第10話 静かに進む日常
会議は結論のないまま終わった。
怒鳴り声も、決裂もなかった。
ただ、人々は席を立ち、それぞれの日常へ戻っていった。
翌朝の補給所は、いつもと変わらない。
回復薬の棚は整い、灯柱は淡く光っている。
誰の目にも不足は見えない。
だがエリスは石板を開く。
下降線は今日も続いていた。
一日たりとも止まっていない。
ルナが隣に立つ。
「もう“戻るかもしれない”って言う人、いなくなったね」
エリスは頷く。
「減るのが普通になった」
階段の上から足音が聞こえる。
浅い遠征へ向かう冒険者たち。
軽い装備。
軽い核。
市場通りではノアが帳簿を閉じて働いている。
冒険に出ない若者は、今日も増えている。
酒場ではラグスが笑っている。
「無理しない方が得だ」
壁の刻名を、バルドがしばらく見つめている。
自分たちの名前が輝いている。
だがその下は、空白が多い。
誰も逃げていない。
誰も壊していない。
皆、昨日と同じ選択をしているだけだった。
地下で、水晶炉が静かに脈打つ。
灯柱は確実に低くなっている。
一滴、水が石に落ちる音が響く。
また一滴。
エリスはその音に耳を澄ます。
それは、未来が削れる音だった。
一本の灯が、ほんのわずか沈んだ。
誰も触れていない。
誰も命令していない。
時間だけが選択を続けている。
ルナが小さく言った。
「選ばないって……こういうことなんだね」
エリスは石板を閉じる。
そこには続く下降線。
静かな光の中で、彼女は呟く。
「……何を守ればよかったんだろうね」
「そして、何を削るべきだったんだろう」
灯は、また一段、低くなった。




