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最終話 出会い、そして……

 アレクは二人の弟と共に密猟団の賊の頭を追い詰めていた。賊は地面に跪きローブを羽織った男を視界に捉えた。

「なあ、螺旋式よ。俺が隠している宝をくれてやる。悪い話じゃないだろ? 俺を今ここで殺せば、もう隠した宝の場所を知るものは誰もいないんだ。よく考えろよ?」賊の頭は額に脂汗を滲ませながら、どうやって生き延びようかと必死に拙い頭を回転させていた。

「安心しろ。お前は殺さず衛兵に引き渡す。お前も知っての通りリーマの兵には賄賂も通じず、その尋問の厳しさも大陸屈指だ。その宝の在処も隠し通せるといいな」

 螺旋式と呼ばれたその男は、冷酷な瞳で賊を見下ろしていた。

「あの役立たずどもめッ」怒りに震え涎を撒き散らしながら叫び、拳を地面に叩き下ろした。

「その役立たずってのは誰のことだ」横から声を上げた十二歳の少年は、末弟のハルだった。

「誰が役立たずかって? お前みたいな餓鬼にも勝てない雑魚共のことに決まってんだろ」下品に笑って見せた。

「あいつらはお前を逃すために、果敢に俺たちに挑んできたのに、お前は自分のことばかりか!」ハルは仲間を大切にしない奴が最も嫌いだった。それに比べたら自分の命を投げ打ってでも仲間を助けようとする者は、いくら賊であっても嫌いにはなれなった。環境が違えばこいつらだって……。そう同情してやる心優しい少年だった。

「あんなのはただの駒だよ、捨て駒。俺のために犠牲になるのは当然だ」仲間を嘲笑った。「クズのくせに最後まで足を引っ張りやがって」

 ハルが賊をブン殴ってやろうと拳を振り上げた。しかしその腕を矢庭に螺旋式のレオンが掴んだ。

「レオン兄ぃ」なんで止めるんだ。振り返ったその眼は、そう物語っていた。

「あんな屑を殴ってハルがその手を汚し、穢す必要はない。ハルのその手は人々を、仲間を救うためにあるんだろう?」しっかり見据え、兄としての矜持を果たしていた。

「分かったよ」ハルが頷くと、レオンもゆっくり頷いて手を離した。

「お前らあのクズ共をしっかり“処理”してきたのか? あんなのが生きてたってなんの意味もないんだからな」餓鬼を怒らせ平静を失わせてその隙に、と考え、矢継ぎ早に言い放った。

 ハルは賊を睨みつけた。

「ハル、分かっているね。その手は」

「じゃあ、脚だぁ!」振り返り、賊の顎を蹴り上げた。

 賊の上体は驚くほど綺麗に仰け反り、折れた前歯が飛び散り、鮮やかな鮮血が宙を舞い、長兄らしく黙って側で見守っていたアレクは驚きのあまり言葉を失い、しかしレオンは大口を開け、腹を抱えて笑っていた。





 そんな手紙を読むことが、ミラ唯一の楽しみだった。まめなアレクの手紙は月に一回届いた。今ではその手紙の数は十を軽く超えていた。

「また手紙届いたの? ちょっと見せてよ」ミラの家に遊びにきていたレイは興味深そうに、読み終えテーブルに置いた手紙に手を伸ばした。

「見せるわけないだろ」手紙をすぐに魔法金庫にしまい込んだ。

「ケチ。いいじゃん減るわけじゃないんだし」

「擦り減るんだ。精神が。お前なんかに見られるとな」

「そういえば、アレクは結婚してないの? 女の名前とか、子供の名前とか手紙に出てこない?」

「余計な詮索をするな」

 平気でズケズケと土足で踏み込まれるのは慣れたものだったが、その話題に関してはミラも不安を抱えていた。アレクについて分かっていることといえば、三ヶ月ほど前に遂に自分のギルドを立ち上げたことと、彼が私財を投げ打って孤児院に支援していることくらいだった。それ以外は兄弟のことや、孤児たちに剣を教えているなど、日常のささやかな出来事が記されていた。

 時折、既に妻子がいて幸福な家庭を築いているのではないかと考える時があった。想像上の奥方はとても美しく、そして優しく気高い魂を持ってミラの眼前に姿を現すのだった。侮蔑し見下してくれたならどれだけ良かっただろうか、あろうことか彼女は、ミラに優しく手を差し伸べるのだった。それがあまりにも惨めで、涙を流す時があった。だか最近はその姿を見ることも殆ど無くなっていた。あの幻覚は魔力を体内に留める訓練の苦しさから見えていたのだろう。なぜならあの身内好き好き大好き男が、妻や子供いるとすれば、手紙に書かないわけがないのだから。

