一章三話「命の抗い」(2)
「……えーと、名前はリューネ。さっきの受付に座っていたおばさんの娘さんで、私たちから他の世界の話とかが聞きたいんだね?」
「は、はい」
リアの確認の問いにベッドに座り込んでいた少女が頷く。
その様子から、若干緊張しているのが伺えた。
見知らぬ人にあんなことを頼むのだから物怖じしない性格かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「……いいよ」
「本当ですか!?」
迷うことなくリアが彼女の頼みを受け入れると、途端にリューネは嬉しそうな顔を見せた。
「うん。私たち暇だったし、実は丁度今からそこのお兄ちゃんの世界の話とかを聞くところだったんだから」
「そうなんですか?」
「まあ、そうだな」
視線を向けて尋ねてくる彼女に、刀弥は安心させるように穏やかな表情で答える。
「だから、リューネも興味があるなら一緒に聴く?」
「はい!!」
強い口調と共に、彼女は何度も首を縦に振った。
そうして、刀弥は自分の世界のことについての話を始める。
主に電気を動力とした文明であること。それを生み出すために化石燃料、自然エネルギーや原子力と呼ばれているものを利用していること。
特に一般的に使われている道具や娯楽品の話になった途端、興味を持った二人が次々と質問をしてきて、かなり時間が掛かった。
最後は自分が暮らしていた国や大まかな世界の話をして気が付くと、かなりの時間が経過していた。
「もうこんな時間か」
時計の針は、今の時間が二八〇ティムであることを示していた。大体四〇ティム(二時間半)程も話続けていたことになる計算だ。
「さすがに、お母さんが心配するんじゃないか?」
「あうう、そうですね。そろそろ部屋に戻ります」
そう告げてリューネは、ベッドから飛び降りる。
ところがその直後、急に彼女が倒れて膝をついたかと思うと突然、苦しそうに咳き込み始めた。
激しい咳は何度も繰り返され、リューネの顔が苦しさに歪む。
「おい、リューネ。大丈夫か?」
その様相に不安を抱いた刀弥がリューネの名を呼ぶが、彼女の咳は激しさを増すばかりで止まる気配がない。
ようやく咳が止まったのは、それから少し経ってからだった。
「すみません」
彼女はそう謝ると、ヨロヨロと立ち上がろうとする。
だが、立ち上がって歩こうとしても足元がふらつき、傍から見ていても危なく感じる。よく見ると顔も赤い。
「乗れ。部屋まで送る」
見かねた刀弥がリューネのほうに背を向け、背負う姿勢を見せた。
「すみません。ありがとうございます」
礼を言って彼女は刀弥の背中に乗ると、刀弥は彼女を背負って立ち上がった。
リアがドアを開け、三人はリューネの案内に従って彼女の部屋を目指す。
「病気か?」
その途中、彼女の様子が気になった刀弥が己の疑問をぶつけてみる。
「……生まれつきの病気で、そのせいでほとんど外に出たこともないんです」
「……話を聞きたがったのはそのせいか」
緊張しながらも、あんな頼みをした理由。
病気の彼女は外に出られない。
だけど、外で遊ぶ同世代の子供たちを見て、外への強い憧れは持っていたのだろう。
故に、宿屋に泊まるお客から外の話を聞くことでその思いを埋めていたという訳だ。
「私、病気が治ったらまずはお外でいっぱい遊んで、大きくなったらいろんな人から教えてもらったところに出掛けるのが夢なんです」
「……そうか。叶うといいな」
「はい」
刀弥の返答に、リューネは満面の笑みで応えるのだった。
――――――――――――****―――――――――――
リューネに案内され彼女の部屋に行ってみると、タイミング良く彼女の母親と出くわした。
「リューネ!?」
刀弥が背負っている彼女の姿を見て、母親は慌てて駆け寄ってくる。
「……お母さん」
顔の赤い彼女はどこかつらいのか、鼻声だ。
「あなた……また咳がでたのね?」
彼女の様子に母親は、何があったのか見当がついたらしい。
ともかく彼女をベッドに寝かせるべく、母親は彼らを彼女の部屋へと招き入れる。
部屋に入ってみると中は部屋中、ぬいぐるみや人形であちこち溢れかえっていた。彼女が抱いていたぬいぐるみも、この中の一つなのだろう。
「仕事もあって、この子には寂しい思いをさせてるので……」
リューネをベッドに寝かせた母親が、二人の視線に気が付いて説明をする。
