五章三話「襲い来る者達」(6)
初撃から不意打ちを仕掛けた刀弥。彼は縮地で一気に距離を縮めると刀を振り上げ斬りかかる。
タイミング、移動速度、攻撃速度。いずれも刀弥にしてみれば十分完璧と呼べる領域。だが、それにも関わらず刀弥の攻撃は半歩下がったオランドによって空を切ることになってしまった。
そんな彼を見てオランドはますます笑みを深める。
「なるほど。こっちの実力を把握した上で不意打ちを選んだわけか。いい判断能力を持っているね」
「っ!?」
怖気を感じる刀弥。その恐怖から逃れるように彼は反射的に右へと飛ぶ。
直後、彼のいた場所を何かが斬り裂いた。
刃は見えなかった。その事実を頭の片隅に納めて刀弥は膝を曲げ接近を試みようとする。
「そう来ると思ったよ」
彼の行動に嬉しそうな表情を浮かべるオランド。その反応に疑問を得ながら刀弥は強く地面を蹴った。
狙うのは『疾風』による斬撃。
相手は強いだけでなく未知の攻撃手段まで保有している。そのため、刀弥は長期戦は不利と判断し必殺の攻撃で速攻を狙うことにしたのだ。
疾走する刀弥。風景は後ろへと離れていき、倒すべき敵は前から迫ってくる。
一方、オランドは未だ不敵な笑みを浮かべたまま刀弥を見据えていた。それを刀弥は不気味に思うが、今は己の行動に全神経を集中させる。
そうして視界に拡大していくオランドの姿。それを確認して刀弥が刀を振り抜こうとした、まさにその時だった。
唐突に刀弥は背中を斬られた。
当の本人は何が起こったのかわからない。
最初に来たのは正体のわからない背中からの感触。そうして次に刀を落とし崩れていく自分の体を自覚する。
慌てて体勢を整え直さそうとするが体、特に背中に力が入らずそのまま刀弥の体は地面に倒れてしまう。
寸前の所で腕を伸ばし横たわることだけは避けられたが、それも危うい状態だ。気だるさが全身から発せられており気を抜けばその瞬間、腕から力が抜けてしまう、そんな確信が今の刀弥にはあった。
「刀弥!?」
そんな彼の状態を見て、リアが叫ぶ。
一方、攻撃を行ったと思われる当の本人は意外という顔を浮かべて刀弥を見ていた。
「ありゃ、本当は体を真っ二つにするつもりだったんだけど……思いの外速かったせいで背中だけしか切れなかったみたいだね」
そう言ってから彼はやれやれといった仕草をする。
「じゃあ、次で楽にしてあげるよ」
「!?」
その言葉に攻撃が来ると判断した刀弥は急ぎその場から動こうとする。
しかし、足に力が入らずなかなか動き出せない。
ならばと刀弥は即座の判断で左腕の抜いた。
左腕の力を抜いた事で体が左半分だけ落ちていく。
その流れに刀弥は逆らわず、むしろ流れを加速させるために体を回す。
結果、彼の体は左方向へと回転しながら移動。直後、やってきた斬撃を回避することに成功した。
その事実を確認しながら、刀弥はこれまでの出来事を思い出す。
どうやら相手は斬撃を直接、任意の場所に起こせるらしい。ただ、動いた相手に対応していないことから対象指定の攻撃ではないことは確かだ。
恐らく、地点指定。だからこそ、疾風の時は速度が速かったこともあって背中だけで済んだのだ。
けれども、次も同じ様に外してくれるとは限らない。先ので速さは把握されたと判断すべきだろうと刀弥は自分に言い聞かせる。
そんな刀弥にオランドが追加の攻撃を見舞おうとするが、そこへリアの放った火球の群れが殺到した。
爆炎が次々と巻き起こり一帯が赤と灰の色で一杯になる。
爆風と耳をつんざくような爆音に刀弥は顔をしかめるが、それでも何とか起き上がることに成功した。
視界は砂埃が立ち込めているせいできかない。しかし、向かうべき先はわかっている。
故に刀弥はそこへと向かった。オランドがいるであろう方向へ。
一時退避して傷を癒すという選択肢も確かに存在した。けれども、ここで守りに入ったら相手は他の革命軍のメンバーを次々と倒していくだろう。
