出会い4
「後はギルドに報告して、その薬草は薬屋に持って行ってくれ」
「ミラは来ないのか? 飯でも食いに行こうよ」
「街の者は魔女を恐れているからな」強がっているが、その瞳は悲しげだった。
「大丈夫。みんな魔女について誤解しているだけだよ」手を差し伸べた。一緒に行けば大丈夫だと。
「いや、そういうことではないんだ」差し出されて手を振り払った。「我々に流れている魔力はあまりに異質で、それが人々を恐れさせる。そのために生まれた分断と戦争の歴史を、お前だって知らない訳ではないだろう?」
「まあな。魔力のことについてはよく分かんねえけど」
「異質という意味で言えば、アレク、お前も同じだ。お前の身体には殆ど、いや、全くと言っていいほど魔力が流れていない。だから、他人の魔力も感じることが出来ないのであろう。この恐るべき魔女の魔力も」
「魔法使いにはよく驚かれるよ」
「そりゃそうだろう。魔法使いにとっては天敵のような存在だ。魔力によって感知出来ないのだからな。そのネックレスも魔法使いに貰ったんじゃないか? 警戒してか過保護なのかは知らないが、魔力が込められてある」
「ああ、レオンに貰ったんだ」革の胸当ての中から取り出して、自慢げに見せびらかした。
「へえ、螺旋式か」
「ああ、弟なんだ」
「珍しいな。兄弟でそこまで魔力量に差が生まれるとは」
「血は繋がってないんだけどな」
「そういうことか」
アレクはその黒い鉱石のネックレスを革の胸当ての中に戻した。
「まあ、また今度挨拶に行くよ。馬車が出るまでちょっと時間があるんだ」
「いいや、来ない方がいい。お前の珍しい体質を他の魔女は放っておかないだろう」
「それは光栄だね」冗談めかして笑った。
「冗談を言っているのではない。人々が魔女を恐れて恨んでいるように、魔女もまた人々を恨んでいる。あまり軽い気持ちで魔女に近付くなよ」真剣そうな眼差しだった。
「ミラはどうなんだよ? 俺にはそんな風に見えないけどね」真剣な眼差しで見返した。
「私も同じさ。それに、今日のことならただの戯れだ」視線を逸らした。
「そうか」見透かしたように笑った。
「早く行け、薬屋が閉まるぞ」
「そうだな」男は踵を返し歩き始めた。「じゃ、またな」片手を上げた。
ミラは何も言わずにアレクの背中を見つめた。
「おお、立派な薬草じゃないか。今査定をするから少し待っててくれ」薬屋の店主は上機嫌に言った。
「ああ」
律儀なアレクはこの報酬もミラと分けなければ、と考えていた。その時扉が開き、鈴の音がカラカラと鳴った。
現れたのは小さな少女で、ひょっこりと扉から顔を覗かせると「ノールおじさん。お母さんの薬、まだ無い?」と、心配そうに尋ねた。
「おお、エミー。今このお兄ちゃんが薬草を採ってきてくれたんだ。すぐ作ってあげるから中で待ってなさい」
少女は嬉しいそうに小走りでアレクのもとに駆け寄った。
「薬草ありがとね」
「どういたしまして」
「飛竜がいたでしょ。大丈夫だったの?」
「ああ、魔女のお姉ちゃんがやっつけてくれたよ」
「やっぱりそうなんだ」少女は驚かずに言った。
「魔女と行ったのかい? あんたよく無事でいられたなぁ」と、驚いたのは店主の方であった。
「親切で聡明な人だったよ」
アレクは笑ったが、店主の視線は魔女に魂を抜かれたか。とでも言いたげだった。
「代金はこれでいいかい?」カウンターの上に銅貨を並べた。
「ああ、ありがとう」相場を知らないアレクは銅貨をポケットへしまった。
「エミー、奥で薬を作ってくるから大人しく待ってなさい」そう言い店主は店の奥へと引っ込んで行った。
するとエミーはアレクに小さく手招きし、アレクが顔を寄せると小さな声で語り始めた。
「私ね、この前に一人でこっそり薬草を取りに行ったの。薬が無いって言われたから」
「危ないじゃないか。飛竜がいたんだぞ」少し声が大きくなった。
エミーは人差し指を立てて静かにするように促した。
「ごめんなさい。でもお母さんが辛そうで」
「いや、大丈夫だよ。それで平気だったのかい?」困ったような優しい表情で。
「ううん、飛竜に会って食べられそうになっちゃったんだ。でもその時、凄くゾワゾワして恐ろしくって、冷や汗が止まらなくなったの。でもね、飛竜が恐ろしかったんじゃなくてね。それで後ろを振り向いたら、真っ黒のローブを羽織った女の人が居て、その人を見た途端に飛竜は飛び去って行ったんだ。でもね、私、その女の人が怖くって泣いちゃった。その人は街の方を指差して早く帰れって言ったから、言われた通り走って帰ってきたの……」最後にゆっくり俯いた。
「そっか。その時のことを今はどう思うの?」慰めるように優しく微笑んだ。
「ちゃんとお礼が言えたらよかったなって」顔を上げた。
アレクはそれを聞くや否や、袋の中から筆と紙を取り出した。
「じゃあ手紙を書きなよ。俺が届けてあげるから」
「うん!」とエミーは喜んで筆を持ち、紙に向かって一生懸命に向き合った。