短章五~六「過ぎ去っていった時間の大切さ」(2)
「へえ、和馬さんって刀弥の同じ国の人なんですか」
椅子に座ったリアの驚きと興味を含んだ声が室内に響く。
そんな彼女の声を聞きながら久方ぶりに火のついたかまどの上に水の入った金属製の入れ物を置く刀弥。
彼が何をやっているのかというと自分とリア用のお茶を沸かしているのだ。
老人、桐原和馬の分はというと『儂は水で十分じゃ』と言われたので用意していない。実際、彼のベッドの傍の机には水の入った容器と水の入ったコップが置かれた。今はそれに加え刀弥達が持ってきた荷物の中身である調理済みの食事も置かれている。
そんな中で三人の会話は行われていた。
「そうじゃな。儂がここに来たのはだいぶ昔。向こうの時間で言えば一九四五年の一二月頃じゃ」
リアの質問に和馬は上機嫌に応じる。どうやら同郷の人間に出会えたことがかなり嬉しいらしい。
それは刀弥も同じである。
正直な話。同郷の人間がこの世界に来ているなんていう夢物語を刀弥は微塵も期待していなかったのだ。それだけにこの事実は彼にとってかなり嬉しいニュースである。
「なあ、刀弥と言ったか。儂らの世界は今、どんな状況なのか教えてくれんかの?」
「いいですよ」
和馬の問いに嬉しげに答える刀弥。その返事と同時にお茶が湧き上がった。
湧き上がったお茶を食器棚の中に収まっていた客人用のカップに入れる。そうしてから刀弥はカップをお盆に乗せ、それを持って二人のところへと戻ってきた。
「はい」
「ありがと」
リアの礼に緩めた表情で応えてから刀弥も椅子に座る。
そうして刀弥は和馬に現在の地球について説明を始めたのだった。
変化した文明、世界情勢、経済、思想。全てを把握しているわけでも詳細に知っているわけでもない。けれども、全てを語るにはとても時間が足りるとは思えない。
そのため、刀弥はできるだけ要点だけを話し和馬が尋ねてきた項目だけできるだけ詳しく説明していくというやり方をとった。
この説明に和馬は満足気な顔を見せる。
そうして、話が続きやがて時間が経ち夜が深くなる頃……
二人は和馬の勧めもあって、この小屋で夜を明かすこととなった――最もベッドは和馬が使っているものしかないので床で雑魚寝するしかないのだが――。
その際に和馬は刀弥に次のような頼みを告げる。
「……のお、急ぎの旅だそうじゃがちと頼みがあるんじゃ。儂は老い先が短い。恐らく数日も持たんじゃろう。それまで儂の話し相手になってくれんか?」
これに刀弥は少しばかり悩んだ。
彼の向かうのは切断された左腕を治すため。その解決はリアの負担を考えるとできるだけ早い方がいい。
しかし、だからといって期限が設定されているわけでもなかった。
リアの性格を考えても彼女は了承でするだろう。実際、彼女は構わないよという意味のこもった笑顔を刀弥に向けている。
で、あるならば答えは決まっていた。
「わかりました。マスターの方にも事情を話してついでに荷物も運ぶことにします」
和馬に向けて頬を緩ませて答える刀弥。
その返事に和馬は『そうか』と応え安堵のような笑みを浮かべたのだった。
――――――――――――****―――――――――――
そして翌日……
刀弥達は起床と同時に一旦、村へと戻ることにした。酒場のマスターに報告をするためだ。
酒場で刀弥達はしばらくの間和馬の話し相手になることをマスターに伝えると、マスターは一旦驚いた顔をした後、どこか安心したような表情を浮かべた。
「へ~。帰ってこなかったんでどうしたものかと思ったんだけど、そういう話になったのか」
うんうんと頷いた後マスターは和馬の小屋がある方へと視線を向ける。
「気難しい人だと思ってたんだが、気に入られたんなら何よりだな」
「マスターはいつぐらいから知り合いなんですか?」
マスターの台詞から感じられる付き合いの長さ。それを感じ取ったリアがマスターに尋ねる。
「一応、あの爺さんとは親父の代からの付き合いだな。あの人、元はなんか目的を持って旅をしていたみたいなんだが、この村に着いた時倒れて医者から不治の病って診断されてな。それ以来、あの場所に小屋を建てて暮らしてるんだよ」
「へ~。そうなんだ」
「暮らし始めた当初からイライラしていてな。時たま一人きりになると悔しそうな声で何かを嘆いてたり、誰かに対して謝りながら涙している時があるんだよ」
そのせいでほっとけなくてな、と頭かきながら目を刀弥達の方へと戻すマスター。
そんな彼の話に刀弥達はなるほどと頷いて応えた。
「……まあ、いろいろとうるさいけど根は悪い人じゃないみたいだからな。よろしく頼むわ」
「はい。わかってます」
穏やかそうな表情での返答。その応答にマスターは嬉しげに頬を緩ませる。
「っと、それじゃあ報酬だな。ちょっと待ってくれ」
そうして和馬に関しての話が一段落すると、続いてマスターは昨日のお使いの件へと話を切り替えた。