そうなれば折角立て直した態勢が再び崩れてしまう。崩れてしまえば待っているのは殲滅という名の死だけだ。それは刀弥や革命軍だけでなく後方にいる村人達も同様だろう。それだけはなんとしても避けなければならない。
それにもう一つ。この時に攻めなければいけない理由がある。
視界のきかない今がチャンスなのだ。そのため刀弥はできる限り足音を抑えて駆けていた。
相手の武器の能力から推測される戦闘スタイルは迎撃型。基本は移動先を読むか行動直後に攻撃を放つ事で相手を確実に仕留めているのだろう。
威力や手数で押すのではなく、決めれる所で一撃で決めるそういうスタイルだ。
そういう相手は基本的に待ちの姿勢。つまり、最後に見た地点からそれ程動いていないはずなのだ。
その予想は当たっていた。砂埃の向こう。そこに影が見えてきたのだ。
それを確かめた刀弥は縮地で一気に距離を詰め体当たりをかます。
驚いたのはオランドの方だ。砂埃に紛れて攻めてくる可能性は想定していたが、まさか体当たりをしてくるとは考えていなかったのだ。そのまま彼は刀弥の体当たりを受けてしまった。
体当たりを仕掛けた刀弥はぶつかると同時にオランドに組み付くとそのまま一気に彼の体を押していく。
何のつもりなのかわからないオランドは思考をまとめきれずなすがままだ。
そうして両者は砂煙を飛び出し、そのまま出口の外へと躍り出たのであった。
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赤土色と青色が占める世界へと戻ってきた刀弥。すぐさま彼はオランドを押し蹴飛ばす。
その直後、切断の力が目の前を横切るが刀弥は怯まず拳を構えるとオランド目掛けて拳の斬波を打放った。
現在、刀弥は素手の状態だ。刀は背後に見える洞窟の中に落ちている。時間がなかったためとはいえ武器がないのは正直痛い。
だが、刀弥の頭の中にその後悔は既になかった。現在、彼が考えているのは今の状況でどうやって敵に打ち勝つかだ。
放たれた拳の斬波。それは正面にいるオランドへと向かって飛翔していく。
これに気付いたオランドはすぐさま右へと飛んで回避した。そうして回避してすぐに刀弥のいる場所に斬撃を走らせる。
無論、相手の武器の特性を把握している刀弥がじっとしているはずがない。当然、彼は前へと飛び出し攻撃地点から離れていた。そのまま彼はオランドの元へと駆けていく。
これにオランドは迎撃を行う。移動先を読んでの斬撃。力は彼の意図通りに発動した。
しかし、刀弥もその直前に右ステップで動いている。当たらない。
ただ完全に避けきれなかったらしい。左袖に切り傷ができていた。それを一瞥しながら刀弥は拳の間合いに入り込む。
入り込むと同時に左脇目掛けて左ストレート。
これに対しオランドは後退による回避を選択した。そうしてからオランドは反撃の斬撃を放つ。
斬撃が起こったのは刀弥の右足部分。直前に視線から攻撃位置を察知した刀弥は無理やり右足を上げ回避を試みるが残念ながら浅いながらも足の甲部分に傷を負ってしまった。
傷を負った部分から走ってくる痺れるような痛み。負傷した右足が地面に着くとその痛みはさらに酷くなる。
そこへオランドの斬撃が襲い掛かった。
狙いは右肩。タイミング、狙った箇所からして右足を使わせるのが目的の攻撃だ。だが、他に選択肢はない。
仕方なく相手の誘いにのる刀弥。彼は右足を外へ蹴り身を左へと飛ばそうとする。
瞬間、激痛が頭に響き渡った。
ハンマーを頭に受けたかのような衝撃に思わず刀弥は力を抑えてしまう。
結果、彼の移動距離、速度は彼が考えていたよりも遥かに弱いものとなってしまった。
避ける事にはとりあえず成功したが、今の結果に刀弥はかなりまずい状況に陥ったことを自覚する。
オランドの狙いは刀弥の機動力を奪うこと。うまくタイミングと攻撃箇所を精密に狙う事で右足を使い続けさせ、負傷を深めようとしているのだ。