「聞いてみればいいじゃん」レイは呑気に笑った。

「ああ、そうだな」ミラはその言葉を聞き流した。

「でも、ずいぶん顔色が良くなってきたね。花嫁修業を始めた頃なんて亡者みたい顔をしてたし。情緒不安定でいきなり怒ったかと思えば泣き始めるし。もうミラが壊れちゃったのかと思ったよ」男に逢いに行くために始めた魔力断ちの修行なので、他の魔女からは花嫁修業と呼ばれて揶揄されていた。

「迷惑をかけたな」

「怖かったよ。アレクの手紙を一日中読んだと思ったら、次の日は獣みたいに唸り声を上げながら一日中返事を考えてたし。あ、これは今でもそうか」

 レイの冗談を受けても、ミラは取り乱すことも恥ずかしがることもなく、真面目な表情だった。

「……レイ、私は来週の馬車に乗って出るよ。今まで世話になったな。礼を言う」しみじみ言った。

「え、ホント? 皆に伝えなきゃ」立ち上がると颯爽と駆け出した。

 レイの変わらない姿勢にミラはつい笑ってしまった。そしてすぐにその噂は広がった。多くの魔女たちはミラが外の世界で上手くやっていけるわけが無いと話していた。中には直接ミラのもとにやってきて考えを改めるよう説得を試みる者もいた。男が欲しければ奴隷を買えばいいと、奴隷ならば裏切られる恐れもないと。

 その聞くに耐えない話を受け流し、ミラは準備を始めた。

 魔女にとって黒という色は特別な色だった。彼女たちの魔力は闇が由縁とされており、その魔力の色でもあった。

 彼女たちは一人前の魔女と認められると、漆黒のローブを自分のために作った。それは魔女にとっての誇りであり、何物にも代え難いのだった。

 彼女は深い紺色の生地でローブを作り始めた。これは彼女なりの人生の転換の想いであり、魔女として生きることへの決別でもあった。




 そして出発の朝、誰もミラを見送ろうとはしなかった。彼女は裏切り者の烙印を押され、ミラに対して監視魔法を使うことさえ禁止されていた。一般的な感覚から言えば理解はし難いが、魔女たちは監視魔法を使うことを、気の置けない相手に対してこっそり見守ってあげている。という感覚であり、気になる相手を覗き見ることを正当化する理由でもあった。アレクに対して監視魔法を使っていたのも、ミラの男であればそれは即ち集落の男、そんな理屈からだった。

 つまりこの、監視魔法を使われないミラにとっては清々しい事この上ない状況は、魔女の社会から完全に切り離されたことを意味する。


 お手製の紺色のローブを着て集落を出た。期待と不安を胸いっぱいにし、森を抜け山を進んだ。


「ミラー。またいつかー。がんばれよー」遠くでレイが手を振っていた。


 これに返事をしては拙いと思ったミラは振り返りもしなかった。彼女はまだ監視されているのだから。

 ただ、心の中でありったけの想いが溢れだし、もう、大丈夫だった。




 フードを深く被り、あまり嘘は付きたく無かったが、その地域では魔女との分断が酷かったため、旅の魔法薬師だと言い馬車に乗った。

「お嬢ちゃんは何処に向かうんだい?」

 相乗りの気のいい冒険者が尋ねた。

「リーマに新しいギルドができたのは知っているか? そこに」

「ああ、螺旋式のギルドだろ? お嬢ちゃんもファンなのかい。随分な二枚目らしいからな」

 勝手に弟のギルドにされているアレクが不憫ながらも面白く、つい笑ってしまった。

「いや、用があるのは兄の方だ」

「へえ、兄弟がいるのか、知らなかったな。ま、俺もいつか行くかもしれないから、その時はよろしくな」

「ああ」

 ミラはホッとした。この男は自身を恐れてはいなかった。それでもなお彼女は気を引き締め、馬車の外に視線を流した。

 馬の響く足音は、彼女を幸福へと連れゆくように思われた。






 慣れぬ移動に疲れ果てたミラだったが、その大都市には流石に度肝を抜かれた。見渡す限りの人の姿は、彼女には異常に思えた。この密度の中で人の営みが本当に保障されるのだろうか、と。

