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無限の世界  作者: 蒼風
一章「渡人」
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一章三話「命の抗い」(3)

 この世界では町が洞窟の中にあるため、朝日が町に射すことはない。

 代わりに、洞窟の天井にある明かりが太陽の代用となる。

 明かりは動くことはない。なので、その明るさで人々は一日の時間を把握していた。


 その明かりが灯り始める頃、刀弥は町の中を走っていた。

 走り始めたのは二〇ティム(一時間一五分)頃前からだ。


 昨日、心に留めていた修行の一環だ。

 刀を振れそうな場所がないため、今回はマラソンによる体力トレーニングを行っている。


 ただし、ただ延々と走り続けている訳ではない。

 時折、地を強く踏み込み急速に移動する動作を何度も繰り返して彼は走っていた。


 刀弥の家では『縮地』と呼ばれている技術で、自分の家に伝わる剣術の中では基本中の基本となる技術だ。



『我が身は野を駆ける風の如く』



 これは家に伝わる言葉で、風野流剣術の有り様を述べたものだ。


 高速移動とそれを利用した急加速と急停止による急接近、回避を重点に置いた戦い方。それが風野流の剣術だ。

 そのため、急速な移動を行う技術である縮地はこの剣術に置いて、なくてはならない大切な技術となる。

 その証拠に、縮地は疾風や一突といった技の中でも用いられている。


 それだけにこれが未熟だと、風野流剣術はその力を十分発揮できなくなってしまう。

 逆に言えば、縮地を鍛え伸ばすことは風野流剣術、すなわち刀弥自身の向上を意味するということになる。


 刀弥が縮地を行う際に意識するのは、踏み込む足の筋肉。

 ふともも、ふくらはぎ、足首など、それらを瞬間的に強く同時に動かすよう意識する。

 身を低くして体を前に倒すようにすれば、体が安定してさらに速度を出すことも可能だ。

 また、速度や距離こそ落ちるが、正面だけでなく左右や後ろへも使用することができる。


 最初の頃は中々大変だったが、今ではすっかり慣れて自由自在に使えるまでに上達している。


 そんな風に修行をしながら刀弥は町中を走りまわっていた。


 そうして一通り走りを終えると、彼は宿屋に戻ってくる。

 部屋へ戻るために入り口を開けたそのとき、聞き覚えのある叫び声が彼の耳に入ってきた。


 それは昨日の母親の声だ。

 声はどこか焦りを帯びていた。聞こえる方向からしてリューネの部屋からのようだ。


 そこまで考えたとき、刀弥の頭の中にある可能性が浮かびあがった。

 まさかと思い、急ぎ部屋に向かいノックもせずにドアを開ける。

 そこで彼が見たものは、激しい咳に苦しむリューネと彼女が寝るベッドに必死に呼びかける母親の姿だった。


「リューネ!! しっかりしてリューネ!!」


 母親は、何度も何度も揺すりながら娘の名前を叫ぶ。

 無我夢中なのか、揺すり方が激しくそれが逆にリューネの苦しみを強めているように見える。


「落ち着け!! そんなに強く揺すっても逆に彼女が苦しむだけだ」


 見かねた刀弥が駆け寄り母親の手をとって諭す。

 急いでたこともあって、つい地の口調が出てしまっていた。


 彼の指摘でようやく母親はそのことに気が付いたらしい。

 目を見開き、慌てて手を娘から話す。


 リューネは未だに咳を続けている。その強さは昨日、見たものよりもひどい様相だ。


「これまで、こんなに強い咳をしたことはあるんですか?」


 口調を改めて刀弥は母親に問い掛ける。


「いえ、始めてです」


 だからこそ、彼女はあんな反応をしたのだろう。


「ともかく、医者のところへ……」

「そ、そうですね」


 刀弥の提案に母親が頷くと、刀弥はベッドに近づきリューネを抱き上げる。

 そして、二人は医者のもとへと急いだのだった。



      ――――――――――――****―――――――――――



「……結論から申しますと、かなり危険な状態です」


 それがリューネを見た医者の言葉だった。


 彼らがいるのは小さな病室。

 宿屋の部屋とは違い、清潔感のある白い壁と床と天井。小さな窓には明るくなった町並みが見える。

 入口側の隅には机が、窓側の隅にはベッドがあり、ベッドには小さな患者が寝ていた。


 医者はその傍に立っており、それを眺める形で刀弥と母親が入り口前で並んでいる。

 医者のもとに連れてきた二人は、医者に言われるままリューネをそのベッドに寝かせた。

 その後、リューネが落ち着いたのを見計らって医者が診察を始め、今へと繋がっている。

 現在、リューネは静かに眠っており、その寝顔は先程まで苦しんでいたとはとても思えないほど安らぎに満ちたものだった。


「これまで、彼女の病気が進行しないように薬を飲ませてそれを抑えてきました。ですが、抑えるだけなので遅らせることはできても進行そのものを止めることはできません」


 医者は淡々と事実を告げていく。

 その平淡な口調に、思わず刀弥は苛立ちを感じてしまった。


「……つまりは死ぬまで時間がないということか?」


 もはや口ぶりを直す気も起きない。

 彼の問いに医者は首を縦に振る。


「……そ……んな……」


 その途端、母親が崩れ落ちた。

 無理もないだろう。大事な娘がそうしないうちに亡くなると聞いて、平静でいられるはずがない。

 悲しみの声を漏らし俯く母親。


 しばらくの間、刀弥はその様子を見ていた。

 そんなときだ。寝ているはずのリューネの声が彼らの耳に届いた。


