五章二話「革命軍」(3)
時間は少し遡る……
ネレスを追いかけていたリアは村の中央に立っていた。彼女を見失ったためだ。
彼女は辺りを見回しネレスの姿を探す。しかし、残念ながら彼女の姿を見つける事はできなかった。
「どこいっちゃったんだろう」
心配そうな表情でそんな事をリアは呟く。
周囲に姿は見えないが、恐らくそう遠くに行っていないはずだ。とりあえずリアは適当な出入り口に向かうことにした。
出入り口に辿り着くと彼女は村の外を見回す。そして姿が見えないことを確認すると、今度は反対側の出入り口へと向かい同じ事を繰り返した。
その結果、ネレスが村の外に出ていないことを確認する。と、なれば後は村内だけだ。恐らく建物の影に隠れているのだろう。
そう当たりをつけると、すぐにリアは村内の捜索を始めた。
細い路地、裏手、茂み、そういった見えづらい場所を重点的に探すリア。すると、ほどなくしてネレスの姿を見つけた。
彼女は建物の影で泣いていた。その細い指で瞳から溢れ出す涙を拭うネレス。そんな彼女の元へリアは近づいていく。
「……大丈夫?」
逃げ出さにかと心配しつつ恐る恐るといった様子で声をかけるリア。
「え? あ、すみません」
しかし、それは杞憂だった。リアの存在に気付いたネレスはそう謝ると、手を止め彼女の方へと向き直る。そこに逃げ出す素振りは微塵もなかった。
それでひと安心したリアは肩の力を抜く。これならゆっくり話ができると判断したためだ。
「それで少しは落ち着いた?」
「あ、はい。すみません。逃げ出してしまって……」
先程の醜態を思い出したのか、赤くして頭下げるネレス。どうやら頭が冷えたようだ。
その事に安堵しつつリアは彼女の隣に並ぶ。
「……昔は本当に優しい人だったんです」
と、そこにネレスの一言が耳に入った。
「え?」
「誰かが私にお見舞いの品を持ってきてはお礼を言い時にお返しを送ったり、困っている人を見つけると助けに行ったり。私もそんな兄が大好きでした。なのに……」
そう言ってネレスは顔を俯かせる。よく見るとその目には涙が溢れかけていた。
そんな彼女を見てリアは彼女の背後に回るとその両肩を軽く叩く。
「ほら、涙を拭いて。それが終わったら戻って確かめよ」
「確かめる……ですか?」
何をという風に疑問の顔を作るネレス。その疑問顔にリアはこう答えた。
「忘れた? 出会った時に言ったでしょ。『直接会ってその理由を一緒に確かめよ』って」
「あ」
それでネレスは思い出したようだ。出会ったすぐに交わしたその会話を。
「思い出した? なら、戻ろうか。たぶん、刀弥もあの建物の中で待ってるだろうし……」
「あ、そうですね」
今更ながらに彼一人を置いてきた形となったことに気が付くネレス。
そうしてリアは恐らく心の内で申し訳ない気持ちが一杯であろう彼女を連れ刀弥達の待つ建物へと戻るのであった。
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しばらくしてリアとネレスが帰ってきた。
どうやら時間を置いたおかげで落ち着くことができたようだ。すっきりした表情のネレスの姿がそこにはあった。
そんな彼女を見て刀弥はほっとし、続いてオスワルドの方を見る。
「ネレス……」
オスワルドはというと複雑そうな面持ちでネレスを見つめていた。と、ネレスがオスワルドの視線に気が付き彼の方へと視線を合わせる。
「兄さん……あの……」
そうして何かを言おうとするネレス。けれども、言い淀んでしまいなかなか言葉が続かない。
本人的にはかなり大事な内容なのだろう。その瞳はかなり真剣味を帯びており、その中に強い意志を感じることができる。
やがて四苦八苦すること少し程、ようやくネレスは本題を口にだすことができた。
「教えてください。なんで革命軍なんかに入ったのかその理由を……」
この内容にオスワルドは来たかとばかりに身構える。本人としてもこの問いが来ることを予想していたのだろう。