その通りの事をオランドはやってきた。彼は右足が地面を踏もうとするのに合わせて攻撃を繰り返してくる。
これに対して刀弥は負担の掛からない回避法で対処したり、踏むと見せかけて前転したりとフェイントを織り交ぜるが、それでも限界はある。次第に足への負担は積み重なっていった。
「さあ、さあ!! どうする?」
そんな彼を楽しげに眺めるオランド。一方、刀弥はというと舌打ちを返したい気分でいっぱいだった。
「くそ」
とりあえず悪態だけ口にし、右足で方向転換をしようとした――その時。
彼は右足を滑らせた。
「な!?」
滑った理由は移動の勢いを右足で抑えきれなかったため。要は右足が限界にきたのだ。
当然、この瞬間を待っていた敵がこれを見逃すはずがない。喜悦を浮かべたオランドは倒れた刀弥にとどめを刺そうとする。
倒れた刀弥はすぐには動き出せない。そうして刀弥はオランドの力によって体を両断される――はずだった。
しかし、そうはならなかった。火球が刀弥の傍に着弾し爆発したからだ。爆発の衝撃で刀弥の身は吹き飛ぶが、おかげで斬撃から逃れることが出来た。さらに爆発は砂埃を立ち上らせオランドの視界を塞ぐ。
刀弥の位置を確認できなくなったオランドは追撃を放つことができない。仕方なく彼は火球が飛んできた方向へと振り返り――。
眼前に何かが迫ってきている事に気付いた。
「くっ!?」
反射的に首を右へと逸らして迫ってきていた何かを避ける。そうして飛んできた方向を改めて確認すると、そこには火球を展開するリアの姿があった。
「へえ、今度は君が相手か」
不承不承ながら新たな獲物を見定めるオランド。しかし、彼の言葉をリアは否定する。
「ハズレ。正解は私達が相手だよ」
「?」
どういう意味だと疑問に思った時、オランドは背後から接近する気配を感知。急いで左へと飛んだ。
直後、彼のいた場所を刃が一閃する。
攻撃の主は刀弥。その手には刀が握られていた。
先程、オランドに迫った何か。それは刀弥の刀だったのだ。
攻撃は囮。彼女の本当の狙いは刀を刀弥に届けること。その狙いは成功した。刀が落ちたことに気付いた刀弥は刀を回収。そうしてからオランドに襲い掛かったのだ。
「……なるほど。いいよ。二人がかりでも。丁度いいハンデだよ」
向かうべき相手が増えたにも関わらずオランドは余裕の表情だ。
けれども、砂埃が晴れた時彼の表情は一瞬、曇の兆しを見せる。
彼が見ていたのは自分達が飛び出した出口。そこにはオランドの部隊と革命軍の姿がある。いつの間にか戦場が通路の中から外へと移り変わっていたのだ。
戦場が外に出たことで逃げれるスペースができた。そこを通って残った革命軍のメンバーが村人達を誘導していく。
これで村人を心配する必要がなくなった。革命軍は心置きなく反撃に転じれる。
「……ははは、全く何をやってるんだか」
と、そんな戦場を見てオランドが呟いた。
笑っているように見えるが、声色には苛立ちの色が伺える。
そして次の瞬間、彼の怒りが爆発する。
「全く!! どいつも!! こいつも!! 折角!! 敵を!! 狭い!! 通路に!! 閉じ込めたのに!! 逃したら!! 意味が!! 無い!! だろうが!!」
怒りで平静を失ったのか、口調も徐々に荒々しくなっていた。ギラギラと燃える荒々しい瞳。醜悪に満ちた口元。そこには最初に見た面影はどこにもない。
やがて、ひとしきり怒りを吐き出したのか、深呼吸を一つしてオランドが刀弥とリアへと向き直った。
余裕は若干戻っている。けれども、荒々しい視線だけ戻っておらず、獲物を見据える獣が如く二人に向けられている。
「もう遊びは終わりにするよ。無能な兵達の尻拭いをしないといけないんでね」
「だったら、最初から本気出しとけばよかったんじゃないか」
「あなたの思い通りになんかさせないんだから」
言い合う両者。
そうして二人と一人は戦いを再開したのだった。