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無限の世界  作者: 蒼風
一章「渡人」
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一章一話「無限の世界へ」(1)

 声を掛けられ少年は振り返る。

 青色の瞳が見つめる先には一人の少女が立っていた。

 腰まで真っ直ぐ伸びた赤銅色(しゃくどういろ)の髪が印象的で、それが風になびいて揺れていた。ぱっちりと見開かれた瞳には瑠璃色(るりいろ)が宿っており、顔立ちも綺麗に整っている。

 間違いなく美少女と呼ばれる類の人物だ。

 周囲に立ち並ぶ木々が風の音と共にざわめいている。

 少年は彼女をじっと見つめていた。

 彼女も少年をじっと見つめていた。

 何故、少年は彼女と出会ったのか。

 物語は少し前まで遡る……



      ――――――――――――****―――――――――――



 乾いた音が剣道場内に響いた。


 艶のある床、陽の光を取り込む窓、それらの情景の真ん中で二人の人間が竹刀をぶつけあっていた。


 一人は白のシャツと黒のズボンを着た短い黒髪の少年だった。まっすぐ相手を見据えた青い瞳がとても印象的だ。

 もう一人は少女。青い瞳や黒髪、そして顔立ちといった部分は少年と共通しているが、背中まで伸びたその髪が彼との違いを如実に示している。服装は白の服と黒のロングスカート。


 少年の名前は風野刀弥(かざの とうや)、少女のほうは風野紋乃(あやの)。年齢は刀弥が一四歳で紋乃が一三歳。

 両者は剣道場の中央で竹刀を斬り結んで押し合っていた。


 互いに押し合っているため、ぶつかり合っている竹刀はどちらも小刻みに震えている。

 けれども、やはりというべきか。徐々にだが刀弥のほうが押し始めていた。


 己の不利を悟った紋乃はすぐさま後ろへと下がり、右足を前に竹刀を左へと引いた構えを作る。


――この構えは……


 紋乃の構えを見て刀弥がそう思った直後、彼女は右足で床を強く踏み、飛ぶような勢いで刀弥に(せま)ってきた。と同時に左へと引いていた竹刀を思いっきり振り抜いてくる。


 風野流剣術『疾風(しっぷう)


 地を強く蹴って相手の(かたわ)らを通り過ぎる瞬間、速度を乗せた一撃を放つ剣技だ。


 これに対して刀弥は防御を選択。

 竹刀がぶつかり合い、その衝撃が竹刀を通じて刀弥の腕にも伝わってくる。

 その勢いに体が下がりそうになるが、それでもなんとか刀弥は踏み止まった。


 疾風を防がれた紋乃は通り抜けることができず、その動きが止まってしまう。

 すかさず刀弥は突きを放ち、反撃に移る。


 紋乃は身を傾けることで突きを逃れ、そのまま距離をとろうと後ろへ飛んだ。


 しかし、逃がさないとばかりに刀弥が彼女を追いかける。

 追いついた直後に縦の一閃(いっせん)。その流れの早さに紋乃は思わず目を見開く。


 完全に意表を突いた攻撃。にも関わらず、紋乃は何とかこれを受け止めることに成功した。


――いい反応だ。


 竹刀を結びあわせながら、刀弥はそんな称賛を頭の中で漏らす。


 かつての彼女は、この手の意表を突いた攻撃に反応できず敗北するというパターンを何度も繰り返していた。

 だが、今回は見事に止めてみせた。実力が伸びている証拠だ。

 それを嬉しく思いながら、刀弥は次の行動を始める。


 竹刀を結びあわせているため、今、彼女の注意は上へと向いている。

 故に彼は下、右足による足元を狙った蹴りを見舞った。


 別に竹刀以外を使うのは卑怯(ひきょう)ではない。これは剣道の試合ではないし、ルールも定めていない。予想外の動きに対応できなければ、それは相手の想定が甘いだけの話だ。


