゃが、儂は……付き合っていた彼女を忘れ新しい生活を送る事を良しとする事ができんかった。ひょっとしたら彼女が行方のわからなくなった儂を心配して気が気でない状態になっていると思うと本当にそんな事をしていいのかと思ってしまったのじゃ。それに……」
と、ここで和馬が一旦間をとる。
視線を下げ己の中に渦巻く思いを落ち着かせる和馬。
そうしてから彼は再び話の続きを始めたのだった。
「それに儂としても彼女と離れ離れになるという事がどうしても我慢できんかった。恥ずかしい話じゃが、彼女とは幼馴染の間柄での~。いつ好きになったのかも覚えておらんわい。で、高校二年の時にようやく告白をして付き合うようになって……」
いろいろあったな~。そんな独り言のような言葉が和馬の口から漏れる。
「笑ったり喧嘩したり、けれども、すぐに仲直りしたり。そんな日々じゃった。それは六年経っても変わっておらず、ここに来る直前もこんな人生が今後一生続くのだろうなと内心期待しておった。それが……それが、こんな事になるとは……の……」
話す言葉の最後の方。そこには悔しさが滲み出ていた。両手はそれを表わすかのように強く握りしめられている。
「そうして儂は必ず元の世界へ戻ることを誓い旅に出ることにした。何かヒントがあったわけではない。諦めなければ必ず願いは叶うと信じておったんじゃ」
乾いた笑いが和馬の口から発せられた。己の過去の言葉に対しての自嘲。ここにいるという事実が否が応にもその行動の行き着く果てを表している。
「その結果がこの有様じゃ。笑うがいい。どれだけ強く願ったところで現実は覆らんかった。結局、儂は会いたい人に会うことも叶わずにこの地で果てることとなったのじゃ」
それが元の世界に帰ることを強く願った男の結末だった。