五章二話「革命軍」(6)
一際大きな音が玉座の間に響き渡る。響き渡る怒気の音にその場にいた家臣達は思わず目を瞑ってしまう。
そうしてしばらく待つこと少し。やがて、家臣達は目を開けると音を鳴らした主へとその視線を戻した。
視線の先では家臣達の主が怒りに震えていた。
調度の整った椅子の上、顔を真っ赤にしている彼は目の前で頭を垂れている兵士に向かって怒声を投げつける。
「一体、貴様達は何をしている!! どれだけ待たせれば革命軍を潰せるのだ!!」
怒りの内容は未だに革命軍を殲滅できないこと。彼らが行動を開始してそれなりに時間が経つのに未だ決定的な勝利を手に入れていない。その事に対する苛立ちが募り、それが遂に今日爆発したのだ。
「申し訳ございません。我々も全力で革命軍を探っているのですが、何分向こうはこちらの手口を把握しているようでして……」
頭を垂れているのは王国軍を束ねている司令官。彼はこれでもかと言うくらい頭を下げて王の怒りを削ごうとしていた。
しかし当然、その程度の事で王の怒りが収まるはずがない。
「それは散々聞いた!! だったら、その全力を傾けて探った成果を今ここで聞かせてもらおうではないか」
「それは……」
この返答に司令官は言葉を詰まらせてしまう。実際のところ、以前報告した時からそれ程進展があった訳ではないのだ。報告できるようなものは何一つありはしない。けれども、それを言ってしまえば王の怒りは益々酷くなってしまうのは目に見えている。
どん詰まりの状況。だが、そんな状況であっても司令官の内心には余裕があった。なにせ今回に限っては打開策を用意していたからだ。
「確かに我々は革命軍に対し常に後手に回っています。ですが、我々も無策という訳ではございません。本日はこの状況を打開するために新たな手を用意した事を報告に参りました」
そう言って司令官は立ち上がり背後へと視線を向ける。そして、扉の前に立つ兵士に向かって入らせろと命令を送った。
この命令に兵士は構わないのかとばかりに己の主へ視線で問う。そんな彼の問いに王は大きく頷くことで応じた。
許可を得た兵士はすぐさま扉を開きそこに立っていた者を玉座の間へと入らせる。
入ってきたのは一人の男だった。黒色の丁寧な衣装を纏っており、笑みを浮かべながら司令官の隣へと歩いてくる。手足が長く背丈は高いようだがいかせん細身のせいか、いささか頼りなく感じてしまう。
「彼は?」
王もそう感じたらしい。不審な人物を見るような目つきで男を眺めながらそう問うてきた。
そんな反応を予想していた司令官は次のように返事を返す。
「『レグイレム』という組織の者です。この組織は武器を主に扱っているところなのですが、それ以外にも組織内で育成した兵を貸し出す商売をやっておるのです」
「……わかりやすく傭兵といえばいいものを……」
その飾った言葉に王は呆れ返ってしまったらしい。溜息混じりにそんな言葉を返してきた。
そんな王に司令官は笑い声をこぼす。
「まあ、ここでその名は避けるべきかと思いまして……」
笑みを見せたまま司令官は答える。そうしてから彼は隣に座った男に視線で合図を送った。
合図を受けた男は王に向けて口を開く。
「お初にお目にかかります。私は『レグイレム』の交渉役を承っていますレビル・レネゲートという者です。どうぞ、よろしくお願いします」
「……前置きはいい。それよりも新たな手というのが具体的にどういう策なのかを教えて貰いたいのだがね」
目を細めてレビルの名乗った男を睨む王。その鋭い目つきといきなり漂い始めた冷たい気配に玉座の間にいた家臣達は震えだしてしまう。
しかし、司令官もレビルもそれに対して怯える様子はない。むしろ、そんな王の反応を心の中で楽しげに見つめていた。
「その前に現状確認の方をよろしいでしょうか? 現在、軍は革命軍の要所の一つがエリビスにあるのは推測しています。しかし、どこにあるのかまでは掴みきれていない」
「そうだな」
事実だからだろう。素直に王が同意する。その反応にレベルと名乗った男は口の端を歪め笑みを浮かべた。
「ならば、代わりに我々がその村を調べましょう。隅々まで探っていれば入り口か手掛かりくらいは見つかるでしょう。あるいは向こうからやってくるかもしれません」
「……正気か?」
レビルの言葉の意味を正確に把握した王が尋ねる。さすがの彼もその調べ方には嫌悪の感情を得てしまったようだ。
けれども、レビルはさらに笑みを強くし王の問いに対して頷きを返す。
「正気でございますよ。何を迷う必要がございますか。普通に考えれば村の人間も協力者、つまりあなたにしてみれば裏切り者です。何を遠慮する必要がありましょうか」
「だが……」
それでも王は迷った様子を見せた。そこにレビルが新たな提案をする。
「なら、今回の調査。我々が勝手にやったことにしましょう。都合の良さそうな村を見つけた傭兵の暴走。その知らせで軍の皆さんがやってくる。それならば王に非難が来ることはないでしょう」
「ふざけているのか!!」
気楽な声で出された提案に怒りを返す王。彼にしてみれば当然の反応だろう。自国の民の窮地を知りながらあえて自ら見逃しその一方で何食わぬ顔で救出に向かう。普通の者なら良心の呵責を感じてしまってもおかしくはない。
民衆からいろいろと言われている王ではあるが、彼自身は王の責務を彼なりに理解している。レビルの提案は簡単に頷けるものではないのだ。
「そもそも革命軍を殲滅するためとはいえ、嫌疑の掛かっているだけの民を犠牲にするなど言語道断だ!! 貴様も貴様だ。何故、このような如何わしい人物を紹介した!!」
当然、王の怒りはその事を知っているはずの司令官へと移る。この反応も司令官としては想像の範囲内だ。
予定通りの流れに内申ほくそ笑みながら司令官は王に向かってこう告げる。
「王よ。以前、あなたはこう申しました。『全力をあげて革命軍を殲滅せよ』と……」
「た、確かに申したが……それが何だ?」
司令官の言葉にどこか余裕を感じたのだろう。少し警戒するような声色で王が尋ね返してきた。
そんな王の反応に愉快さを感じながら司令官は言葉を続ける。
「その言葉の通り、私は全力、それも手段を選ばずにその要求を叶える方法を探したのです。なのに、そのような言葉を向けられるとは心外です」
悲しそうな声でそう告げる司令官。しかし当然というべきか、そんな感情、心の中では微塵も感じていない。
王の方もそれは薄々察してはいるのだろう。しかし、先程の詭弁にうまい反論が思いつかなかったのか答えに窮していた。
「しかし、王はこの手段が好みでないご様子。困りましたな。レビル、他に何か手はないか?」
「そうですね~…………仕方ありません。この手でいきましょう」
と、レビルが返答した瞬間だった。
突然、王が一瞬ピクリと震えた。けれど、家臣達は誰も気付かない。
その事にレビルは頬を緩め、言葉を続ける。
「もう一度、王に誠意を持ってお願いしてみましょう。こちらの誠意が伝われば王も頷くはずです」
「おお、そうだな。では、王。先程の提案。ご一考してもらえないでしょうか?」
レビルの提案に司令官は再び王に向かって頼み込む。
多くの家臣達はもう一度お願いした所で……と思っただろう。しかし――
「わかった。お前に任せよう」
王はあっさりと頷いた。これには家臣達も驚愕してしまう。
「ありがとうございます」
王の返事にそう礼を言って頭を下げる司令官。
こうして王と司令官の話は終わったのだった。