五章三話「襲い来る者達」(7)
光線が崩れた建物が生み出した砂煙の向こうから飛んでくる。
右耳をかするように通り過ぎたそれをオスワルドは気にしない。気を取られて足を取られるのを避けたかったためだ。
そうして彼はレーザーが飛んできた方向に向かって風銃の銃口を向けるとその引き金を引いた。
放たれる風弾。それはオスワルドの意図通りの方向へと飛んでいき砂煙の中へと消えていく。
着弾音はしなかった。それでオスワルドは攻撃が外れたことを悟る。
と、今度は向こうからの反撃が来た。射撃位置を見極めその上で移動位置を読んだ射撃。けれども、僅かに誤差があったおかげでオスワルドに当たることはなかった。
その間にも砂煙は晴れていく。クリアになっていく視界。その前にオスワルドは手近の建物へと身を隠す。
「案外持ちこたえるね~」
「貴様が遊んでいるからだろう。舐めてくれる」
からかうガーブラに苛立ったような声で応えるオスワルド。すると、その反応にが~ブラは上機嫌になる。
「ははは、辛そうだね。大人しくやられてくれるなら苦しませない事は保証するよ」
「舐めるなといったはずだ!!」
言い終えると同時に発砲。攻撃方向は声が聞こえる方向である。
「ははは、ざ~んねん。ハズレ~。これは罰ゲームさ~」
直後、相手の反撃が飛んできた。反撃のレーザーは建物に当たって消え去る。
「……全く調子に乗らせても中々隙を作らないとは」
誰に言うでもなく一人呟くオスワルド。
先程までのやり取り。それはオスワルドの芝居だった。ガーブラを調子に乗らせて隙を作る。そのためにあのような言動をしたのだ。
けれども、ガープは調子にのれど決定的な隙だけは決して見せることはなかった。その点に関してだけはオスワルドも感心するしかない。
とはいえ、その隙を晒さなければオスワルドに勝機はない。
どうすればいいだろうか。一瞬、思索に集中してしまうオスワルド。だが、そのせいで彼はガーブラを見失ってしまう。
「へい。考え事か~い?」
気付いた時には背後から声が聞こえてきた。直感に任せてオスワルドは身を伏せる。
その判断は確かだった。直後、彼の頭があった場所を光が一筋通り抜けていった。急ぎ彼は別の建物の影へと駆け込む。
あえて、声を掛けてから引き金を引いたことからまだ遊ぶつもりらしい。開始してから結構な時間が経過している。普通の人ならそろそろ忍耐が限界が来てむきになってきてもおかしくない時期なのだが、どうやら自身の楽しみならどれだけ長くても遊び続けられるようだ。
呆れ半分安堵半分のオスワルド。けれども、少しの間考えこむ――無論、今度は見失うほど没頭しない――と意を決したような表情を浮かべ、唐突の物陰から飛び出した。
飛び出すと同時に彼は風銃を連射する。しかし、目標はガーブラではない。彼の目標は戦闘によって今にも崩れそうになっていた建物の柱だった。
いくつもの弾を受けた柱はやがてその圧力に耐え切れなくなり、ついには崩れてしまう。
支えるものを失った建物は当然、崩壊。瓦礫と砂埃を撒き散らし跡形もなく崩れ去っていった。
建物が崩れ去る直前、ガーブラが光線を一発放ってくる。が、オスワルドはそれをスライディングで体を低くすることで潜り抜ける。
直後、砂埃が両者の間へと入り込んだ。そのまま砂煙は舞い上がり二人の姿を隠してしまう。
視界のきかない状況。その中でオスワルドは動きまわる。
ここはオスワルドにとって馴染みある村。土地勘は十分にある。故に彼は自分がどこにいてどこに何が存在するのか見えずともすぐに把握することができた。
敵の位置は大体の予想がついている。最後に見た時、ガーブラは建物の傍にいた。恐らくその上に登っているはずだ。そこにいればそうそう見つからない上、全体が見渡せる。これほど絶好の場所はない。
