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無限の世界  作者: 蒼風
五章「別れの果てに」
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五章三話「襲い来る者達」(5)

 二人が中側へと戻り、軽く飲み物を口にしたりして体を休めていた時である。

 突然、先頭側のほうが騒がしくなった。

 聞こえてくるのは悲鳴と戦闘音。どうやら先頭側で何かあったらしい。

 刀弥とリアは互いに顔を見合せている。

 あれから休憩を始めてそれ程時間は経っていない。しかし、新たな局面は既にやってきている。最早体力が回復をするのを待っている暇はなかった。

 二人は即座に頷き合い、全力で先頭へと向かって駆け出す。

 先頭を追いかけていた村人達は突然の戦闘音に何事かと不安そうな面持ちで視線を向けていた。そんな中を二人は急げと念じながら抜けていく。

 そうして二人は辿り着いた。新たに生まれた戦場に。

 そこは通路の終点だった。奥には光が広がる出口が見える。光が強すぎて今は外の光景は見えないが、光が届いている以上その先は間違いなく外だろう。

 だが、現場はそこへは簡単に辿り着けない惨状となっていた。

 惨状を作っているのは集団だ。

 先程の敵達とは違う色の衣服と軽装を纏った集団。衣服と軽装のデザインは先程と似ているが、色だけは完全に異なっている。そんな集団が先頭にいた人達に攻撃を放ちながら進軍してきているのだ。

 彼らの主な装備は双剣。腕に固定して用いるタイプでそれを風弾の盾にしながら接近する。そうして接近すると彼らは双剣を振るい革命軍のメンバーを斬り倒していた。

 そんな戦法が繰り広げられている戦場。しかし、その中で刀弥は一つの疑問を得ていた。

 一部の革命軍はその剣戟をバックステップで下がり間合いから逃れることで避けようとしていたのだが、それにも関わらず彼らは斬撃によって斬られているのだ。

 斬波ではない。刃を振る動作と斬りつけは完全に連動していた。威力を飛ばす斬波はそれ故に時間差が生まれる。あの現象は斬波とは違うものなのだ。

 と、一瞬、斬りつけられたメンバーと剣を振るった敵の間で何かが揺らめいた。それで刀弥は現象の正体を悟る。

 風だ。圧縮された刃の風が通常の刃の先から伸びているのだ。透明なその刃に気が付かなかったメンバーは間合いを勘違いし、後退で間合い外へと逃れようとする。結果、不可視の刃が彼らの体を斬り裂いのだ。


「リア」

「わかってる」


 カラクリを理解した刀弥はリアに声を掛けるが、どうやら彼女の方も気付いたらしい。安心させるような強い声で返事が返ってきた。

 その声に刀弥は頷きで応えると、二人は戦場へと足を踏み入れる。

 最初に二人の存在に気が付いたのは手前にいた敵兵だった。敵兵は刀弥達に気が付くと同時に真っ直ぐ彼らに向かって駆けていく。

 速い。高速の足のサイクルによって生み出される速度は常に一定で落ちることがない。

 安定した速度で近づいてくる敵兵。それに刀弥が迎撃の構えを見せた。右手を腰に挿した刀へと伸ばし身構える。

 狙いは間合いに入ったと同時に放つ抜刀。先程からの敵兵達のやり取りを見るにリーチでは刀弥の刀が勝っている。そのため、間合いに入ると同時に抜刀で斬りつければ相手の刃が届くよりも早く屠ることが可能だと判断したのだ。

 敵の数は多い。出来る限り短い時間で蹴りをつけ体力を抑えなければならない。

 そう思考しながら前方の敵を見据える刀弥。

 しかし、その時彼は予想外のものを見た。

 なんと、相手が間合いの外であるにも関わらず右手の刃を振るってきたのだ。その軌道は相手から見て左上から右下へと振り下ろす軌道。

 距離はまだ風の刃が届く距離ではない。けれども、刀弥はある可能性を思いつき刃の軌道から外れるために右へと軌道を潜るように飛ぶ。

 その判断が功を奏した。なんと、彼の頭上を何かが斬り裂いたのだ。斬り裂いたものの正体は確かめるまでもない。どうやらあの風の刃は自在に伸び縮みさせることができるようだ。

