五章三話「襲い来る者達」(12)
その後、刀弥達はグレリムの案内でとある隠れ家に避難。そこで数日ばかり過ごすことになったのだった。
その間に村で足止めに徹していた革命軍のメンバーが帰還。彼らの口から村で何が起こったのか鮮明に説明されたのだった。当然、オスワルドの死についても……
「……そんな……」
最初、その報告を聞いてネレスはガクリと膝を付き俯いてしまった。当然、彼女にしてみればショックなことだろう。そんな彼女の内心がわかるだけに刀弥もリアも掛ける言葉が思いつかない。
一方、説明の中には相手がレグイレムだったという事も報告された――最も、正体がわかったのは革命軍のメンバーが相手の所持品を物色したためであり、現状彼らはまだ国が乗っ取られている事を知らない――。
「そうか。何かあるのではと思っていたが……」
彼らの話を聞き沈痛な表情を浮かべるグレリム。組織を維持するためとはいえ革命軍をここまで追い詰めた組織の支援を受けていたことに責任を感じているらしい。
「ともあれこれからの事を考えていかねばならない。さしあたっては村人や彼らをどうするかだ」
そう言って刀弥達やその奥にいる村人達へ視線を送るグレリム。
その言葉に刀弥はリアへと視線を交わす。つまるところ、ここが分岐点という訳だ。
恐らく別れた後も革命軍は活動を続けるのだろう。レグイレムが敵に回ったことで支援の量は減っただろうが、その理由だけで諦めるほど革命軍の覚悟も甘くないはずだ。
一方、刀弥達はというとこれ以上革命軍に付き合う理由はなかった。レグイレムについては怒りもあるが、だからといって革命軍に入る程ではない。やはりというべきか、それよりも世界を巡ってみたいと思いのほうが強いのだ。
さらに理由をあげるならばネレスを住んでいる場所まで送り届ける者も必要である。
そういった理由で二人はここが別れ時だと判断した。
「グレリムさん。とりあえず俺達は別行動でネレスを送り届けようかと思うんですけど……」
刀弥の提案にグレリムはしばしの間思考。やがて、思考をやめると軽く首を縦に振った。
「それがいいかもしれないな。むしろ、我々と一緒に行動するほうが危険かもしれん」
大集団での行動は安全な反面、移動速度が遅くなりやすい。加えて数が多いので否が応にも目立ってしまうという欠点もあった。それはつまりレグイレムに見つかりやすいという事だ。
その点、刀弥、リア、ネレスの三人なら見つかる確率は低い。刀弥の負傷もあり、戦闘はできるだけ避けたい以上、その方針のほうがいいだろうとグレリムは考えたのだ。
「左腕はどうする?」
「治せる場所は聞きましたけど、かなり遠いみたいで。とりあえず距離的にネレスを送るほうを優先しようかと思ってます」
現在、刀弥の左腕は本格的な保存処置を魔術で施している。リアの話だとかなりの期間状態を維持できるそうだ。
治せる場所に関してはネレスから聞いた。それによるとネレスの世界の隣世界がそういった医療に関してかなり秀でているそうだ。そういった世界ならばまず間違いなく治せるだろう。
「大丈夫なのか?」
「不安はありますけど、どうしようもない以上今の状態でやっていくしかでしよう。 まあ、どうにかします」
「そうか」
それでグレリムは納得した様子を見せた。それを見て刀弥はリアの方へと視線を移す。
リアはと言うとようやく落ち着いたネレスに慰めの言葉を掛けていた。そんな二人の元へ刀弥は近づいていく。
「どうだ? リア」
「うん。もう大丈夫かな」
刀弥の問い掛けに振り向き答えるリア。
「すみません。ご迷惑をお掛けしました」
さらにはネレスも顔を上げた。
「それじゃあ、そろそろ行くか。長居してても仕方ないしな」
「そうだね」
「はい」
そう言って刀弥の方へと向き直るリアと立ち上がるネレス。
「では、グレリムさん。俺達はこれで」
「ああ、元気でな。それとネレス」
オスワルドは刀弥達の別れの挨拶にそう応えると最後にネレスに向かって次のような内容を口にした。
「……いえ、兄も自ら望んで飛び込んだことですので、覚悟はしていたはずです」
これにネレスは気丈に振舞って答えるが、実際の所その声は僅かに震えていた。どうやらなんとか死を受け止めることはできたがまだ心乱さずにはいられないといった状態のようだ。
そんな彼女を見て刀弥は場の雰囲気を変えるために出発を切り出す事にした。
「じゃあ、行こう」
そう言って刀弥が歩き出すとそれを見てリアとネレスも後を追いかけ始めた。
そんな彼らをグレリムを始めとした革命軍のメンバー達が見送る。
途中、三人は一旦振り返り会釈。そうして再び前へと視線を戻すと今度こそ振り返ることなくそのまま地平線の向こうへと姿を消したのであった。
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「おい、ベルゼクト王国の噂。聞いたか?」
