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深海で、私は匂いに導かれた

作者: とも
掲載日:2026/01/17

気がつくと、私は花畑の縁に立っていた。

一歩踏み出せば、そのまま飲み込まれてしまいそうなほど、光は果てしなく広がっていた。

深海にこれほどの広がりがあることを、私は知らなかったはずなのに、なぜか息を呑むことも、声を上げることもできなかった。

ただ、視界いっぱいに続く光の群れを、黙って見ていた。


ほとんどの花は、同じ形をしていた。

細長い花弁が幾重にも重なり、中心から外へ向かって静かに開いている。

大きさにばらつきはあったが、輪郭や構造は驚くほど均一で、発する光の質も似通っていた。

淡い光が幾層にも重なり合い、遠目にはひとつの巨大な塊のように見える。


しばらく見ているうちに、私はある事実に気づいた。

同じだと思っていた花の中に、わずかに違うものが混じっている。


色の濃淡。

光の揺らぎ。

近づいたときに感じる、言葉にできない匂いの差。


違いは小さく、はっきりと指させるほどではない。それでも、私はそれを「違う」と認識していた。

なぜ、そう分かるのかは分からなかった。

それがいつの記憶に由来する感覚なのかも、思い出せなかった。


同じだと思ったものが、同じではなかった。

それだけのことなのに、胸の奥がざわついた。

私はずっと、同じものの中に身を置いてきた気がする。

同じであることが、安全であると、どこかで信じていたのかもしれない。


花畑の奥に、少しだけ間隔が空いた場所があった。

群生の密度が、そこでふっと緩んでいる。

同じ形の花は続いているのに、配置だけが意図的に乱されたように、間隔を空けて並んでいた。


さらにその先に、ぽつんと一輪だけ、他とは距離を取って咲いている花があった。

周囲の光を拒むでもなく、溶け合うでもなく、ただそこに留まっているように見える。


それは、目立つ色ではなかった。

光も弱く、派手さはない。

それなのに、その花の周囲だけ、深海の闇がわずかに濃く見えた。

色は沈んでいるのではなく、奥へと沈み込んでいるようで、視線を向けるほどに深さを増していく。

名前を探そうとした瞬間、言葉が途中でほどけた。

その色は、呼ばれることを拒んでいた。


視線を逸らそうとした瞬間、意識だけがそこに縫い留められた。

群生の中にいる方が、きっと安全だ。そう分かっているのに、意識は外れた一輪に静かに引き寄せられていった。


近づけば、何かが変わる気がした。それは出来事というより、在り方そのものが書き換えられる予感に近い。

良いか悪いかという判断は、その先でしか意味を持たない。

変わるのは、状況ではなく、私自身なのかもしれないと、なぜか思えた。


私は、しばらくその場に立ち尽くしたまま、動けずにいた。

それでも、引き戻そうとする理性が先に擦り切れ、耐えきれずに一歩を踏み出していた。

群生の光を背に、気づけば距離は、確かに縮まり始めていた。


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