 ミラは同乗客に忠告された通り、最初に宿を取った。この都市で宿を取るには、大金を用いるか、ドブのような部屋で雑魚寝をするかの二択だった。しかしは、彼女はA級の冒険者であった。ギルドへと赴きライセンスを見せ「仕事で宿を探してる」そう言えば、提携先の宿屋を安価で利用することが出来た。

 ミラは最初、観光でもしようかと呑気に考えていたが、あまりの人混みに辟易としたので、宿屋のベッドに横になった。旅は折り返し地点を迎え、心地よい疲労感と、あと半分でアレクに会えるという嬉しさに包まれていた。しかしミラは、そんな時に不安を感じる性分であった。自身の人生がこんなにも上手く運ぶことがあるのだろうか、と。ふと、アレクの手紙を取り出した。今までもミラは辛いことや苦しいことがあるたびに、アレクの手紙を読んで自身を慰めていた。


 ミラの魔力の修行の方も順調に進んでいるようで嬉しいよ。俺は魔力を感じることが出来ないから、寝ているときに魔力を断つだなんて、どれだけ難しいのか見当すらつかないけど。情け無いが俺にできることは信じて待つことだけなんだ。

 でも、情け無いからって失望しないでくれよ。俺も遂に自分のギルドを作ったんだ。五人の専属の冒険者はハルの友達と、レオンに憧れて都市魔法学校の魔法使いが来てくれたんだ。

 審査の結果の封筒が届いたとき、五人で集まって封を切って結果を確認したんだけど、真っ先にミラのことが思い浮かんだ。ホッとしたよ。

 ミラの手紙を読むと、修行が上手くいっていることは心底嬉しかったんだけど、焦りもあってね。あんなに大口を叩いたのに、審査に落ちてギルドも出来ず、ミラの修行が先に終わってしまうってね。そんなことになったら、本当に失望されてしまうんじゃないかってね。分かっているよ、そんなことで失望したりするような人じゃないって。ただこれは、男の意地ってやつなんだ。胸を張って、ミラを迎えられるようにしたかったんだ。

 だから、ミラ、いつでも来てくれ。君にまた逢えることを、本当に楽しみにしているよ。


 ミラは自らを慰め、心地よい微睡みの中へ沈んでいった。

 そうだ、土産を買っていかなければ。ぼんやりとした頭で考えた時、空はもう暗かった。が、街はいまだに明るく、露店が立ち並び賑わっていた。

 ミラはローブを羽織り、夜の街に繰り出した。


「お姉さん、ちょっと話いいかな?」

 いい身なりをした若い男は尋ねた答えが返ってくる前に、飛竜の唐揚げ定食を食べているミラの前の席に座った。ミラは男など意に介さず、黙って唐揚げを食べ続けていた。親切な店主から女衒が現れることを聞いていたからだった。

「お金に困ってない、大丈夫? 金持ちの商人とか大地主とか、A級の冒険者とか紹介してあげられるんだけど興味ない?」その朗らかな表情は決して人身売買を行なっている者のそれでは無かった。

「他を当たってくれ。生憎、男にも金にも困ってない」

「この、舐めたアマが。いいから黙って着いてこいって言ってんだ」豹変して声を荒らげた。

「さっきA級の冒険者がどうとか言っていたが、実は私もそうなんだ」彼女は自身のライセンスを見せつけた。「確かこの辺りでの女衒行為は犯罪だったはずだが……」

 そうミラが微笑むと、男は急いで立ち上がり、走って人混みの中に逃げ込んだ。ある一定の冒険者には、犯罪者を現行犯で取り押さえる権利が与えられていた。

 周りの客たちはミラを見て、ヒソヒソと何かを喋っていた。自分が悪目立ちしていることに居た堪れなくなり、急いでご飯を食べた。

「すみません、お会計を」コップのお茶を飲み干して手を上げた。

「さっき出た人がね、面白いものを見せてもらった礼だって言って、一緒にお代支払っていったから。大丈夫」

「はぁ」私は全く大丈夫じゃないのだが。と、困惑しながら恥ずかしく、タダ飯を食らって店を出た。

 それから土産を買って宿屋へ帰った。







「だからなみんな、ほら、螺旋式って有名だろ? みんな螺旋式のギルドだと思ってやってくるわけ」陽気な親父はミラに問答無用といった感じで、リーマの地について一方的に喋っていた。