「わざわざ娘を運んでいただいて、ありがとうございます」
「いえ、お気遣いなく」
母親の礼に刀弥はそう返す。
「その様子ですと、娘がそちらに伺ったのではございませんか?」
「ええと……」
一応その通りではあるのだが、どう答えたらいいかわからず刀弥は言葉を濁してしまう。
「やはりそうなのですね。申し訳ございません。うちの娘が失礼なことをして……」
「別に気にしていませんから、謝らないでください」
謝罪をしようとする母親。それをリアが止める。
「ところで、娘さんはどういう病気なんですか?」
話を変える意味もあって、つい刀弥はそんなことを訊ねてしまった。
刀弥の落ち度に気が付いたリアが慌てて膝をついて彼を注意するが、既に時遅し。
「すみません。失礼なことを聞いてしまって」
「いえ、むしろ娘がお世話になりましたし、旅の方でしたら別の手段を知っているかもしれません。お話しします」
ミスを悟り刀弥が謝るも、彼女はそう返してリューネの病気について話し始めるのだった。
「生まれつきあの子は体の抵抗力が弱かったため、鉱石に含まれている微量の毒に抵抗できずにずっとあの病気にかかっています。激しい咳と熱を発するのが特徴ですが、やがて時間が経てば……」
その先を告げることなく母親は嗚咽する。
その様から、その先の言葉はなんとなく見当がついた。
「それだけ聞くと、違う世界に移れば治りそうな気がするんですが……」
この世界で採れる鉱石に含まれている微量な毒物が原因であの症状が出ているのであれば、そこから遠ざけるのが一番の対処はずだ。
ところが母親は残念そうに俯く。
「確かに別の世界に移り住めば毒を吸うことはなくなります。ですが、体内に溜まっている毒を取り除かなければ病気が治ることはありません。しかし、取り除く方法は難しく今は症状を抑えるのが精一杯です。そしてその知識を持つ医者はこの世界にしかいないのです」
「なるほど。あちらを立てればこちらが立たずという訳か」
そうなると一番いいのは、毒を取り除くこと。
そうすれば後は別の世界に行くなりすれば、病気が再発することもない。
難しいと言っていたので、方法がない訳ではないのだろう。
「ちなみに毒を取り除く方法というのは?」
「解毒薬を作り飲ませることです。けれども、問題はその材料でして……」
「材料?」
「はい。詳しくはわかりませんが、ロックスネークの血が必要だということです」
「難しいってことは、そのロックスネークっていうのは強いということですか?」
首を傾げてリアが、母親に尋ねる。
その質問に母親が首肯した。
「はい。ロックスネークのこの近辺では有名なモンスターで、岩のような鱗を持った大きな蛇なのです」
「蛇? こんな寒いところに蛇がいるんですか?」
これだけ寒い環境で、蛇が活動できるとはとても思えない。
下手すれば、死ぬまで冬眠をしなければならないようなところだ。
だが、その疑問は母親が解いてくれた。
「ですから、外には出ず殆どを地中の中で過ごします。余り動くことはなく、ある程度広い穴を掘って巣を作るみたいで、ときたま坑道を掘っているとロックスネークの巣に繋がったという話を聞きます。最近、近くでロックスネークの巣が見つかったという話を耳にしたんですが……」
最後のほう、悔しげな声で母親は呟く。
娘を助けられるかもしれない存在が目の前にいるというのに、どうすることもできないという彼女の無念さがありありと二人に伝わってきた。
「あ、すみません。こんな話をしてしまって。もう時間も時間ですね。お話を聞いてくださってありがとうございました」
そのことが恥ずかしかったのか、決まりが悪そうな顔で彼女はそう言うと頭を下げる。
相手がそう告げる以上深入りもできない。なので、二人は立ち上がって部屋を後にすることにした。
ただし……
「明日、発つつもりですが、その前に彼女に顔を見せに来てもいいでしょうか?」
最後にこれを確認することだけは忘れない。
「それはこちらからもお願いします。あの子も喜ぶと思うので……」
母親は断ることなく、逆にこちらに頼んできた。
「はい。では、おやすみなさい」
「また明日」
「ええ、おやすみなさいませ……」
そうして刀弥はリューネの部屋のドアを閉じるのだった。
ストック分。見直しと修正が終了しましたので新たに投稿致しました。
07/26
できる限り同一表現の修正。