「……ん……お……か……あさ……ん」

「リューネ!?」


 娘の声に急ぎ、彼女のもとに駆け寄る母親。


「……私……死ん……じゃう…………の?」

「そ、それは……」


 医者の話が聞こえたのだろうか。突然の問いに、母親は戸惑い返答に詰まってしまう。

 けれでも、その態度が何よりの証拠となってしまった。


「そうなんだ……」


 彼女の顔はどこか達観しており、まるで己の運命を受け入れたかのように見えた。

 だが、それは違った。その証拠に彼女の目にはうっすらと涙が浮かび上がっている。


「…………や」

「……リューネ?」


 弱々しい口から小さな言葉が溢れる。

 小さすぎたせいで何を言ったのか聞き取れず、母親が聞き返す。


「……死ぬなんて嫌。私……まだ……まだ何も叶えてないんだよ…………お外で遊んでもいない……お客さんたちから聞いた場所にも行っていない……まだ全然何も叶えていないのに死ぬなんて…………嫌だよ……」


 それは小さな子が、自分に訪れるであろう運命を拒絶する言葉だった。

 母親はそれを聞いて彼女の願いを叶えられない自分に涙し、医者もまた己の無力さに歯噛みしていた。


 そんな中、刀弥が口を開く。


「ところで、聞きたいことがあるんだが……」

「……なんでしょうか?」

「ロックスネークの目撃情報。どこかで巣を見たとという話を耳にしたんだが誰が言っていたかわからないのか?」


 その質問に医者は眉を寄せ、母親は顔を上げる。

 両方共、彼が何を意図しているのか、わかったからだ。


「病の原因である毒を取り除けば、少なくても今の病気は治って死に至ることはなくなる」

「た、確かにその通りです。ですが、問題はその素材となるロックスネークがとんでもなく……」

「御託はいい。俺が今知りたいのは、ロックスネークがどこにいるかだ」


 医者の言葉をピシャリと刀弥は遮る。

「……本気ですか?」


 それでも医者は何とか口を開き、そう訊ねてくる。

「本気だ」


 間髪入をれずに刀弥がそう返す。

 その言葉に迷いは不安はない。

 あるのはただ、ロックスネークを倒すという強い意志だけだ。


「…………」


 そんな刀弥を医者と母親はじっと見つめていた。

 まもなくして、医者は大きく息を吐くと机に向かいメモに何かを書き込んだ。

 そうしてメモに何かを書き終えると、彼はそれを持って刀弥のもとに近付いていく。


「ここにその情報を書いておきました。恐らく、ロックスネークはまだいるはずです」

「なんだ。知ってたんじゃないか」


 そのメモを受け取りながら刀弥は、皮肉げに言葉を返す。


「私は医者です。助かる可能性があるなら、私だって助けたいと思っています。この情報もそのために集めておきました」


 少なくても彼は、助かってほしいと願っている。

 そのために、できる限りのことはしていたのだろう。


「なら、今がそのときだな。それじゃあちょっと、素材集めに行ってくる」


 そうして彼は急いでその場を後にするのだった……



      ――――――――――――****―――――――――――



 刀弥は町の中を駆け抜ける。


 通りを歩く人々の姿はまばらだ。

 だが、それでも時折姿を見せ刀弥の障害となる。


 されど、彼が止まることはない。

 ステップと急加速、急停止を駆使して彼らの間を通り抜ける。

 人々は驚いて通り抜けていく正体を確かめようと、過ぎ去ったほうへと目を向ける。しかし、そこに彼の姿はない。


 やがて、彼の視界に宿屋が見えてきた。

 一瞬、頭の隅にリアのことが思い浮かぶ。


――あいつには一応、知らせておくか。


 余計なことをして時間をとらせてしまったことを悪いと思う一方、死にそうな子を見捨てることなどできないという思いもある。


 彼女ならわかってくれる。

 漠然とだが、そんな信頼があった。


 丁度そのとき、その彼女が宿屋から出てきた。

 目線がまっすぐこちらを向いていることから恐らく、こちらに気付いて出てきたのだろう


「刀弥!!」


 彼女がこちらの名前を呼んで近づいてくる。

 刀弥の側までやってきたリアは、そのまま彼の隣に並んで走りだした。


「悪い。リア、実は……」

「ロックスネークの巣に行くんでしょ?」


 刀弥が事情を話そうとした直前、リアがそう言って彼の言葉を止める。


「あの子が、お医者さんのところに運ばれたっていうのは聞いたし、刀弥ったら宿屋に戻るにしてはすごい勢いで走ってるんだもん。何となく何をしようとしているのかわかっちゃった。だから、私も行くよ」

「…………」


 想像以上の結果に刀弥は呆然としていたが、すぐにその顔が笑みとやる気に満ちたものに変わる。


「私だって、助けられるかもしれない子を見捨てることなんてできないもの」

「……そうだな」


 彼女も自分と同じ抱いているという事実に、自然と嬉しさが込み上げてくる。

 そうして二人はメモに書かれている場所を目指し町を出るのだった。

とりあえず、手持ちのストックは使いきりました。

後は新たに書くだけです。

時間は掛かるかもしれませんが、読んでくだされば幸いです。

皆さんが気に入ってくださるように頑張りますので、よろしくお願いします。

07/26

 できる限り同一表現の修正。

11/12

 瞬歩を縮地に変更

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ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
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