五章三話「襲い来る者達」(2)
「それで、どうする?」
オスワルドが去った後、今後の予定を話し合う刀弥達。
「正直、村人達を助けたい気持ちはあるけど、さすがに私達だけじゃね……」
「そうだな」
自分達だけなら何かあっても自己責任という事で諦めがつくが、今回はネレスが付いている。こちらの都合に彼女を巻き込むわけにはいかない。だが、だからといって一人置いていくというのも危険過ぎる。
「とりあえずここから離れよう。ここじゃあ出入り口に近すぎる」
出入り口に近いという事はそれだけ敵と接敵する可能性が高くなるということだ。ネレスを巻き込まないようにと意識するなら、ここにいるのは間違いなく危険だろう。
「そうだね」
それにリアが同意。かくして三人はそこから移動を開始しようとするが――
「!?」
突然、彼等の眼前の右への通路から爆風が飛び出し、それによって三人は進もうとした足を止めざるを得なくなってしまった。
爆風の直後、足音が複数こちらに向かって走ってきているのが聞こえてる。恐らく敵だ。
足音の正体を確かめるために刀弥は通路へと飛び出す。
いた。やはり、足音の正体は敵だった。数は四人。相手も刀弥を認識するとすぐさま引き金を引いてくる。
風弾が飛んでくるが、その時には既に刀弥は反対側の通路の向こうに隠れている。当たらない。
「待ちやがれ!!」
そんな彼を追いかけるため、敵達は速度を上げた。
しかし、彼等は刀弥を追いかけるのに夢中するあまり彼等は反対側の通路を確認するのを怠ってしまう。
結果、彼等はリアによって放たれた風の矢群の猛攻を背後からまともに受けることになってしまった。
風の矢の群れは敵達の足を、腕を、胸を、そして頭部を傷つけ貫き絶命させていく。
そんな光景にリアは一瞬、顔を曇らせるがそれもすぐに真剣な表情に戻った。表情を戻した彼女はネレスの手を引き急いで通路を渡る。その際、右の通路の先を確認することも忘れない。
「刀弥。新手が来てる」
「急いでここから離れるぞ」
全部を相手していたらキリがない。必要な戦闘だけをこなし安全を確保する。それが現在における最良の手段だ。
故に彼等は逃げる。もちろんただ逃げるだけでは駄目だ。時折、後方へと牽制の攻撃を放つ。
斬波、風の矢、火球、あるいは待ち伏せからの不意打ち。繰り返し放たれるこの攻撃に必然的に相手も警戒感を強める。結果、彼等もより慎重に動かざるを得なくなり、その進行速度は必然的に遅くなった。
その間に刀弥達は通路を駆け抜ける。目的地は初めてここへ来た時に通った出入り口だ。
恐らくあそこが一番村に近い出入り口のはず。ならば、村人の救出部隊はあそこを利用しているはずだ。
脱出の方法はわからないが、オスワルドがああ言った以上この秘密基地に脱出の方法があるのだろう。予定通りならその出入り口から戻ってくるだろう。
と、刀弥達の前方に革命軍のメンバーが走ってくる。
彼等は刀弥達に気が付くと、叫ぶような声で問いを投げかけてきた。
「おい!! 連中はどうした?」
「後ろから追いかけてきています。時期にやってくるかと」
その問いに応えるリア。その間にも革命軍のメンバー達は次々とやってくる。
「わかった。お前らは下がってオスワルドさんの妹を守ってろ。いいな!! もし、指一本でも連中に触れさせたら絶対に許さないからな!! それじゃあ、いくぞ!!」
先頭を走っていた男の呼びかけ。その呼びかけに他のメンバーは『おう!!』と応じた。
そうして彼らは刀弥がやってきた方へと駆けていく。
それを見送りながら刀弥達は先へ進むのだった。
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「なんなんだ!! こいつらは」
そう毒づきながら構えた風銃の引き金を引くオスワルド。それで眼前の敵が膝を屈して倒れた。
辺りを見回すと村のどの建物にも火の手があがっているのが見える。全てここを襲ってきた敵達の仕業だ。
「一体、襲ってきているのはどこの連中なんだ?」
先程、刀弥と交わした内容を再度思考する。だが、出てくる答えはわからないという単語だけ。これでは考える意味がない。
と、その時眼前に逃げ惑う村人とそれを追いかける敵の姿が映る。
迷わず風銃を放つオスワルド。見えない銃弾は銃口より飛び出し村人に斬りかかろうとしていた敵の頭部へと吸い込まれていく。
飛び散る鮮血。そうして頭部に穴の開いた死体はゆっくりと崩れ落ちていった。
「こっちだ!!」
叫び逃げていた村人に声を掛けるオスワルド。それで村人はオスワルドの存在に気が付く。