「ほらよ。昨日の報酬だ」
そう言ってテーブルに差し出された硬貨。額は昨日聞いた通りの額だ。
出された報酬を受け取り収める刀弥達。それが終わるとマスターが新たな話を始める。
「それじゃあ、今後の話なんだけどよ。しばらく爺さんのところへ通うなら荷物の方もしばらく頼んでいい? こっちもできるだけ隙ができたら行こうとはしてるんだけど、中々チャンスがなくてな~。やってくれたほうがこっちも助かるんだよ」
苦笑いしながら頼み込むマスター。
この依頼を刀弥達としても断る理由はない。すぐさま二人は首を縦に振り依頼を引き受けたのだった。
――――――――――――****―――――――――――
荷物は夕方にできるそうだ。どうやら一日分の食事を一度に運んでいるらしい。
とりあえず夕方に酒場に向かうという予定となり、ひとまず和馬の元へと戻ることにした二人。
その道すがら、ふとリアがこんな事を尋ねてきた。
「ねえ、刀弥は同郷の人と出会えて嬉しい?」
この問いに刀弥は即答で答える。
「ん? そりゃあ嬉しいさ。もう戻れないから、元の世界に関する事なんて後は忘れていくだけだと思っていたしな」
そうしてポケットを弄る刀弥。そこには少し前にスペーサーから取り出した携帯電話が入っていた。出した理由は和馬と出会い久しぶりに元の世界の物を見たくなったからだ。
そんな理由で出した携帯電話をポケットから引っ張りだした刀弥。それから彼はおもむろに携帯電話を触り始め久々にその感触を確かめる。
「リアみたいに興味を持った人に話すのとは違う。なにせ今まで出会った誰よりも俺の世界の事について知っているんだだからな。だからこそ、お互いが同じ感覚を得やすい」
既に電源は切れており最早、その画面に色が灯る事はない。恐らくこの事実はこれからも変わらないだろう。
「やっぱり、その辺が大きな違いだな」
「……ふ~ん。そうなんだ……」
嬉しさが漏れている刀弥の言葉にリアはというとブスッとした表情でそれに相槌を返した。
そんな彼女の変化に気付かないまま刀弥は話を続ける。
「リアだって、自分の感覚が通じる相手だといろいろと話しやすくて共感しやすいだろう? それと同じだ」
「……まあ、そうだね」
視線を逸らしながらも渋々同意するリア。
「まあ、そういう事だな」
その返事を持って刀弥としては話を終えたつもりだった。
けれども、そんな話を聞いたリアとしてはこれだけは確かめたかったのだろう。
どこか拗ねたような声色で次のような問いかけを投げ掛けてきた。
「……それじゃあ、本音としては同郷の人と一緒に旅したかったって事?」
極端とも思える考えが入った問い。問いを放った本人は答えを受け取るためにじっと刀弥を見つめている。
怒気と不安が混じった視線。そんな視線を受け止めながら刀弥はすぐさま次のような答えを返した。
「いいや、それとこれとは話が別だな」
「え!?」
考える素振りも未練らしい声色もない即答。この返事にリアは驚き固まってしまう。
「確かに感覚が通じる相手だとやりやすいさ。でもだからって感覚が通じない相手が駄目って訳じゃない。違いがあるからこそ互いに新しい見識が得られるわけだし、そうやっていろんな物を得ていけばいつかはその人とも感覚が通じ合う相手になる。実際、俺達がそうだろう?」
「……え? あ、うん」
自分達が例に出されるとは思っていなかったのだろう。リアは少し戸惑った様子で応じた。
「違う所は相手に合わせるのもありだし、自分の感覚のまま相手はそういう感覚なんだと受け入れるのもありだ。別に共通の感覚ってのは一緒じゃなきゃいけないっていう訳でもないしな」
言葉を紡ぎながら刀弥は頭の中に浮かんでくる内容を急いでまとめていく。
話しながら思いついた内容を整理していくのは大変だが、言葉を間違えてしまうと本当に言いたいことが伝わらない。
心の中で焦りながらも、刀弥はそのまま話を続けていく。
「とにかく、どんな相手とだってその気さえあれば通じ合えるって事だ。だから、そんな事気にしなくていいって言いたかったんだ」
「あ……」
その言葉で刀弥が自身を気に掛けていた事に気が付くリア。
「ほら、急ぐぞ。話し込んでいたらいつの間にか遅くなっているしな」
そう言うと刀弥は足早に先へと急ぎ始める。赤くなった顔を隠すためだ。
顔全体が熱を帯びたように熱い。さっきの台詞。自分でもなんというか決めてしまったような感はあった。けれども、ああ言わないとリアが今後その事を引きずりそうな気がしたのだ。だから行った事自体に後悔はない。
とはいえ、恥ずかしいことは恥ずかしい。できれば今だけは顔を見られたくはない。
「あ、待ってよ~」
ようやく刀弥に追いつこうとリアが走り始める。けれど、今はまだ顔を覗かれたくはない。
追いつかれないようにさらに速度を上げる刀弥。
結局、リアが追いついたのは彼の熱が冷めてからの事だった。