「あ? ああ、王国が抵抗勢力の殲滅を本格的に始めたっていう噂のことか」
「見慣れない兵士とか連れて村、鉱山関係なく襲撃掛けてるんだっけか。そのせいで村人は巻き添えっていう話だそうだな」
「おかげで抵抗勢力が隠れている噂が立っただけで旅人とかが寄り付かなくなる始末だそうだ」
「おっかないね~」
隣の席でそんな会話が聞こえてくる。
静かに夕食を食べていた刀弥達は勝手に入ってくる隣の席の会話に少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。
「……ここのところあの辺り、あまりいい噂を聞かないね」
「そうだな」
耳に入ってくるのは抵抗勢力の殲滅やら、やれ隣国に戦争を仕掛けたといった血なまぐさい噂ばかりだ。その変化に多くの人々が驚いているのを刀弥達は道中何度も耳にしている。
「グレリムさん達は大丈夫でしょうか?」
「まあ、度々抵抗勢力の殲滅の話がでている以上、革命軍は一応生き残ってるみたいだな」
それがグレリムや知り合った人達の無事に繋がるわけではないのだが、そのような事まで口にするつもりは刀弥にはない。
「それよりもネレスの村まで後どのくらいなんだ?」
そうして刀弥は話題を変える意味もあってネレスに村までの日数を尋ねる事にした。
「あ、そうですね……ここまで来れば後二日程でしょうか」
「もうすぐだね」
現在、刀弥達はネレスの今の住居がある世界『フォレスタ』までやってきている。
この世界はアイゼイルとは違い木々や草原といった緑が豊かに生い茂る世界だった。アイゼイルの荒廃したような光景に見慣れてしまった刀弥達からすればなんとものどかな雰囲気の世界だと思ってしまう。
「……それにしても本当にのんびりできる場所だよね~」
「そうだな」
既にここに来て七日程の日数が経過していた。おかげでこの世界の様相にも慣れむしろその雰囲気に気持ちも染まりつつあった。
とにかくゆったりとした雰囲気の世界なのだ。文明のレベルが高くないせいで不便なことは多いが、その変わりに人工物が見えずおかげで人工物が放つ特有の圧迫感を全く感じることがない。
加えて自然豊かなためついつい刀弥達は気を抜いた気分でこれまで旅路を歩んできてしまったのだった。
「はあ、い~や~さ~れ~る~」
「そう言っていただけると私としても嬉しい限りです」
テーブルの上に上半身を乗せて表情を緩ませるリア。
そんな彼女の感想にネレスは苦笑と嬉しさの混じった顔を見せたのだった。
「ネレスが住んでるところってどういうところなの?」
「あまり他と変わりありませんよ。自然が多く空気も澄んでいて水も美味しくて……そんな感じです」
少し恥ずかしいのか頬を赤くしながらリアの問いに答えるネレス。
そんな二人のやり取りを刀弥は眺めながら食事に手を付ける。
「建物はほとんど木造?」
「そうですね。たまに石を敷き詰めたりするところもあるみたいですけど、かなり珍しいです」
そうしてリアとネレスはこの世界の話題で花を咲かせていった。
明るい表情でこの世界の説明をするネレス。その面持ちには最早暗い影は一筋も見えない。
もう大丈夫なようだ。ネレスを見て胸を撫で下ろす刀弥。その内心は安堵に満ちていた。
この世界に来るまでは作り笑いを浮かべたりぼうっとしている事も多かったのだが、フォレスタにやってきてからは調子を取り戻し今では以前と変わりない応答をするまでになっている。
無論、消え去ることなどできない事なので完全に元通りにはならないだろう。けれども、それでいいんじゃないかと刀弥は考えていた。
塞ぎ込み暗い一生を過ごすというのも嫌な話だが、完全になかった事にしてしまうのもおかしい。それではまるでオスワルドという存在はなかった事にできるほど簡易な関係だったという事になってしまう。
だからこそ、死という事実に彼女が影響を受けるのは当然の事なのだ。問題はその事実が彼女にどういう影響を与えるかだ。
自分のせいだと攻める。兄の分までしっかりと生きようと思う。良し悪し関係なく事実は彼女の心を変化させる。
できればいい方向に言って欲しいが今が悪い方向にいったとしても実際の所問題ない。
何故なら、その悪い方向さえ未来にある別の事実によっていい方向に変わるかもしれないからだ。
事実から影響を受け心は変化し、それが繰り返される。
これが成長という奴なのだろうか。ふと、そんな疑問が刀弥の頭の中に浮かんだ。
だとしたら、自分やリアもそういう事を繰り返している事になる。
その事になんとも言えない不思議な気持ちになる刀弥。
やがて、三人は夕食を終えた。
それぞれが部屋に――と言ってもリアとネレスは同室だが――戻りベッドに横になる。
木々の香りと静寂。そのゆったりと落ち着いた雰囲気にこの世界の闇は優しいものなのだと思えてしまう。
眠りはすぐに来た。三人は明日に備えて眠りへと落ちる。
あとに残ったのは静かになった世界。
そんな世界を金色の二つ月が見下ろすのだった。