 視認しづらい上に間合いまで変更可能。

 刃の長さを見極めるのは骨が折れそうだと刀弥は内心愚痴りながら縮地で一気に距離を詰める。

 既に二撃目たる左の剣が振るわれているが、それが届くよりも先に刀弥が間合いに入るほうが早い。

 だが、相手の左手の剣は刀弥から見て左から右という動きでもう少しというところまで迫っている。対する刀弥まだ刀を鞘から抜いてすらいない。どう見ても反撃が間に合うとは思えない状況だった。

 にも関わらず刀弥は鞘から刀を引き抜く。透き通るような澄んだ音を立てて滑る刃。驚くべき速さで引き抜かれていく刀は――しかし、先に攻撃することは叶わない。

 けれども、刀弥の狙いは敵への攻撃ではなかった。彼が狙ったのは柄による刃への打撃。狙う刃は風ではない存在する刃の方だ。風では最悪打つことができない可能性がある。故に存在する刃の方を狙ったのだ。

 そして、その目論見は成功した。打撃を見舞われた剣が真上へと垂直に跳ね上がったのだ。それによって剣は刀弥から離れていく。

 この間に刀弥は引き抜いた刀を手首で回転。相手の方へと修正すると直後、その刀を振り下ろした。

 軽く振り下ろされた刃はまるで紙を切るように相手の肉を斬り裂く。結果、バランスを崩していた敵兵は為す術もなく体を斬られ絶命した。

 一方、刀を振り切った刀弥は次のターゲットを探すために視線を巡らす。

 既に先頭集団は総崩れ状態だ。辛うじて生き残ったメンバーが敵達を村人のいる方へ行かせないよう奮戦しているが、このままではかなり苦しいだろう。グレリムもかなり頑張っているが、その表情は深刻そうだ。


「戦線をどうにか出口の外まで押し出せればいいんだが……」


 そうすれば最悪、村人だけでも逃がすことができる。けれども、通路内で戦っていてはそれも叶わない。

 と、その時だ。

 唐突に刀弥の直感がそこから離れろと警告を送ってきた。

 その感に従い、刀弥は左へと飛ぶ。

 直後、彼のいた場所を背後から襲う者があった。別の敵兵だ。攻撃の瞬間まで気配はおろか足音までしなかった。どうやらここにいる敵兵はそういった事が得意分野なようだ。


「こういう事が得意って事は初撃は十中八九不意打ちだな」


 そうして数を減らされ混乱した革命軍を確実に殲滅していったのだろう。ともかく刀弥は襲ってきた相手に集中しようとして――やめた。

 相手は隠密に優れた敵だ。一人に集中していたら別の敵に背後から気づかれないうちに襲われる可能性は十分に有り得る。

 意識と警戒は常に全域に。向こうの隠密は先ほど体験した。攻撃の瞬間まで気が付かなかったとなると油断はできない。

 そうして刀を構える刀弥。そこへ背後から別の敵兵が襲いかかってきた。

 新たな敵兵は刀弥の背へと向けて二つの刃を突き立てようとする。

 進みながらその刃を伸ばしていく風の剣。けれども、刀弥は振り返らない。真後ろからくる可能性が高いのは予想していたことだからだ。後は攻撃のタイミングに気が付くだけでいい。

 迫る敵兵の攻撃。これに対し刀弥は身を右へと倒して避ける事で対処した。

 この回避法に一瞬、息を詰める敵兵。その隙を刀弥は逃さない。バックステップの縮地で一気にその敵兵に近づくと倒れていく体を軸に反時計回りの回転斬りを見舞う。

 腹が裂け、敵兵が倒れていく。

 そんな敵兵を見送る刀弥。そこに最初に対峙していた敵兵が駆け寄ってきた。

 身を低くしながら敵兵は両の剣を構える。一方の刀弥は視線を巡らしていた。今、襲いかからんとする敵兵には一瞥も送らない。

 その事に敵兵は苛立ちを持つが、あえてそのことを叫ぶ愚は犯さない。不意打ちこそが彼らの本来の戦い方だからだ。

 やがて、己が得意とする間合いまでやってきた。迷わず敵兵はその刃を振るおうとする。

 しかし、それは叶わなかった。何故なら、そんな彼に向かって風の矢が降り注いできたからだ。

 無警戒だった真上からの攻撃。体中を次々と風の矢によって貫かれた敵兵は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちていく。