「その先の家の中に入るんだ」
村人がオスワルドの傍まで駆けつけると、彼は傍の家を指差しそちらへ向けて村人の背中を押す。
それで村人はその家へと駆け出した。それを見送るとオスワルドは他に逃げ遅れた村人がいないかと見渡す。
そこへ仲間の一人がやってきた。
「どうだ?」
「生きている村人の姿はもう見えない」
その言葉は逆を言えば生きていない村人の姿なら見たということだ。
その事実にオスワルドは沈痛な表情を浮かべてしまう。
もしも、もしも自分達がここに秘密基地を作らなければ……そうなっていれば彼等は犠牲にならずに済んだのかもしれない。
そう思うと心が痛くなったのだ。
「……ともかくここもそう持ちこたえられそうにない。どうする?」
そんな中で仲間が次の行動をどうするのかと尋ねてくる。その問いにオスワルドは改めて状況を整理し始めた。
現状、持ちこたえる事には成功しているが、以前敵に押されているのは確かだ。このままでは村人と共に脱出するどころか全滅も十分にあり得る。
「……予定より早いが脱出を開始するしかないだろう」
「やはり、それしかないか」
「仕方ない。村人を巻き込んで全滅という展開は個人的に一番避けたい事態だからな」
そう言って彼は持ってきていた通信機に手を伸ばす。
「グレリム様。オスワルドです」
『…………私だ。もう保たないか?』
どうやらグレリムは通信が来た時点でどういう内容か見当が付いていたようだ。
「はい。なので、脱出を始めるべきかと思うのですが……」
『わかった。ただちに脱出を開始する。お前達もいますぐこちらへ帰還しろ』
「了解しました」
それで通信が終わった。恐らくこの後他の仲間達にも脱出の旨は連絡されるはずだ。
オスワルドは傍にいる仲間へと視線を向けると両者は互いに頷き合う。
そうして二人は先程の家に向かおうとした。その時だ。
「お、はっけ~~んっと」
力を抜いたふざけるような声が彼らの耳に届いた。
聞きなれない声。その声に即座にはオスワルド達は声の聞こえた方へと振り返る。するとそこには一人の男が立っていた。
金髪のオールバックに血のような赤い瞳。緑の上着のようなプロテクターを羽織り両手には恐らく銃と思しき物を握っているのだが、その銃の形状が特殊だった。
形は縦長にした台形のような形状で細い方の先端部に二つの銃口がある。台形の中には正方形状の穴があり、握りはそこに備え付けられていた。
そんな銃を両手に装備している。否が応にもオスワルドの警戒心が警報を鳴らしていた。
「これで五人目か~。中々順調だな」
「……何者だ?」
銃口をゆっくりと男に向けながら問い掛けるオスワルド。その問いに男はニヤリと口の端を歪め次のように答えた。
「レグイレムの死の配送業者『死神』って部署の人間さ」
レグイレム。その名にオスワルドは聞き覚えがあった。なんといってもこの風銃を始めとした武器を送ってきた組織がそこなのだ。
「一体、どういう訳で我々を襲った?」
「それは簡単。もうお前達は用済みなのさ~。こいつと一緒でな」
そう言って男は何かを蹴りつけてくる。
なんだと思ってオスワルドがそちらを見てみると、なんとそれは男の頭だった。
顔にも見覚えがある。王国軍の司令官だ。
「王国軍とも繋がっていたのか」
「こいつはただの踏み台だけどな。ちなみにお前らはそれの性能を試験するためのモルモット」
笑い声を上げながら指差す男の先にあるのはオスワルドが構えている風銃。
「……そのためだけに我々に武器を与えたのか」
「そういう事。まあ、新しい試験環境が整ったから、あんた達もお払い箱なんだけどな」
つまり、それが今回の襲撃の理由だったらしい。後片付けと証拠隠滅。それが今回彼らが出向いた理由だったのだ。
「舐めやがって!!」
その理由に傍にいた仲間が怒り引き金を引こうとする。しかし――
「遅いさ」
それよりも先に相手が銃弾を放った。
放たれたのは一筋の光。それが仲間の胸を貫いた。
穴から溢れ出す赤い滴。地面へと滴り落ちたそれはやがて赤い水たまりを作っていく。
「!?」
オスワルドは崩れていく仲間を見ない。それよりも先に己の体を動かす。
直後、彼のいた場所を光の線が通り過ぎた。
「おお!! どうやら勘はいいようだね」
楽しげな声で男が話しかけてくる。だが、オスワルドはそんな事を気にしていられない。そのまま彼は建物の影へと身を潜ませる。
「それじゃあ。死神第一部隊隊長ガーブラ・リンドリウス。これより本気で狩るとしますか」
そうしてオスワルドとガーブラの戦闘が始まったのであった。