出会い5
アレクは宿のベッドに横たわり、ぼんやりと明日の予定を考えた。昼過ぎにミラに挨拶に行こうか。そう考えたところで、彼女が何処に住んでいるかを知らないことに気がついた。アレクは時々阿呆であった。いや、どうだろうか。彼の考えはとても運命的で、そして空想的であった。何故会えないと言えるのだろうか。人の意志は何事も超越し、何人たりともその行方を遮るなどは出来ない。つまりアレクは、俺が逢えると思えば絶対に逢えると、楽観的に考えていた。
ずた袋から詩集を取り出すと、エミーが書いた手紙が挟んであった。手紙が折れないように、詩集に挟んでいたのだった。彼女との微笑ましい会話を思い出した。
「大丈夫かな? 上手く書けてる」悩みながら首を傾げた。
「気持ちを込めて書いたならきっと伝わるよ」
「そうかな?」
「ああ、絶対大丈夫」
「じゃあお願いね。魔女のお姉ちゃんに絶対渡してね」
「任せろ。指切りだ」
「うん」と炭で汚れてしまった手の側面を向け、小指を差し出した。
二人は指切りをして、アレクはその大切な手紙みを詩集へと挟み込んだ。
「よお、アレク」
アレクがギルドの食堂で朝食を摂っていると、二人の男女の冒険者達が話しかけてきた。この二人はアレクが転移された初日から仲良くなった冒険者だった。
「ああ、おはよう」サラダを頬張りながら笑顔で迎えた。
「今日は空いてる? 割りの良い仕事があったんだけどさ」
二人はテーブルを挟んでアレクの前に座った。
「せっかく誘ってくれたのに悪いな。今日はちょっと用事があって」
「用事? それ聞いてもいい奴」
「別に構わないよ」そう言うとずた袋の中からエミーが書いた手紙を取り出した。
「手紙?」
「昨日飛竜の討伐に行ってきたんだけど」
「あッ、そうだ。魔女と行ってきたんでしょ大丈夫だった?」話を遮るように髪の短い女性の冒険者が口を挟んだ。
「ああ、全く平気だったよ」持っていたフォークで野菜を口へ運んだ。
二人の冒険者は顔を見合わせ、不可解そうな視線をアレクへと投げかけた。しばらく黙ってサラダを食べ続け、もう一度手紙を見て思い出したように語った。
「俺も最初は正直に言えば魔女を恐れていた、その魔女がミラって言うんだけど」と、昨日の出来事を話し、最後に手紙を二人に見せ、それを届けると意気込んだ。「そういえば、魔女がどこに住んでるかわかるか?」
二人は大変困惑して、その困惑は表情にまで表れていた。
「……何か騙されているんじゃないか?」そう言った男も性格が悪い訳ではなく、純粋にアレクを心配しての発言だった。
「相手は来いなんて言ってないんだぜ? それに俺をどうにかしようとしてたならいくらでもタイミングはあったはずだ。転移してきた時だってな」
「それはそうかも知れないけど」口篭った。
「大丈夫だからさ。何か知ってたら教えてくれないか?」
「……アレクが転移してきた山のどこかに集落があるとは噂されてるけど」女性は言った。
「そっか、ありがとう」
「でも本当に気をつけてね。そのミラって魔女が言ってたみたいに、やっぱり私たちを恨んでる魔女も多いはずだから。アレクは地元の人間じゃないからわからないと思うけど、この問題は本当に根深いの」
「ありがとう。大丈夫、気をつけるよ」
アレクは食事を済ませ準備をし、山の中へ向かった。ミラと初めて会った時のことを思い出していた。確かに彼女は“私の森”と言っていた。となると、あまりウロウロし過ぎると、他の魔女の敷地に入ってしまうかも知れない。そう考えたアレクは以前案内された道を歩き、再びあの川辺で火を起こすことにした。
「ねえ」と何処からか反響するように聞こえてきた。
アレクは周囲を見渡すと、くすくすとした笑い声が聞こえた。しかし、その声の主が何処にいるのか、皆目見当もつかなかった。
「ミラに会いに来たんだ」仕方なく、大きな声で言った。
突如目を開けてられないほどの突風がアレクを襲った。アレクは目を閉じ、腕を顔の前に翳してジッとした。風が止み顔を上げると、黒いワンピースを着た美しい女が立っていた。
「勝手に入ってすまない。俺はアレクって言うんだ。ミラのいる場所を教えてくれないか」
彼女は美しく短い黒髪の毛先を弄りながらニヤニヤとした表情で何も言わず、アレクをジッと見つめた。
「君はなんて言うんだい?」一向に喋ろうとうとしない魔女に向かって言った。
「んー? 何しに来たの?」
「ああ、ミラに手紙を渡しに来たんだ」
「それって恋文?」相変わらずニヤニヤしながら、男を品定めするように。
「いや違うよ。感謝状って言えば一番近いかな。昨日」
「昨日一緒に飛竜を討伐しに行ってきたんでしょ」知ってるよ。と言わんばかりだった。
「もしかして、ミラの友達?」
「うーん、あいつはなぁ」と言うと、アレクにも聞こえない小さな早口でボソボソと何かを喋っていた。
「なあ」と、アレクもボソボソ喋る魔女に痺れを切らして言った。
「その感謝状って見てもいい?」
「良い訳ないだろ」色んな意味で呆れていた。
「なんで?」
「なんでって。そりゃミラ宛の手紙だからだろ、見せて欲しければミラに聞くんだな」
「そんなに見られたくないことが書いてあるの?」上目遣いをし、なにか小馬鹿にするように。
「そういう話じゃないだろ。第一俺が書いた手紙じゃないし」
「そうなの?」と、驚き目を開いた。
「そうだよ。薬草を採ってきたお礼として、女の子が書いたんだ」
「へえー、あいつそんなことしてたんだ」毛先を触っていた指先は顎へと移動し、何かを考えている様子だった。
「なあ、ミラのところへ案内してくれないか?」
「えー、どうしよっかなぁ?」と、腰をくねらせながら妖艶にアレクの周りを歩いた。
「頼むよ」ふと気づいた時、アレクの足は全く動かなかった。
「じゃあ、私が渡しといてあげるよ」アレクの背後に回り込み、背中に凭れかかって言った。
「いや、直接渡したい」
「私が“魔女”だから信頼出来ない?」背伸びをしてアレクの耳元で囁き、首筋をなぞるように触れた。
「その女の子と約束したんだ。ちゃんとミラに渡してくるって……その約束はしっかり果たしたい」
アレクの背後からまたくすくすと聞こえた。
「どうしようっかなぁ。もう今ここでいっかなぁ、でもあいつ絶対めんどくさいしなぁ。ほんと、あぁーどうしよー。ま、いっか」
突如、男の足は動くようになった。魔女は男から離れて歩き始めた。アレクには彼女の感情や心理は全く不明だった。
「ついて来て、ミラに合わせてあげる」
「本当か? ありがとう」安心して表情を綻ばせた。
「ふーん、そんなカオするんだ」ニヤニヤと笑いながら不敵な表情でアレクを見やった。