第7話 選ばない自由
市場通りは朝から忙しかった。
香草の匂いと金属音が混じり、
人の流れが絶えない。
剣を背負う者だけが働く時代ではない。
この街には、冒険に出ない仕事が増えていた。
ノアは木箱を積みながら、帳簿に印をつけていた。
商人の補佐として、取引の連絡、在庫の管理、
遠征情報の整理を請け負っている。
剣も鎧も持たないが、暮らしは安定していた。
通りかかったルナが足を止める。
「遠征、行かないの?」
ノアは顔を上げ、あっさり答えた。
「行かないよ」
「どうして?」
「危ないし」
「割に合わない」
言い訳ではなかった。
事実を並べただけだった。
「今は、ここで働けば食べていける」
「命を賭けなくても、生きられる」
ルナは黙り込む。
二人は補給所の方を見た。
灯柱は今日も淡く光っている。
「昔は、行くしかなかったんだって」
ルナが言う。
ノアは肩をすくめる。
「選択肢がなかっただけ」
「今は違う」
「選べるようになった」
「危険を取らない自由も、進歩だと思う」
通りを、冒険者の一団が通り過ぎる。
浅い遠征帰りだ。
傷は少なく、装備は軽い。
ノアはその背中を見て言った。
「深部に行く人、減ったよね」
ルナはうなずく。
「減ってる」
「支えが減るのは分かってる」
ノアは続けた。
「でも、それを個人に押し付けるのは違うと思う」
「命を賭ける役を、義務にする社会はおかしい」
ルナは静かに答えた。
「正しいと思う」
「でも、それで灯は減る」
ノアは迷わず頷いた。
「分かってる」
「だからこれは、個人の問題じゃない」
「仕組みの問題」
その言葉が、ルナの胸に重く残った。
補給所の地下では、灯が脈打っている。
だが支える側は、確実に減っていた。
誰も逃げていない。
誰も壊していない。
ただ、より安全で合理的な選択が増えただけだった。




