どうぞご自由に〜結末は、もう決まっておりますわぁ〜
見切り発車で書いたので、ちょっと自分でも何書いたか分かんないです
「マリナ・イーヴィル! 貴様との婚約を破棄する! そしてこのフール男爵令嬢コレットを我が婚約者とする!」
学園の学期末パーティーでのことだった。
楽しそうに踊っていた学生達も、音楽を奏でていた楽師たちも、思わずと言ったように動きを止める。
この場の誰もが、この騒動の行方を固唾を呑んで見守っていた。
なにせ、この国の王太子が公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたのだから。
「婚約破棄は構いませんが…アラン王太子殿下。あなたの後ろ盾は我がイーヴィル公爵家ですわぁ。我が家が後ろ盾で無くなったら王太子では無くなると思いますが…よろしくて?」
マリナはまったく動じていなかった。
いつものようにおっとりと、頰に手を当てて小首を傾げる。
亜麻色の髪が小さく揺れた。
「む、そうなのか? ではイーヴィル公爵家は我が後ろ盾のまま、貴様とは婚約破棄だ。良いな!」
あまりに横暴だ、と聞いている方は思ったが。
マリナは笑顔のまま、分かりましたわぁ、と快諾した。
「では王太子殿下、フール男爵令嬢、末長くお幸せに。お二人の婚約を祝福いたしますわ」
にこにこ笑うマリナと、喜びを分かち合うコレットとアラン。
しかしそれとは対照的に、会場の空気はお通夜のようだった。
そんな空気を振り払うように、マリナがパンパンと手を叩く。
「皆様、お騒がせしてしまいましたわぁ。どうぞ、この後もパーティーをお楽しみくださいませ」
おずおずと、各々談笑し始める生徒達。
それを見守るマリナは、相変わらずにこにこと笑っていた。
◇◇◇◇◇
「やってくれたね、マリナ嬢」
マリナがバルコニーでくつろいでいた時。
一人の男子生徒がやって来た。
彼は、アランに良く似た顔立ちに暗い影を落としている。
「まあ。ご機嫌よう、エリック第一王子殿下。どうかされましたの?」
「言わなくても分かるだろう? 愚弟のことだよ。後ろ盾の件、考え直さないかい? イーヴィル公爵家にメリットはないだろう」
「うふふ。一度みな様の前で言った言葉は覆せませんわぁ」
「ははは、だろうね。この国ももう終わりだな、亡命しようかな…」
最後の言葉を、マリナは聞かなかったことにした。
エリックはふっと会場の方を見る。
「…どうやら私以外にも君と話したい人がいるようだ。私はこれで失礼するよ」
エリックが立ち去った後、やって来たのはコレットだった。
「ご機嫌よう、フール男爵令嬢」
「ご機嫌よう、マリナ様。あの、私あなたに謝りたくて…」
青色の大きな瞳を潤ませて、こちらを見上げてくるコレット。
「婚約破棄のことですの? 別に謝る必要はありませんわぁ」
「いえ、でも、いくら愛し合っていたとはいえ、マリナ様の婚約者を奪ってしまったので。ごめんなさい…」
コレットはしおらしく謝った。
が、次の瞬間醜悪に笑った。
「なーんてね!どお?自分のもの取られた気持ち。悔しい? 悲しい? …ね、あんたも転生者なんでしょ? なんとか言いなさいよ」
「うふふ、別に悔しくも悲しくもありませんわぁ。そうですわね、強いて言うなら可哀想…かしら?」
「は? なに、悲劇のヒロインぶってるの? 振られちゃった私可哀想って? キモいんだけど」
「いえいえ、そうではなく…。頭の足りない蛆虫が束の間の幸せに喜んでいるのが、滑稽で愉快で可哀想なだけですわぁ」
「……は?」
コレットの思考は停止した。
ここ十数年優しい人に囲まれて来たコレットは、にこにこした顔から突然吐き出された毒を認識できなかったのだ。
数秒経って再起動した頭が、ようやく言葉を紡ぎ出す。
「はあ!? あんたバカじゃないの? なに、振られた衝撃で頭おかしくなった? はは、笑える。ざまあみろっての。」
「いいえ?」
マリナは相変わらずのにこにこ笑顔で続ける。
「現在、我がイーヴィル公爵家は王家よりも強い力を握っておりますわぁ。それこそ、我が家の後押しさえあれば、無能な第二王子が立太子されるほどに」
「アランは無能じゃないわよ! 原作でも、将来有望な王太子だったんだから!」
「本来は有能だったのでしょうね。ですが、わたくし達という異分子が入っている以上、原作通りには行きませんわぁ」
「いや、でも! 乙女ゲーム内でも大事な部分がそんなに変わるはずないでしょう?」
「ここは現実ですので、いくらでも変わる…いいえ、変えられますわぁ。いつからアランとわたくしが婚約していたかご存知? 4歳のときからですわぁ」
とっても簡単に洗脳出来ました、と言って笑うマリナ。
コレットは、とんでもないモノを敵に回してしまったのでは無いかと今更ながら恐怖を覚えた。
もう遅いのだが。
「ですが、そんなに悲観する必要はありませんわぁ。むしろ、あなた達は原作より幸せになれると思いますの。原作の通りにハッピーエンドを迎えたとしても、高位貴族達からの嫌がらせに心をすり減らすだけですもの」
「そんなことないわ、私は侯爵家の養子になったし高位貴族のマナーだって完璧だもの!」
「うふふ、貴族が大切にするのは血ですわぁ。半分平民のあなたは、一部の貴族からはさながら家畜のように見えているはず。いくら身分が高くても、家畜が上に立つのは嫌でしょう? そう言う事ですわぁ」
「そんなこと…っ」
コレットは黙り込む。
ここは日本では無いし、ゲームでも無い。
独自の価値観を持つ一つの世界だ。
「本来ならばあの無能を傀儡の王にするつもりだったのですが、ああも反抗的なら別の者にしようかしらぁ。替えはいくらでも居るのですし」
ぽろっとマリナが溢した言葉に、コレットは青褪めた。
この性悪が穏便な挿げ替え方をするはずが無いので。
下手したら命に関わると気付いたのだ。
「…あんたも転生者なんでしょ? 元日本人なんでしょ? なんで人の命をそんなに軽く扱えるのよ!」
負け惜しみのように、言い放つコレット。
マリナはコテンと首を傾けた。
「…前の世界では、人の命を大切にするのが是とされて来ましたが、この世界では人の命はとても軽いですわぁ。わたくしはそれに従っているだけ」
何の含みもなくそう答えたマリナに、コレットは今度こそ言葉を失った。
「…まあ、せいぜい頑張ってくださいませ。お飾りとしての仕事を、ね」
コレットの顔を覗き込みながら醜悪に笑ってそう告げ、踵を返してバルコニーを後にする。
ざっと、生徒たちが別れて出口までの道ができた。
基本的には誰もが、イーヴィル公爵家に逆らってはいけないと知っているのだ。
そして、それは王家も例外では無いことも。
マリナは悠々とその道を通って会場を後にする。
人気の無い廊下を歩きながら、ふっと独り言をこぼす。
「クーデターでも起こしても良いわねぇ」
楽しそうだわ、と呟いて、そのまま馬車に乗り込んだ。
独り言は夜の闇に溶けて消えた。
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