 そんな彼を風の矢の射手たるリアは静かに眺めていた。


「リア。次行くぞ」

「うん」


 そうして二人は革命軍の加勢に入っていく。

 刀弥の不意打ち気味の急接近からの斬撃にリアの遠距離からの魔術。それらを用いて二人は革命軍のメンバーを襲う敵兵達を一人また一人と倒していく。

 そうしていくうちに新たにやってきた二人のほうが危険だと判断したのか、敵兵達が刀弥達の方へと次々に襲い掛かり始めた。

 そうなると当然、革命軍への攻撃が手薄になる。

 この隙を彼らは見逃さない。すぐさま彼らは崩れていた態勢を整え始めた。

 その間、刀弥とリアは守りに入る。

 刃を捌き接近を阻み、その上で斬りつけたりまとめて吹き飛ばしたりする。

 無論、敵兵達も馬鹿ではない。剣術と魔術の欠点、即ち間合いの狭さと魔術式の構築によって生まれる隙を突こうとしている。

 しかし、刀弥の間合いはリアの魔術で、リアの構築の隙は刀弥の剣術でフォローされ崩すことが出来ないでいた。

 そうこうしているうちに態勢を整え終えた革命軍が反撃に移る。

 一列に並んでの風銃による斉射。

 これに刀弥達は反応する。彼らは斉射の死角となる自分達と重なるライン上にいる敵を攻撃しながら革命軍と合流。ひとまず銃の壁の内側で一休みするのだった。

 革命軍の反撃は敵を倒すには至っていないが、彼らを確実に後退させる事には成功している。

 剣で銃弾を弾きながら様子を伺うように一歩また一歩と下がっていく敵兵達。

 この調子ならば出口へと到達するのもそう遠くないだろう。

 刀弥がそう思ったその時だった。



「ああ、全く……情けないにも程がある」



 この場に不釣り合いな悲嘆したような声が彼らのいる通路を駆け巡った。

 その声に敵兵を除く一同は声のした方向へ視線だけを向ける。

 すると、そこには一人の男性が両手を広げながら歩いてくるところだった。

 銀の髪に紫の瞳。顔立ちは整っているのだが、どういうわけか陰気な雰囲気をイメージしてしまう。服装は黒のフードを羽織っており、彼が歩くのに合わせてその下にある黒の衣服が見え隠れしていた。

 強敵だ。男を見て刀弥はすぐさまそう評価する。

 先程から刀弥の中の本能が警告を発している。つまり、危険な相手だということだ。

 実際男の纏う空気は明らかに他の敵兵とは一変している。彼らの立場がいかに違うかを明確にするほどに……


「どうしてこんな連中に手こずっているんだい?」

「も、申し訳ございません」


 叱る男に謝る敵兵の一人。

 現状、両軍はにらみ合いの状態だが、いつ動き出すかわからない。そんな状況にも関わらずその敵兵は革命軍に背を向け頭を下げている。完全に新たにやってきた男に意識を集中している様子だった。


「……やれやれ、仕方ないな。まあ、許してあげるよ」

「!? 本当ですか!? ありがとうござっ――」


 許しの言葉を得て歓喜の表情を浮かべようとした敵兵。しかし、彼の表情はそこで止まってしまった。男がその敵兵の首を斬り裂いたからだ。


「ただし……君の命に免じてだけど」


 ニッコリと微笑む男。それが刀弥にしてみればかえって不気味だった。

 男の両手には何も握られてはいない。

 一瞬、刀弥は魔術の可能性も考えたが、それにしては魔術式構築をしていた様子も見られない。

 と、そんな事を考えていると、男が刀弥達の方へと体を向ける。

 そうしてから男は深く頭を下げ刀弥達に一礼を送った。


「始めまして。僕の名はオランド・レグルス。死神(デスサイズ)第二部隊隊長でこれから君達を狩る者だ。よろ――」


 恐らくよろしくと言おうとしたのだろう。だが、その言葉が紡がれることはなかった。

 オランドと名乗った男が言い終えるよりも早く刀弥がいきなり仕掛けたためだ。

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