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コミュ障なせいで婚約破棄された悪役令嬢 遊び人キャラに愛されています  作者: 冬野月子


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第2章 4

 俺は親不孝な息子だと、自分でもつくづく思う。


 由緒ある公爵家の一人息子でありながら、家には寄り付かず街のテラスハウスで一人暮らしをしている。

 貴族の社交場にはあまり出ず、平民が行くような盛り場などで遊び、そこで出会った女性と束の間の恋愛を楽しむ。


(いや……楽しんではいないな)


 その時は良くても、誰もいない部屋に一人戻った時の虚しさは消えない。

 かといって深入りするような相手を作る気にはなれず、違う相手を探してしまう。


 そんな生活を続けていた俺に父親から手紙が届き、久しぶりに家へ帰った。


「アゲイト。お前の結婚相手にいい令嬢がいる」


 俺の顔を見るなり父親は言った。


「結婚相手? 誰ですか」


「ベリル・セルリアン嬢だ。侯爵家の長女で今年学園を卒業する」


「セルリアン侯爵家……」


 聞き覚えのある名前に記憶を手繰る。たしかそこの長女って……。


「第一王子の婚約者だったはずですが」


「ああ。最近婚約を解消したんだ」


「どうして」


「内気すぎる性格で人見知りが激しく、妃になるのは不向きと判断されたそうだ」


「――そういうのは婚約する前に分かるのでは?」


 妃に求められるのは家柄や容姿、そして社交力だ。

 内気な性格なんてのは生まれつきのものだから、婚約前から向いていないと分かるだろうに。


「婚約は第一王子の強い意向だったそうだ。二年間以上お妃教育を受けたが改善しなかったのだろう」


「そうですか」


 それは、令嬢にとっても不幸だったろう。


 婚約解消はめったなことでは起きない。

 互いの家の利害関係に問題が起きた時か、本人に問題があった時で、後者の場合は経歴に傷がつく。

 まして相手が王子だったのだ、さぞ今後の縁談は厳しくなるだろう。


(――ああ、それで俺か)


 遊び人だと社交界で噂される俺に、まともな貴族なら娘を嫁がせたいとは思わない。

 だが傷がついた、いい縁談が望まれない令嬢ならば受け入れるかもしれないと。


(本当に不幸な令嬢だ)


 王子に婚約破棄されて、俺なんかの相手にさせられようとして。


「――先方と話はしているのですか」


「先日侯爵とサロンで会った時に話した。向こうも乗り気だったよ」


(乗り気ねえ)


 家柄だけ見れば何の問題もない。

 相手探しが難しい中、親からすればとても良い話だろうが、当人はどう思っているだろう。


「卒業したら一度令嬢と会ってくれ。それまでに女性関係は綺麗にしておけよ」


「――分かりました」


 別に今は、特定の相手もいないから綺麗にする必要もないが。


 正直、面倒臭かった。

 令嬢と会うのも結婚するのも。


 (けどまあ、たまには親孝行しないとな)


 会うだけ会って、俺みたいな遊び人はお嬢様には相応しくないとか理由をつけて断ればいいだろう。

 そう思いながらやってきた先方との顔合わせの日。


 初めて会ったベリル・セルリアンはとても美しい少女だった。


「……よろしくお願いいたします」


 かすかに震えた声で挨拶をするその姿はぎこちなく、緊張しているのが見て取れる。

 確かに人前が苦手みたいなようだ。


「これは美しいお嬢さんですね。なあアゲイト」


 父親が俺を見た。


「そうですね……」


 確かに美人だが、俺が今まで関わってきた女たちとは明らかに毛色が違う。


 街の女にはない上品な雰囲気。

 白い肌も水色の長い髪も、とても艶やかで、丹念に手入れされているのが分かる。

 ただ一つ、気になるのは宝石のように青く綺麗な瞳に怯えた色が見えることだ。


「私には勿体無いくらい素敵なお嬢さんだと思います」


 そう、平民に近い生活を送る俺とは釣り合わないだろう。


「アゲイト。我々は話があるからベリル嬢を庭園に案内してあげなさい」


「――はい」


 庭園は幾つかあるが、今の時期ならばあそこだろう。


(あまり行きたくはないが……仕方ないか)


