五章二話「革命軍」(7)
「いや、でかしたぞ。レビル」
王との会談が終わり退室した後、二人は司令官の私室で酒を飲んで語り合っていた。
「いえいえ、私がしたことなどほんの僅かなことです。どちらかといえば王としっかりと相対したあなたのほうがお手柄ですよ」
「いやいや、貴様がいたおかげで王を傀儡にすることができたのだ」
上機嫌で酒を飲み干す司令官。そうして彼は新たに酒を継ぎ足す。
「これでこの国は私のものだ。貴様には礼をせんとな」
「……でしたら、ほしいものがあるのですがよろしいでしょうか?」
と、そこでレビルがそんな事を言ってきた。
「ああ、なんでもいいぞ。何が望みだ? 金か? それとも権利か?」
機嫌のいい司令官は笑みを浮かべながらそう答える。
それを聞いたレビルはニヤリと唇を歪めると、静かにしかしはっきりとした声で次のような要求を述べた。
「いえ、貴方様の命です」
「……………………は?」
いきなり何を言われたのか理解できなかった司令官。しかし、その意味は次の瞬間理解することができた。もっともその頃には時既に遅しであったのだが……
酒を入れた杯を落とし突然崩れ落ちる司令官の体。よく見るとその体にはあるべきはずのものがなかった。
そして体が床の上に横たわると同時に何かが上から落ちてくる。
落ちてきたそれは鈍い音を立てて床の上を軽くバウンドすると、すぐに転がり始めた。そうしてやがてそれはレビルの足元でピタッと止まる。
そんなそれを見下ろすレビル。その顔は禍々しいくらい愉快そうな顔だった。
「いやはや、ありがとうございました。おかげでこちらは次の試験に移行することができます。本当、あなたさまさまですよ。では、お疲れ様でした。永久の休みをゆっくりと満喫くださいませ」
そう言ってレビルは己の足を持ち上げる。細めた瞳の先にはあるのは己の足元の転がってきたそれ。
後はもう実行に移すだけだ。
そうしてレビルは己の足を振り下ろし、それを全力で踏みつけたのだった。
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「いや~。見事な悪役っぷりだったよ」
一人と一体の死体しかないはずの部屋に陽気な声が響き渡る。
その声にレビルは部屋の一角へと視線を向けた。
「ルードさん」
「いやはや、呼ばれて登場ってね」
すると、そんな返事と共に一人の少年、ルード・ネリマオットと二体のゴーレムが姿を現した。一体は彼の傍に控え、もう一体は司令官が座っていた椅子の背後に槍を振りかぶった状態で立っている。
「いやいや、ルードさんこそ見事な手際で。姿を隠していたとはいえ、ここまで誰にも気付かれずにいられたことには正直、驚嘆いたします」
そう言って軽い拍手を送るレビル。それにルードは笑みを見せることで応えた。
「それほどでも~……それで、これはどうすればいいのかな?」
チラッとそれに視線を向けたルードがレビルに後始末の段取りを尋ねる。
「とりあえずここの後片付けをお願いします。これに関しては回収して襲撃のどさくさに紛れて放り込んでおきますので」
「なるほど、襲撃に同行し、けれども攻撃を受けて戦死という流れか。本当、酷い人だね~」
「そんなに褒めないでくださいよ」
ルードの言葉に照れるレビル。
「ともかくずここは了解したよ。一応、協力者だしね」
「ありがとうございます。いや~、あなたような方が協力してくださって本当に助かります」
「気にしない気にしない。僕も面白そうだから協力しているわけだしね」
そうしてルードはパチンと指を鳴らした。すると、それを合図にゴーレム達が後片付けをやり始める。
滞りなく進む後片付け。それを認めレビルはルードにこう告げる。
「それでは私は調査の準備を彼らにお願いしてきます。いやはや、こういう時この役職は辛いなと思ってしまいますね」
「なら、さっきの王様みたいに操っちゃえばいいのに」
そんな彼の言葉にルードはそう反論を返した。これにレビルは困ったような顔で応える。
「残念ながら、私のアーティファクトは一人しか操れないのですよ。しかも相手の精神が一時でもこの力を凌駕してしまえばすぐに解けてしまうという欠点まで付いています」
「ふ~ん、そうなんだ」
「なので、基本的には精神的に弱った人にしか使わないんですよ。先程の王様は革命軍のことで頭を悩ませていたようですね。かなり簡単に操ることができました」
口の端を歪めそんな事を口にするレビル。そんな彼にルードは口笛を吹くことで応じた。
「あははは、なるほどね~」
「では、私はこれにて……」
軽く頭を下げ、レビルは扉へと向かう。
そうしてレビルは部屋を後にしたのだった。
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レビルを見送った後、ルードは部屋を見渡す。
室内には最早彼以外、生きている人間の姿はない。先程まで床に転がっていたものも既にゴーレムが姿を隠して運びだしてしまっていた。
部屋はすっかり元通りだ。その事にルードは満足気に頷く。
「さて、これからどんな面白いことが待ってるのかな」
そのことを考えると自然と心が浮き立つルード。
彼がレグイレムと出会ったのはただの偶然だった。
ただなんとなしにとある隠れ家にちょっかいを出したら、なんとその隠れ家の関係者――つまり、レビルの事――に協力しないかと誘われたのだ。
大まかな概要を聞き興味を持ったルードは二つ返事で即答。そうして今に至るのであった。
ルードには善悪はない。彼が持つ判断基準は面白いかどうか、ただそれのみだ。
故にルードは悪人を嫌わない。レビルに対する感想もただ面白いことをやろうとしている人物というそれだけの感想なのだ。
今、彼の心を占めているのはレビルから聞いた計画。普通に考えればなんとも狂った計画だ。
しかし、ルードはそうは思わない。むしろ、大胆な内容に素直に感心してしまったくらいだった。
「登場人物達は集い、準備は整った。後は始まりの音を待つだけか」
その始まりの音もここから遠く離れた村より時期に奏でられるだろう。それを想像するだけで思わずルードはニヤけてしまう。
と、ここでルードはあることに気が付いた。
「あ、しまった。折角だから僕の人形。何体か貸してあげればよかったな……」
失敗したなという言葉が頭の中に生まれる。
レビルの様子から見て戦力的は十分に足りているのだろう。そういう要請は一度たりともなかったのでそれは間違いない。
ただそういう理由とは別に自身の駒を貸すという事は自身の一部がその舞台に参加しているという事で、それはつまり自身が舞台に参加しているのと同義だとルードは考えている。
なので、その始まりの舞台に参加する機会を逃してしまったのは少しばかりルードにとっては残念なことであった。
しかし、沈み込んでいたのは数秒だけ。やがて、立ち直ると彼はすぐさま窓の方を眺める。
窓から見えるのはどこまでも澄んだ青い空と白い雲、そして人々が生きる街並みだ。
「……確か予定じゃ明日だっけ。そうだな~。折角だし待ってる間街を散歩でもするか」
誰に聞かせるわけでもなく紡がれた言葉。その直後、彼は指を鳴らす音と共に姿を消した。
部屋にはもはや何の痕跡も残っていない。落ちた杯も終わりを迎えた者の姿も、そして誰かがいた跡さえも……
時計は進む。いつも通りに。けれども、崩壊への小さな異音を鳴らしながら……
二話終了
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