「兄貴のギルドなんだろ」それでもミラは悪い気はせず、地元の人間の話に時折突っ込んでみながら聞いていた。

「おお、よく知ってるな。そうなんだよ、いい男でなぁ。何か困った時は、あいつに相談しに行けば、まあ間違いない」

「そうだろうな」

「なんだい嬢ちゃん知り合いか?」

「まあね」

「そうかそうか、そりゃよかった。こんな別嬪な嬢ちゃんがかい。あいつ女っ気が全くないもんだから、男色の気があるんじゃないかってみんなに噂されてたんだよ」ガハハと笑った。

「案外そうかもしれないな」笑って見せた。

 やがてミラの表情は、安堵へと移り変わった。彼女をその感情へと導いたのは、男色家と勘違いされるほどの女っ気の無さだった。

 ミラは自身をアレクが待ち侘びているのではないかと思った。そうだとすれば、どれだけ彼女にとって喜ばしいことだろう。


「ほら、見えてきただろ、あれが孤児院だよ。仕事でどっかに行ってなければ、この時間帯は大体あそこにいるよ」

「そうか、ありがとう。行ってみるよ」

 ミラは途中で馬車を降り、孤児院に向かって歩き出した。ミラは足を止めて木陰に隠れた。なぜ隠れてしまったのかは自分でもわからなかったが、孤児院の前にアレクがいたのであった。

 アレクは二人の少年に木刀を持たせて素振りと足捌きの練習をさせていた。少年たちはまだ幼く十歳にも満たないように見えた。しかし剣を振るう表情は真剣そのもので、その二人からは年齢相当の幼さは感じられなかった。きっと孤児として、子供らしく振る舞える環境に無かったのだろう。

 二、三歳の坊やがよちよちと三人の元へ歩いてきた。アレクは危ないので少し離れたところで、その可愛らしい坊やの相手をしてやった。坊やは二人の少年の真似をして腕を振るっていた。アレクは落ちた木の枝をしっかりと握らせ、坊やの腕を動かして正しい剣の振り方を教えてやった。しかし坊やは我流にこそ道を見出し、枝を振り回してアレクを叩いた。

 叩かれたアレクは大袈裟に倒れてみせ、そうすると坊やは大笑い。アレクが起き上がっては叩き、また起き上がっては叩いた。アレクはふざけて威嚇するように起き上がると、坊やは枝をポイと投げ捨て、笑顔で走って逃げ出した。二人の少年も腕を止め、一緒に笑って眺めていた。その表情は年相応に可愛らしいものだった。

 幸福とはまさにこの光景のことだ。と、ミラは思った。

 ミラは自身が幸福になる未来をどうしても描くことはできなかった。あの完成された幸福の中に部外者の私が混ざってもいいのだろうか。そう逡巡した。

 ピシャンと音が響いたのは、ミラが自分の両頬を叩いたからだった。意を決して歩き出すと、小さな坊やはミラを見つけて駆け寄った。アレクもすぐに気が付いて「ミラッ!?」と声を荒らげて驚くと、坊やを追い越してミラへ走った。

「どうしてここに?」驚きの表情の中には嬉しさが見え隠れしていた。

「驚かせてやろうと思ってな」緊張した面持ちだった。

「本当に驚いたよ」

 驚いて声も出ないアレクに、驚かせたのに関わらず何も言わないミラだった。二人は恥ずかしそうに見つめ合っていた。

「だあこ」と、ようやくやってきた坊やは両腕を広げてミラに言った。

「抱っこって。美人が来るといつもこうなんだよ」呆れたように笑った。

「だあこ、だあこ」地団駄を踏んでいた。

「いいのか?」二人を交互に見た。

「ああ、甘えん坊なんだよ」

 ミラは屈んで坊やを優しく抱きしめて立ち上がった。

「よかったな。抱っこしてもらえて」

 アレクが坊やの頭を撫でるも、坊やは自分の指をしゃぶり素知らぬ顔。

 ミラは自分の腕の中でちょこんと大人しくしている小さな坊やがあまりに愛くるしく、初めて自身の中に母性というものを見出した。

「今日は丁度みんな揃ってるんだ。行こう。ミラのことを紹介するよ」

「ああ、よろしく頼む」


 二人は足並みを揃え、前を向いて歩き始めた。二人の行く末にどんな苦難があるか、どんな試練があるか、それは全くわからない。

 それでもよかった。ただ二人はありとあらゆる希望を胸に抱き、互いを信じて進んでいくだけだった。


ありがとうございました。ご要望があればいつか続きを書くかもしれません。その時はまたよろしくお願いします。

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