五章三話「襲い来る者達」(13)
「イスターシャ?」
たった今耳に入った世界名に思わず聞き返すルード。
「ええ、その通りです」
すると、その疑問にレビルはゆっくりと頷きを返した。
「ここでの目的はほぼ達成しました。後は周辺諸国や抵抗勢力と遊ぶだけです。ですので、ルードさんにはイスターシャに行ってもらいたいと思います」
その言葉にルードは少し思考する。
確かにレグイレムはここでの目的を達した。
このベルゼクト王国を掌握し、それを用いて兵器の試験を行うことが可能になったのだ。
そしてそれは既に実行に移されている。試験は順調。大きなトラブルもないという話も耳にしている
となると、最早ここにルードが興味を持てそうな事は何もないと言っていい。
そういう風に考えると確かにレビルの言う通りその世界に行った方が面白そうなものが見れると思った。
「……確かあそこって凶暴な獣がごまんといる世界だったよね?」
自分の知っている情報を思い出すをしながらレビルに問い掛けるルード。
「ええ、その激しい戦闘故に医療技術も発展した世界です」
その問い掛けにレビルはニッコリと笑みを浮かべながら答えた。
そんな彼の反応に目を細めながらルードは新たな問いを返す。
「そんな世界で何をするの?」
好奇心と純粋さの混じった声色。
そのルードの疑問にレビルは意地悪そうに頬を緩まると次のように応じたのだった。
「まあ、少々試験体の確保と実験を……」
――――――――――――****―――――――――――
「本当にありがとうございました」
そう言うとネレスと彼女の背後に立つ保護者が頭を下げる。
そんな彼らの礼に刀弥とリアは互いに見合わせてから苦笑を返したのだった。
「いや、ネレス。もうお礼は昨日ので十分だから」
手を振ってそう返すリアだが、そんな彼女の言葉に反論するようにネレスの保護者が口を開く。
「いえいえ、この娘が無事にここまで帰ってこられたのは間違いなくあなた達のおかげです。正直に言いまして夕食や礼だけでは足りないくらいだと思っています」
「……ええと、そうなんですか」
この返答にリアもさすがに困ってしまったようだ。助けを求めるように刀弥に視線を向けるがいい返事を思いつけなかった彼は気付かなかった振りをして巻き込まれるのを防ぐので精一杯。
そんな彼の態度にリアは内心で膨れっ面になるが、そこへ何も気づかないネレスの保護者が新たな言葉を紡ぐ。
「どうかもう一晩お休みになりませんか? 明日には行商もやってきますので、そうすれば私が彼らの馬車に乗せてもらえるよう交渉しますので」
言葉の最中チラリと何もない刀弥の左手に向けられる視線。それで二人は身を案じられていることに気が付いた。
そこで今度は刀弥が口を開く。
「お気遣いはありがたいと思います。けれども、大丈夫です。旅慣れてますので」
「そうですか……」
それでネレスの保護者は沈黙した。
これをいいタイミングだと見て二人は別れを切り出す。
「では、自分達はこれで……」
「どうかご無事で」
「機会があればまたいらしてください」
再び深々とお辞儀をするネレスと彼女の保護者。
それに手を振って応えながら刀弥とリアの二人は歩き出したのだった。
――――――――――――****―――――――――――
二人がネレスの村に辿り着いたのは昨日の夕方だった。彼女が言ったとおり掛かった日数は二日程である。
村に辿り着くと早速彼女の家へと向かった三人。そうしてネレスは久方ぶりに彼女の保護者と再会したのだった。
彼女から事情を聞いてネレスの保護者は早速礼を言い二人を夕食に勧誘。これに二人は事前にネレスから散々誘われていた事もあり諦めたように了承したのだった。
そうして夕食を共にし一晩を過ごした翌日。二人は村を後にして現在に至る。
「それでネレスが言っていた隣世界の名前ってなんだっけ?」
「イスターシャのこと?」
思い出そうと頭をひねる刀弥にリアが答えを返す。その答えでようやく刀弥は思い出そうとした世界の名前を思い出した。
「ああ、そうだったな」
「もう、しっかりしてよね」
呆れたような笑みを見せながら肩をすくめるリア。そんな彼女に悪いと刀弥は謝るのだった。
「……それにしても大変だったね」
「そうだな」
アイゼイルでの出来事はそれ程長いという訳ではないが、それでもかなり印象深い。なにせ刀弥にしてみれば始めて知り合いがなくなった出来事であるからだ。
