五章三話「襲い来る者達」(1)
その日、刀弥とリアは朝から旅立ちの準備をしていた。明日発つと言った翌日である。
グレリムから許可をもらい備蓄している食料をいくつか分けてもらうと、二人は次にネレスを探し始めた。
「そういえば次はどこに行こうか?」
その最中、リアがそんな事を問い掛けてくる。
「そうだな。とりえあずネレスを送っていく話になっているからそのまま今彼女が暮らしているところまで行くのもありかもしれないな」
昨日の段階では途中まで送っていくつもりだったが、目的地が決まっていないのならばそのまま彼女の暮らしているところまでいくのも悪くないかもしれない。
「あ、それいいかも」
「じゃあ、決まりだな」
そんな刀弥の意見にリアも同意。かくして二人の次の目的地が決まった……そんな時だ。
突然、施設が大きな音と共に揺れ出した。
「きゃっ」
「っと」
その振動でリアがバランスを崩す。即座の反応で彼女を受け止める刀弥。やがて、揺れは収まっていく。けれども、小さな音と小さな揺れは未だ繰り返し響いていた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
とりあえず大きな揺れが収まりリアが刀弥の支えから離れる。そうしてから彼女は上、
即ち地上の方へと耳を傾けた。
「…………爆発音?」
揺れの正体は地上からの爆発の衝撃。それが地下であるはずのここまで及んでいたのだ。
「上で戦いが起こってるのか?」
そうならば考えられるのは王国軍の襲撃だ。むしろ、それ以外は考えられない。
「どうする?」
「どうしようか?」
いきなりの事態に思考がまとまらない二人。それでも何とか自分達がすべきことを模索しようとする。
そんな時だ。先程よりも遥かに近い場所から爆発音が響いてきた。それと同時に聞き覚えのある声が耳に届く。
「今のって……」
「ネレス!!」
声の主が誰か。それを理解したと同時に二人は走っていた。そのまま真っすぐ彼女がいるであろう場所へと二人は駆けていく。
そうして二人は辿り着いた。場所は秘密基地と地上を繋ぐ出入り口の一つ。ネレスはその入口の傍の通路に立っていて驚いた顔で通路を見つめている。
刀弥もそちらの方へと視線を向けてみると既に扉は破壊されており、そこから砂埃が巻き起こっている光景を見ることができた。
と、その砂埃の向こうから複数の人物が姿を現す。
その姿を見た途端、刀弥は怪訝に思った。相手の装備が王国軍が身に着けていたものとだいぶかけ離れていたのだ。
黒の兜とプロテクター。特に兜はバイザー上になっており、そのせいで相手の顔が見えない。けれども、彼らが所有している武器には見覚えがあった。それはこの秘密基地内で蓄えられている武器類と同種だったからだ。
疑問が生まれる。しかし、考えるのは後回しにせざる得なかった。敵が刀弥とネレスを見据え銃口を向けてきたからだ。
反応と同時に刀弥は抜刀による斬波を放っていた。放たれた斬波は真っ直ぐ突き進み相手の銃口から放たれた風の弾丸を迎撃する。
敵の弾を切断した斬波はそのまま放った相手へと向かって飛んでいくが、既に相手は回避行動に入っておりその攻撃が当たることはなかった。
けれども、刀弥はそれで構わない。なぜなら斬波を放ったのは相手への牽制が目的だったからだ。
既に刀弥は身を低くして先頭の敵へと間合いを詰めている。後は刀を振り抜くだけだ。
その通りにした。右上から左下への一閃。肌を裂く感触に心の中で嫌悪感を感じながら刀を振り切る。それで敵が一人、血を吹き出して倒れていった。
それを見送ることなく刀弥は次の敵を見据える。次の相手は斬り殺した敵の背後。銃を構えており、どうやら死体の壁がなくなり次第引き金を引く腹づもりのようだ。
故に刀弥は右肩を前に出した半身となり、その右肩で死体を押した。