 予想通り、上に警戒を集中していた彼女はそれ故に気付くのが遅れ、足元を崩される。

 体勢を崩していく紋乃。そこを狙って、刀弥は再び竹刀を振り下ろす。


 バランスを崩した状態で攻撃を受け止めるのは難しい。

 けれども、紋乃は左手で傾いた己の身を支えると、右手だけの竹刀でこの攻撃を受け止める。

 刀弥の攻撃の重さに彼女の竹刀が若干押されるが、それでも彼女は何とかこの攻撃を防ぎきってみせた。

 そして、その直後に反撃の足蹴りを繰り出す。


 それを後ろへと飛んで避ける刀弥。だが、それは相手も想定済み。刀弥が後ろに飛んだのを見計らって紋乃が起き上がる。


 そうして今度は紋乃のほうから攻めてきた。

 刀弥に近づき右から左、斜めに振り上げる剣戟を仕掛けてくる。

 それを竹刀で防ごうと竹刀を右側へと運ぶ刀弥。

 けれども、刀弥の竹刀に紋乃の竹刀がぶつかることはなかった。


 彼女が攻撃を止め、新たな構えを作ったからだ。


――さっきの攻撃は囮か。


 仕掛けると見せかけ、こちらの防御姿勢をとらせたところで本命で空いた部分を攻める。いい攻撃方法だ。


 新たな構えは右腕だけで持った竹刀を腰のバネを使って後ろへ回し引き絞るという、弓矢を連想させる構えだった。

 そして、踏み込みと同時に矢のような刺突(しとつ)を放ってくる。


 風野流剣術『一突(いっとつ)


 踏み込みの速度と腰のバネを使った突きの剣技。

 狙いは竹刀から離れた左肩。防御は間に合わない。


 瞬間の判断で回避を選択。反時計回りに身を回すことで一突(いっとつ)から逃れる。だが、躱すだけで刀弥は終わらせるつもりはない。


 身を回した体を利用して、横の一閃を紋乃に目掛け放つ。

 技を放っている最中の彼女は避けることも防ぐこともできない。


 そのまま、剣道場内に快音が響き渡った。



      ――――――――――――****―――――――――――



「はぁ、負けました」


 溜息と共に紋乃は敗北の言葉を口にした。その顔には残念という感情がありありと浮かんでいる。


「技に頼りすぎだ。技は強力だがその分、癖が強い。使いどころを間違うと最後のようなことになるぞ」


 それを聞いて彼女は表情をしかめた。


「それは……わかってるんですけど……」


 自覚はあるが、中々直せない。刀弥にも覚えがあることだ。


「まあ、しっかり直せ」


 そう励まして刀弥は紋乃の肩に右手を置いた。と、ここで先程の戦いの途中で抱いた感想を思い出す。


「あ、それと……途中、追撃の一撃を防いだところ。あれはいい反応だったと思うぞ」


 それを聞いた途端、それまで沈んだ面持ちだった彼女が一転して嬉しそうな表情に変わった。


「本当ですか?」

「ああ、今までだったら食らってたしな」


 その表情のまま詰め寄る彼女に押されつつも、刀弥は素直に肯定する。

 すると、褒められた彼女はますます上機嫌になっていく。


「全く……」


 その反応に呆れる刀弥だが、その面差しはどこか微笑んでいるようにも見えた。


 そんなときだ。

 剣道場の入り口が開き、そこから一人の女性が顔を覗かせた。


 紋乃によく似た容貌(ようぼう)に、どこか落ち着いた感じの雰囲気。顔立ちだけ見れば若く、初めての人が見れば二人の姉だと思ってしまうだろう。

 だが、こう見えて二児の母親なのだ。


「母さん。どうしたんだ?」


 自分の母親、風野智子(ともこ)の姿を認めた刀弥が用件を問い掛ける。


「昼御飯ができたから呼びに来たのよ」


 智子の返答に二人が時計を見ると確かに時間は正午を指している。どうやらかなりの間、熱中していたようだ。


「わかった。すぐ帰るから母さんは戻ってていいよ」

「わかったわ」


 刀弥がそう返事をすると智子は満足した表情を浮かべ、家へと戻っていった。


 二人の家は剣道場の右隣にある。そのため気軽に行き交うことができるのだ。


「それじゃあ戻るか」

「はい」


 そうして二人は竹刀を壁に立て掛けると、昼御飯を食べに家へと戻るのだった。


 風野家の家は日本家屋で上から見た場合、L字型の形になっている。横線部分の一番右側が玄関で右上の空きは庭になる。白の壁と黒い瓦の屋根の家で縦線の内側部分が廊下という構造だ。