ネレスの兄であるオスワルドとはそれ程深く話した訳ではないが、妹を思い自分の育った世界を思っていた事はすぐにわかった。
――死ぬ直前……彼は何を思ったのだろうか。
ふと、そんな浮かぶそんな疑問。
ネレスの事、世界の事、あるいは悔いや後悔。いろんな候補が頭の中に浮かぶが、結局刀弥はその思考を破棄する。
想像して何になるのだ。正解がわかるわけではないし、当人でない以上その思いの価値もわからない。要はただ自分が彼をわかった気になりたいだけなのだとそう思ったからだ。
そんな事よりもと刀弥は己の左腕に目を向ける。
あるべきものがない左腕。こうなったのは己が未熟だったせいだ。
フェイントと見抜けなかった故の致命。もしリアがいなかったら間違いなくトドメを刺されていたはずだ。
向こうだって人間である。分析、予想といった手など当然用いてくる。にも関わらずその可能性を考慮していなかった。その結果がこの姿だ。
身体能力や技量といった目に見える情報ばかりに捕らわれていてはいけない。相手の感情や思考、性格といった見えない部分の情報もしっかりと把握しないと駄目なのだ。
目に見える情報だけに捕らわれていると策によって一瞬を狙われ逆に見えない情報に捕らわれると能力と技術によって押し切られる。
どちらが大切なのかという話なのではない。どちらも大切だという話なのだ。
そんな話を刀弥は小さな時、父親から教わった。
大人という力で押され、長命の知恵によって翻弄されたり……。
そうして疲れ果てた後にその話を聞かされたことを刀弥は覚えている。実際にやられてた後なので否が応にも納得するしかない。
懐かしい話だなと内心で苦笑してしまう刀弥。
「? どうしたの?」
そこへリアが声を掛けてきた。どうやら隠していたつもりが表情に出ていたらしい。
「いや、これの間どうするかなって」
そう言ってこれである何もない左腕を見せつける。
「ああ、そうだね。どうしよっか」
それでリアも納得してくれたのか、そう言った後少しばかり考え込み始めた。
刀弥自身、一応右手一本で刀を振るうことはできる。けれども、それは一応であって本来の戦闘スタイルではない。
刀弥の本来の戦闘スタイルは両手持ちを基本としている。いくつか剣技は片手で用いるがそれでも基本両手で扱うことを主としている以上、片手では剣術の力を発揮し切ることは出来ない。
「まあ、片手を失っているんだから不利になるのは当然か」
誰に言うでもなく一人呟く刀弥。
片手のメリットはもう片方の腕が使えることだが、そもそもその腕を失っている刀弥にはそのメリットは意味を成さずそうなるとデメリットしか残されない。
と、なると弱体化はある程度甘受しつつその弱体をどの程度に抑えるかが問題だ。
両手で発揮できていた力を何で埋めるか。別の力かはたまた技で抜くか。なかなかに難しい所ではある。
「ほら、考え事ばかりしていると石に蹴躓くよ」
と、そんな考えを巡らしていると、いきなりリアが声を掛けてきた。その声で刀弥は意識を思考から現実へと戻す。
「そんなミスするかよ」
「本当かな~? 今はバランスに慣れてないんだからありえるかもしれないよ~」
からかうようにニンマリと笑うリアだが、刀弥はそれをないとばかりに無視で返答。そのまま歩くスピードを早めた。
「あ」
すかさずリアもペースを早めるが、既に刀弥はさらに速度を上げ距離を離しに掛かっている。結果、二人の距離は少しばかり開きができてしまっていた。
「ああ~!? もう!!」
悔しがるリアの声。そんな声に刀弥は若干の満足を得ながら空を見上げる。
空には鳥が二羽飛んでいた。
夫婦なのか仲間なのかはわからない。けれども、あの鳥にもいずれは別れはやってくるのだろうなとそんな考えが刀弥の頭の中に浮かんでいた。
寿命か事故かあるいは捕食かはわからない。だが、いずれにしても何らかの形は必ず訪れるのだ。
今回の別れを刀弥は得た。その時に得た感情は悔しさ……
強欲にも助けられる力があればと思ってしまった。だが、その時刀弥にそんな力はない。それが現実だ。
現実は常に突然訪れる。前振りも予告もない。だからこそ、備えはいつ来てもいいように早め早めに用意しなければならない。
今よりももっと強く……
自然と拳を握りしめていた。
そんなところへリアが追いつく。
もう振り返ることはなかった。今はただ先のために前を向いていればいい。
道を歩く二つの影。
そうして二人は旅を続けるのであった。
三話終了
五章終了
これで五章は終了となります。
ありがとうございました。