短章五~六「過ぎ去っていった時間の大切さ」(1)
ということで、今回は短章です。
どうぞお楽しみください。
刀弥とリアの二人がその頼み事をされたのはある村の酒場で雑談をしていた時だった。
夕食を食べながら残り少ない路銀について相談していると、その話を偶然聞いていたマスターが次のような事を言って頼んできたのだ。
「ん? お金が必要なの? じゃあさ、ちょっとお使い頼んでいいかな? ちょっと、今手が離せなくて荷物を届けにいけないんだ」
提示された金額は中々の額。目的地が遠く険しい道である事が難点だが、そこ旅慣れている二人。特に問題となることはなかった。
そうして二人は手渡された荷物――中身は食料や消耗品――を持って目的地へと向かっている最中である。
「それにしてもこんなところになんで住んでいるんだろうね?」
「理由は人それぞれだしな~。わかるわけがない」
辺りを見回しながら漏れる疑問。
そんなリアの疑問に刀弥はわからないという簡潔な答えを返した。
二人が現在いるのは山道である。周囲は木々の生い茂った森で、その中を緩い斜面となった道が蛇行しながら山の上を目指して伸びていた。
既に空は日が落ちており、昼であるなら緑に満ちた森も今や不気味な様相を醸し出している。
そんな道を二人は雑談しながらゆったりと登っていた。
「確か、かなり高齢の御老人って言っていたな。なら、静かな場所で最後を迎えたいとかじゃないのか?」
「え? 普通はいろんな人に囲まれて最後を迎えたいって思うんじゃない? 御祖父様はそうだったし……」
「さっきも言っただろ。人それぞれだって……騒がしかったり、人を煩わしいと思う人だっているだろし」
リアのお祖父さんは人好きだったのだろう。けれども、だからといってこれから向かう人がその人と同じとは限らない。
そう思っての注意。これにリアはあ、そっかと言って頷いた。
と、森の中から獣が声が響いていくる。
威嚇するような獰猛な鳴き声。けれども、位置が遠いこともあって二人は警戒することはなかった。しかし、その代わりにリアが刀弥の左腕へと視線を向ける。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
溢れる不安そうな声。その理由が能力を不安視しているからではなく、刀弥の身を案じているからというのはこれまでの付き合いで既にわかっている。
「もうこの状態にも慣れたって言っただろ? あった時と同じまでとは言わないが、それでも普通の獣程度なら問題ないさ」
そんな彼女を安心する意味もあってすぐさま刀弥は彼女の問いに応じた。
いつも通りのけれども、柔らかくはっきりした声。その声がリアの中から不安を取り除いていく。
「大体、一人じゃないんだ。危なかったら助けてくれるんだろ?」
「……そうだね」
そしてこれが不安を完全に払拭するトドメだった。不安が完全に消えたリアは今やいつも通りの笑顔を見せていた。
そんな会話をしている内に二人の視界に建物が姿を現す。
建物は木造の一軒家。大きさから見て一部屋程度の小さな小屋だった。
丸太の壁をくり抜いて作られた窓からは明かりが漏れており、煙突からは煙が出ている。
すぐさま地図を取り出す刀弥。確認してみるとどうやらあの小屋が目的地で間違いないようだった。
早速二人は急ぎ足でその小屋へと向かう。
そうしてドアの前に辿り着くと早速刀弥はそのドアをノックし自分達の訪問を小屋の住人に知らせたのだった。
「…………いつもの場所に置いてくれりゃあいい」
しばらくして返事が返ってくる。だが、その口調はどこか投げやりだ。
苛立ちは混じっていたがほそぼそとした枯れた声に聞き取りづらい小声。それらの情報から声の主が老人なのはまず間違いないだろう。けれども、何故苛立っているのかまでは刀弥達にもわからない。
「遅れたことを怒っているのかな?」
マスターは忙しくて届けられないと言っていた。ならば、予定より遅れている可能性は十分高いだろう。
しかし、こんなへんぴな場所で過ごしているのだ。で、ある以上、多少の遅れは許すべきだろうと刀弥は刀弥は思ってしまう。
「だとしたら、ここに暮らしているのは自己中心的な理由からだろうな」
自然と漏れてしまうそんな感想。そんな刀弥の感想にリアは苦笑しつつまあまあと彼の気をなだめようとした。
「……なんじゃ? どうかしんかい?」
いつまで経っても入ってこないことを不審に思ったのだろう。再びドアの向こうから老人が声を掛けてきた。
その声に刀弥はふと妙な感覚を得てしまう。
「どうかしたの?」
「いや、何か妙っていうのか……今の声、なんかおかしいんだよな」
具体的に何がおかしかったのかまではわからない。けれども、その声を聞いていると何故か懐かしさを感じてしまうのだ。
一体、自分はこの声に何を懐かしがっているのだろうか。
湧いていくるそんな自問。当然、答えなど出てくるわけがない。
「ともかく返事を返そう。このまま黙ってたら向こうの不審がさらに深くなるだけだ」
だが、それよりもおつかいを済ませる方が先である。
相手はこの荷物を待っているのだ。こちらの都合でそれを遅らせるわけにはいかない。
「そうだね」
刀弥の意見にリアも同意。そうして刀弥はドアの向こうにいる住人に向かって声を掛けるのであった。
「すいません。俺達は村のマスターに頼まれて荷物を持ってきた者です」
告げた言葉は簡素なもの。にも関わらず相手から中々返事が返ってこなかった。
「どうしたんだ?」
「さあ?」
返事が返ってこない理由がわからず戸惑う刀弥とリア。
とりあえず聞き逃した可能性もあるため、もう一度呼びかけてみることにする。
「すいません。俺達は村のマスターに頼まれて荷物を持ってきた者です。大丈夫ですか?」
すると、今度は返事があった。
「おお。まさか……」
けれども、その内容は返事と言うよりも何かに対して感動したという反応だった。
「一体、どうしちゃったんだろう?」
最早、何が何だかわからないリアは首を傾げるしかない。
しかし、刀弥はというとようやく自分が何を懐かしがっていたのかそれを理解したところだった。
とても単純な理由である。あろうことか、老人が喋っている言語が日本語だったからだ。
「すまんが儂は動けん。ドアを開けて中に入ってくれんか」
乞うような老人の求め。この唐突な態度の豹変にリアは驚くしかない。
だが、刀弥の方はそんな豹変を気にすることなくドアノブに手を掛けるとそのままドアを開け小屋の中へと入ってしまった。それを見て慌ててリアも続く。
小屋の中は外から想像したとおり狭い一部屋の内装だった。
丸太の天井や床、そして壁。そんな部屋の中にキッチンやベッド、机が置かれている。
特に机や棚といった大半の家具がベッド周りに集中しており、おかげで刀弥は老人の生活形態がベッド中心の生活であるということがすぐにわかった。
そのベッドには今、一人の老人が横たわっている。
白髪の髪に乾いた色白の肌。寝間着から出ている腕は力を入れてしまえば折れてしまうのではないかと思ってしまうほど細く、この様子では足の方も立てるのかどうかも怪しい。
まぶたは力なくその目は細められているが、それでもその中の眼だけはしっかりと刀弥の方へと向けられていた。
「おお、その顔立ち……間違いない」
こみ上げてくる嬉しさの瞳と同時に呟かれる三度目の言葉。その言葉で今度こそ刀弥は確信する。
間違いなく目の前の老人は刀弥と同じ世界の人間だった。