「「ただいま」」


 玄関に上がった二人は帰宅の挨拶を述べると、靴を脱ぎそのまま居間へと向かう。


 居間へと向かう途中、美味しそうな匂いが漂ってきた。そのことに気が付き、二人は少し顔を綻ばせる。


 居間に入ってみると、既に昼御飯はテーブルに綺麗に並べられていた。どうやらメニューはご飯と野菜と肉の炒め物らしい。


「戻ってきたか」


 料理に気を取られていると、そんな声が聞こえてくる。声の主は、先に席に着いていた二人の父親だった。


 風野源治(げんじ)。どこか厳格そうな雰囲気はあるが、これでも理解のある父親だ。あまり顔立ちが二人とは似てないが、それは二人とも母親似のせいである。


 風野家は源治と智子、刀弥、紋乃の四人家族だ。源治の仕事は以前は警察官だったが、今は辞めて剣道の道場を開いている。それ以外は割と普通の上手くいっている家庭だ。


「剣術の訓練をしていたそうだな」

「ああ、紋乃とな」


 席に着きながら刀弥がそう答えると、同じく席に着いた彼女が首肯する。


 風野家は代々祖先から続く剣術を伝承してきた。当然、刀弥たちにもそれは求められている。ただし、剣術さえ伝承し続けるのなら後は何をしていても――当然、犯罪以外なら――問題ないので剣道場を継ぐ必要はない。