 俺はまだ緊張しているベリル嬢へと歩み寄った。


「行きましょうベリル嬢。異国から取り寄せた花が見頃なんです」


「……ありがとうございます」


 差し出された腕にベリル嬢が恐る恐る手を添えた。


(人見知りっていうのは本当なんだな)


 軽く触れるだけの手からもベリル嬢の緊張は伝わってくる。

 それでも彼女は何とか俺と会話をしようとしていた。


 俺のろくでもないエピソードも何とかいい方向に解釈しようとする。

 マイナスポイントといえば気が弱く、自分に自信がないことだろうか。


(真面目で優しい子なんだな)


 本当に、俺なんかにはもったいない。

 一度婚約破棄されたとはいえ、彼女ならばいい縁談は他にもあるだろうに。


 結婚するからには相手を幸せにしないとならないだろう。


(でも俺は……俺なんかが誰かを幸せにすることなんて、出来るのか?)


 庭園の入り口に近づくと、目の前を花びらがよぎっていく。


「散り始めたな」


 俺は足を止めた。


 サクラは我が家の庭園で一番希少な木だ。

 先代の当主、俺の祖父が外交で親しくなった遠方の国から、友好の証として苗木を贈られた。

 何本かは枯れてしまったが、この木は毎年満開の花を咲かせている。


「桜!?」


 木のことを説明しようとすると、ベリル嬢が駆け出した。

 ドレスの裾が大きく揺れる。

 ずっと緊張で強張っていた顔が――まるで花が咲くように、ふわっと柔らかくなった。


 俺はこのサクラが嫌いだった。

 幼い時は好きだったが、ある時から綺麗だと思えなくなった。


(だが……綺麗だ)


 目の前で幸せそうにサクラを見上げる少女に薄紅色の花びらが落ちていく。

 その景色はとても美しかった。


 うっとりとサクラを見上げていたベリル嬢がはっとした顔で俺を振り返った。


「す、すみません……」


(ああ、もう少し見ていたかったな)


 ベリル嬢へ歩み寄る。


「……その、ずっと見たかった花が咲いていたので……」


「そういう顔も出来るんだね」


 さっきのサクラを見つめていた顔は、今の不安そうな顔よりもずっと自然で美しくて。

 もっと見ていたい、そう思った。


「このサクラを知っていたんだ」


 ベリル嬢の傍へ立つと俺もサクラを見上げた。


「は、はい……。本で見た挿絵がとても綺麗で……見たいと思っていて……」


 ここまで花に覆われる木は、この国では珍しいという。

 ベリル嬢が見惚れるのも当然だろう。


「このサクラは死んだ母が好きだった。花が散るのを何時間も眺めていたのを覚えているよ」


 あの人を見た、最後の記憶だ。

 日が暮れて見えなくなっても、ずっとサクラを見つめていた。

 ――隣にいた俺には目もくれずに。


(……ベリル嬢は、俺に気づいたな)


 ふと思い、比較することではないとすぐ思い直す。


(あの人がおかしかっただけだ。この花ばかりを……)


 その時、ベリル嬢が何か聞きなれない言葉を呟いた。


「え?」


 聞き返すと、ベリル嬢はサクラをみつめながらそれは遠い国の詩だと言った。


「『もしもこの世に桜がなかったなら春は心穏やかに暮らせるのに』という意味の詩で。ずっと昔から、この桜は人の心を狂わせるほど美しいんです」


(人の心を狂わせる……)


 あの人も、狂っていたのだろうか。


 桜が咲くのを待ち望み、蕾が膨らんだだけで喜んでいた。

 あの人がサクラを見つめる顔は嫌いだったが、サクラを見上げるベリル嬢はとても美しかった。


(このまま一枚の絵に閉じ込めてしまいたいくらいだ)


 そんな事を思った自分に驚いていると、ベリル嬢が俺を見た。


「すみません! 長々と……」


「いや」


 慌てて謝罪するその姿は、さっきまでの緊張していた時よりも素が出ているのか可愛らしい。


(もっと見て見たいな)


 彼女の色々な表情を。


「面白い話をありがとう」


「いえ……」


「話のお礼に、そうだな。俺のおすすめの店に今度一緒に食事に行こう」


 ベリル嬢にそう言うと、青い瞳が大きく見開かれた。

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