「…………」
迷っている様子を見せているオスワルド。そんな彼をネレスは静かに見つめる。
そうして幾ばくかの時が経った頃、ようやくオスワルドは己の動機を話し始めた。
「いつか……お前に良くなった故郷の姿を見せたかったからだ」
その内容にネレスは瞳を大きくする。
「今、この国は歪んでしまっている。富める者を努力した者と優遇し、貧しい者は努力をしなかった者だと放っておく。確かに最初に成り上がった者はそうかもしれない」
そう言って同意を示すオスワルド。けれども、その言葉とは裏腹に瞳には怒りの炎が灯っていた。
そしてその瞳の通り、次の瞬間には怒りの叫びが響き渡る。
「しかし、その次の代は何の努力もせずにただその富を引き継いだだけだ!! しかも、事もあろうにその特権を持っていることがまるで当たり前かのように平然と行使する。王はこの矛盾を認めようともしない。これではこの国に未来はない!! あるのは支配する者とされる者に二分された地獄だけだ」
無念そうな声で嘆くオスワルドに刀弥とリアはなんとも言えない表情でその話を聞いている事しかできない。何を言ったところで所詮自分達はよそ者。当事者ではないのだから……
故に彼の言葉に返答を返せるのはネレスただ一人。
彼女はというと辛そうな面持ちでオスワルドの話を聞き入っていた。けれども、オスワルドの話が終わると同時に彼女は口を開く。
「兄さんが言いたいことはなんとなくわかります。私自身も今の場所にきてようやくそれがわかりましたから……」
静かに告げられたその言葉。彼女の言葉に刀弥やリア、オスワルドはもちろんその場にいた他の男達もただ黙って耳を傾けていた。
「ですけど、だからといって平穏に生きたいと望む人達を兄さん達の望みに巻き込むのは間違っていると思います」
声は徐々に悲しみが宿っていき、それが増すごとにその瞳には涙が溜まっていく
「自分がいいなら他人がどうなっても構わない。そんな考えでは誰も支持なんてしません。それがわからない兄さんじゃないでしょ?」
溢れ出しそうな涙。しかし、その間にもネレスの言葉は続いていた。
「ですから、もうあんな事はやめて昔のような優しい兄さんに戻ってください」
そうして彼女が己の願いを口にした時、遂に瞳に溜まっていた涙が溢れだした。
「ネレス……」
オスワルドはそれ以上、紡ぐ言葉が見つからないのかただネレスの名前を呟くだけだ。
なんとも言えない重苦しい静寂が周囲に漂う。と、そんな中、その静寂をぶち破る声が発せられた。
「確かに他者を苦しめていい訳がない。その点では同意しよう。ただし、それは『普通』の場合だ」
声の主はここにはいない者の声。聞こえてくるのは部屋の奥から。自然皆の視線はそちらへと向く。
「だが、我々は急ぎ国を変えねばならない。何故なら、時間が掛かれば掛かるほどそれ以上の犠牲者が国によって生み出されるからだ。そのためならば多少の犠牲と非難は覚悟の上だ」
声の主の姿はまだ見えない。だというのに部屋の奥からは圧倒的な威圧感を感じることができる。その圧倒的差は先程までの雰囲気を完全に払拭するほどだ。
「か弱き幼子よ。君はその心のままでいたまえ。我々を恨んでくれても構わない。その恨みを我々は甘んじて受け入れよう。だが、我々は止まるつもりは微塵もない」
やがて、部屋の奥から一人の男が姿を見せた。その後ろには先程まで仲間と固まっていた男が付いてきている。
いかつい顔に黒鳶色の髪の毛。瞳は深緑色をしており、それが室内を見回している。
体には兵士達が付けていた鎧よりも遥かに頑丈そうな黒い鎧を身に着けていた。
間違いなく大将だ。直感的に刀弥はそう理解する。
「はじめましてと言うべきか。私の名はグレリム・ギレスト。理解していると思うが、この革命軍のリーダーだ」
そうして革命軍のリーダーは室内に入ると同時にそう言って己を名乗りだしたのだった。