「そうか。それで紋乃の剣術はどうだった?」


 剣術の訓練は主に源治が二人の指導をしているが、時折、今日のように刀弥が紋乃の指南(しなん)をするときがある。

 紋乃は刀弥のほうが親切だと言うが、本人からすれば教えるほうはまだまだだと思っている。


「技に頼ろうとするところはまだ直ってないけど、実力は間違いなく上がってると思う」


 尋ねられた刀弥は、思ったままの評価を口にした。

 その評価内容に思わず紋乃が頬を緩める。


「なるほど」


 源治はそう呟き、当の本人にその視線を移した。視線が自分に向いたことに気が付いた紋乃は、慌てて表情を元に戻す。


 そこに丁度、智子がやってくる。

 彼女が席に座ると、四人はいただきますと言って昼御飯を食べ始めた。


「午後はどうするつもりだ?」


 昼御飯を食べていると、源治がそんなことを尋ねてきた。


「ちょっと、本を買いに外に出るつもりだけど」


 少し迷った後、刀弥はそんな返答を返す。


「それなら、私も行きたいところがあるので一緒に行きましょう」


 すると、それを聞いていた紋乃がそんなことを言いだしてきた。


「ああ、いいぞ……」

「じゃあ、出掛けるときになったら言ってください」

「……本屋ってことは駅前まで行くのかしら?」


 そうして二人で話していると突然、智子が話に入ってくる。


「そうだけど……何か買い物?」


 駅前には智子がよく利用しているスーパーがある。刀弥もそのことは知っていたので、そう予想したのだ。


「ええ、メモを渡すからついでに買ってきて」

「わかった」


 何でもないという様子で刀弥が頷く。


「それじゃあ、お願いね。あ、お金は返ってきてからでいいかしら?」

「ああ」


 まだ財布に余裕があることを思い出しながら、頭を縦に振る。

 そうしてこの話は終了し、皆食事に専念するのだった。


 やがて、昼御飯が終わり、皆が自分の食器を流し台へ運んでいく。そうやって食事が終わると、それぞれが思い思いの時間を過ごすのであった。


 刀弥はというと食後の運動代わりにと、庭で素振り(すぶり)の練習をしているところだった。


 庭と言っても土と雑草しかないので、それほど綺麗な庭とは言えない。しかし、広さは十分にあるので素振り(すぶり)のような練習をするにはもってこいだ。


 そんな場所で刀弥は一心不乱に竹刀を振っていた。竹刀が振られる度に風を斬る音が庭に鳴り響く。


 メトロノームのようなそのリズムを聞きながら、ただひたすらに竹刀を振る刀弥。彼はそれを続けながら、竹刀を振る己の感覚に意識を沈めていく。


 ほどなくして、彼は己の体の動き以外の全てを感じなくなった。


 目に見えるものは黒。音もなく匂いもない。唯一感じるものは竹刀を振る己の感覚のみ。


 そんな世界で彼は己の体の動きについて分析を始めるのだった。


 客観的に見て、刀弥の素振り(すぶり)は十分速い。普通の人なら、まず反応することもできないだろう。

 しかしながら、刀弥は己の動きに満足していなかった。


 無駄な部分に力が入っている。体全体の連動が悪い。もっと必要な部分から力を引き出さないといけない。

 それが彼の感想だった。


 無駄な部分に力が入っていると、それが邪魔になって挙動が鈍り、結果、威力と速度の低下に繋がってしまう。

 故にそれを改善することで、速度と威力の無駄な損失を減らそうというわけだ。


 一方、体全体の連動はある動作の際に体の一部分だけを使うのではなく、体全体を同時に使ったり、次々と体の各部分を使っていく動作のことを言う。

 これによって、体の負荷の分散や同時使用による動作速度の向上、各部分を次々と使っていくことによる力の損失の低下といった効果を得ることができるのだ。


 どちらも僅かな変化だが、何事も積み重ねが大事。やっていく意味は十分にある。

 だが、いずれも直していくのは中々難しい。こういうのは既に体が癖として覚えこんでしまっているためだ。

 そのため、これを直す方法は基本的に理想の動きを何度も繰り返して、新たに体を覚えこませるしか方法がない。


 まず刀弥は体の細部の一つ一つに意識を回して、ゆっくりと体を動かしていく。

 意識を向けるのは腕だけではない。背中や腰、足もまた同じだ。


 そうして意識が体の各部に向いたのを確認すると、今度は体の動きを理想的な動作へと体の動きを修正していく。

 動き出しの力の入れ方、腕と足を動かすタイミング、腕と肩との連動。思いつく限りの部分を彼は修正していった。


 後はこの動きを繰り返し覚えこませるだけだ。

 しかし、そこで邪魔が入った。


 突然、竹刀の叩く音と痛み、体が傾くのを刀弥が感じたからだ。それが原因で彼の意識が現実に帰ってくる。


 痛みのするところをさすりながら背後を見ると、音の主が笑顔で彼の視線を出迎えた。


「油断大敵です」

「……何か用か?」


 せっかくいい感じに気分が乗ってきたところで邪魔をされたので、刀弥の顔は不機嫌だ。

 鋭い目付きで紋乃を睨む。


「えっと……そのもう二時頃ですけど、鍛錬(たんれん)に集中して出掛けるのを忘れていませんでしたか?」


 想定外の反応に紋乃は戸惑いつつも、なんとかそれだけは言い返した。


「え?」


 彼女に言われて慌てて携帯で時間を確認してみると、確かに彼女の言う通り時間は二時を少し過ぎている。

 どうやら素振りに熱中しすぎてたらしい。


「やはり、また剣に熱中していたようですね」


 微笑を浮かべそう言ってくる紋乃に、刀弥は少しだけ顔を赤くする。


「みたいだな。それじゃあ出掛けるからお前も準備してこい」

「はい」


 嬉しそうな声で返事をする紋乃。

 それを聞いて刀弥も己の準備を済ますために自分の部屋へと戻ることにするのだった。

07/05

 見直してみたら文章に違和感を抱き少し修正。

 内容を変えず文章表現だけ変えただけのつもりです。

 ついでに年齢が間違っていることに気付きこちらも修正。

07/24

 できる限り同一表現を省こうと修正。


12/13

 Web向けに改行で文に間隔を空けました。

 ついでに文の一部を修正。


12/18

 指摘された箇所を修正。

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ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
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