傍から見れば死体にタックルをかました格好だ。それで死体が銃を構えている敵の方へと吹き飛んでいく。
迫る死体に相手は巻き込まれてしまった。バランスを崩し後ろへと倒れる。
倒れた相手は起き上がろうとするが、その頃には既に刀を引いた刀弥の姿が迫っていた。
風切り音。それで二つ目の死体が出来上がった。
けれどもその直後、刀弥は後方へと跳躍する。新たな敵の姿を見つけたからだ。
敵は刀弥を認めるとすぐさま銃を放ってくる。
飛んでくる不可視の弾丸に刀弥は迎撃をしつつ後退を選択。斬波を出してそれを牽制とするとすぐさま通路の角まで下がった。
既にネレスはリアがそこまで下がらせている。
刀弥が角まで退避すると、それを待ちわびていたかのようにリアが交代で飛び出し火球の群れを出入り口部分に向けて放つ。
指定された場所へと殺到する火球。それらは目標地点に着弾すると同時に爆発を起こした。
相手の怯む声や驚く声が聞こえてくる。が、そんな事気にしていられない。すぐさま二人はネレスを連れその場から離れた。
「ネレス!!」
しばらく走っていると、向こう側から見知った顔が走ってくるのが見えた。オスワルドだ。
「兄さん!!」
最愛の兄を見つけてネレスもまた走りだす。
そうして合流する二人。そんな二人の元へ刀弥達も駆け寄った。
「無事か?」
「あ、はい。刀弥さん達のおかげで」
そう言って刀弥の方へと視線を向けるネレス。彼女の言葉でオスワルドもまた彼らの方を見る。
「妹が世話になった」
「それより何が起こったんですか?」
先のは間違いなく襲撃だ。耳を澄ましてみるとどうやら入り口がこじ開けられたのは先程の場所だけではないらしい。至る所で戦闘音が響いてきていた。
「聞いての通り襲撃だ。ただし、王国軍ではないが……」
「王国軍ではない? どういうことだ?」
この革命軍に襲撃を掛けるとしたら革命軍以外は考えられない。にも関わらずそれ以外の組織が襲撃しているという。その事実に刀弥は困惑してしまう。
「俺達にもわからない。ただ装備が王国軍のものではないのは間違いない。考えられる可能性があるとしたら王国軍が傭兵団を雇ったという可能性だが、そんなことをするメリットが全くわからない」
ただ、それはオスワルド達も同様だったようだ。困ったような顔を浮かべて刀弥の疑問にそう応えるオスワルド。そんな彼を見て刀弥は相手の正体を見極めることをきっぱりと諦めることにした。
「仕方ない。相手の正体は諦めよう。今しなきゃならないのはこの襲撃に対してどう対処するかだ」
そう言って刀弥はオスワルドに視線で問う。革命軍はこの襲撃に対してどう動くのかと尋ねているのだ。
「……革命軍はこの襲撃に対して撤退を選択した。入り口を正確に破壊して乗り込んできた以上、秘密基地の場所は向こうに割れている。ならば、ここに留まる理由はない」
「それはそうだね」
秘密ではない秘密基地に存在理由はない。ならば、ここを守る理由など存在しないのだ。逃げたほうが被害は遥かに少ないだろう。
けれども、逃走の理由はそれだけではなかった。次にオスワルドが驚愕の事実を告げてくる。
「加えて、上の村も連中に襲われているという報告が来ている」
「な!?」
「嘘!?」
「そんな!?」
これには三人とも表情を凍らせてしまった。それ程までにその話は驚くべき内容だったのだ。
「秘密基地の場所を正確に把握しているなら、村を襲う理由なんてないだろ!! むしろ、デメリットしかないはずなのに……」
「それに関しては同意だ。だが、事実連中は村を襲っている。故に我々は村人達の救出を行い、その後彼等と共に脱出する段取りだ」
「今は救出のための時間稼ぎの時間という事か」
「村人達の救出は我々の役目だ。君達は時間が来るまで安全な場所で自分達の身を守ってるんだ」
恐らく彼もまた救出に赴くのだろう。そう言ってオスワルドが去っていく。
そんな彼を刀弥達はただ黙って見送るのだった。