そこで彼はその建物の一番高い場所に向かって風銃を連続で撃ち放った。
風弾が音を立てて砂煙の向こうへと消えていく。
すると少しばかりして、何かが屋根を蹴る音が返ってきた。どうやら当たりだったらしい。
それを確認してオスワルドは移動を開始する。
地理に疎いガーブラが適当な方向へ回避する事はないだろう。避ける方向を間違えればバランスを崩したり何かにぶつかったりなどの致命的な事態が起こる可能性があるからだ。
ならば、彼が避ける方向は当然、登ってきた方向。即ち砂埃が両者を隠した時にいた辺りだ。
足音を忍ばせそこへと向かうオスワルド。
そうして路地を抜けその場所へと躍り出た。すぐさま彼はその辺り一帯に風弾をばら撒く。
響き渡る炸裂音。その中に足音があるのを聞きつけその方向へ追加の風弾を見舞うオスワルド。
当然の如く、再び避ける足音が聞こえてきた。それと同時に光線が飛んでくる。
相手はオスワルドの正確な位置を掴んでいないらしい。光線とオスワルドとの距離はかなり離れていた。
それを確認して彼は即座に反撃の連射を放つ。狙う位置は光線が飛んできた方向。避けた足音から考えても相手はそこにいるはずだ。
三度目の回避の音が返ってきた。それを確認したオスワルドはなんとその場所へと駆け寄っていく。
今までのやり取りは足音と移動距離を確認するためのものだ。本命は移動先に近づいてのゼロ距離射撃。
さすがにそれだけ近づけば避けられない上に相手が反応するよりも早く引き金を引けばレーザーの反撃もこない。それを見越した上での手段だ。
そうして足音が聞こえてきた場所までもうすぐというところまで近づいてきた。
自然と緊張が高まり銃を握る手にも力が入る。それでも位置を知られないように足音には細心の注意を払う。
そして、目標地点にやってきた。しかし、そこにはガーブラはどこにもなかった。
「いない!?」
慌ててオスワルドは辺りを見回すが、周囲の砂埃にはそれらしい影もない。
オスワルドが立っている場所は広い道のど真ん中。ここから付近の建物に音も立てずに登るなど――
「――ひゃは、お疲れ様さ~」
瞬間、声が背後から聞こえた。
急いでそちらへと顔を向けるオスワルド。
すると、そこには探していた相手がいた。
相変わらずの笑みに楽しげな表情。心なしか余韻に浸っているようにも見える。右手には銃。その銃口はオスワルドの胸に向けられている。
「楽しかったさ~。じゃあな~」
言葉を吐くよりも先に飛ばされる満足気なガーブラの声。
そうして銃の引き金が引かれる。
くそっという言葉を口に出す暇もなかった。
銃口より光線が放たれそれがオスワルドの体を貫いたのだ。
傾いていく体。それをオスワルドは立て直す事ができない。
遠くなっていく意識。その中で瞼の裏に浮かんだのは大事な妹の辛そうな顔だった。
なんとかしないと。そんな思考が頭の中を満たす。
地面に倒れた実感はなかった。体から地面に流れていることに気づいていなかった。ガーブラの笑い声など耳に届かなかった。
ただひたすらに辛そうな妹の顔を無くそうと意思を走らせる。
けれども、それに反するように意識に黒のカーテンが掛かっていく。
ぼやけていく景色に足が映る。その足の主がガーブラだと認識する程の力も今のオスワルドにはない。
「それじゃあ、お別れさ~。俺には次の仕事が待っているからね~」
ガーブラのその言葉もまたはたして今のオスワルドに聞こえているかどうか……
そうして踵を返して立ち去ろうとするガーブラ。
立ち去り際、彼はこんな言葉を呟いた。
「全く、オランドの奴は何やってんだか。たかだか逃げている革命軍と村人を襲うだけの仕事に俺までかりだすなんて」