出会い3
森の中に進んで行った二人は、作戦会議を兼ねた休息として適当な岩の上に腰を下ろした。
作戦と言ってもそんなに難しい話ではない、アレクが囮になりその間に、ミラが魔法で仕留めるという至って簡単なものだった。アレクは自分の成すべきことを把握すると黙って頷き、余計なことは言わなかった。それが彼の矜持であった。
ミラは革袋からパンを取り出してナイフで手際よく厚切りにし、アレクに差し出した。
「ああ、ありがとう」嬉しそうに受け取るとレーズンの入った甘いパンを口一杯に頬張った。
満足そうな男の表情を見、彼女も自身のためにパンを切った。
「ご馳走様」一足先に食べ終えたアレクは、ずた袋から水筒を取り出して水を飲み終え、最後の準備を始めた。
ずた袋の中の木箱を取り出すと、箱を開けギラギラと稲妻が駆ける鉱石を幾つか取り出してポケットに仕舞い、腰に下げた剣を抜き刃毀れが無いかを片目でじっと確認した。
「薄く濡れたようないい刃だ」感嘆の声が自然に漏れた。
その時ばかりはアレクも先程見せたような無邪気な喜び方ではなく、自信と誇りを表情に滲ませていた。
「よし」ミラもパンを食べ終えると、立ち上がり飛竜の討伐のために再び歩き始めた。「行こう」
「シッ」と唇の前に人差し指を立て、片手を広げアレクに止まるよう合図をした。ミラはアレクよりも早く魔力によって飛竜を探知した。
アレクもジッと気配を殺し立ち止まった。
「この先に奴がいる。私は先にあの崖に登り、準備ができたら合図をする。そしたら奴の相手を頼む」
「ああ、任せろ」
アレクが頷くと、ミラはローブのフードを深く被りアレクの背中を軽く叩いた。ミラは軽い足取りで森の中を駆け上がって行った。ミラは崖の上に立つと杖を掲げてアレクに合図を送った。
アレクは静かに歩き始め、自分よりも何倍もの大きさの飛竜の目の前に立った。飛竜は低い唸り声を上げ威嚇した。アレクは剣を抜き、再び飛竜に向かって歩き始めた。
飛竜は前脚を高く上げ、アレクに向かって叩き下ろした。アレクは焦りもせずにポケットから稲妻の鉱石をその場に落とし、身を翻して素早く駆けた。
振り下ろされた前脚はアレクを捉えることが出来ず、アレクの置いて行った稲妻の鉱石を叩き割り、眼前には雷が広がった。当然、小さな鉱石に込められた雷の魔法などでは、飛竜を傷つけることなど出来やしない。
それでも飛竜はその雷に驚き、そして怒った。平静さを失い、大きな咆哮を上げ、ちょこまかと駆けまわる男を消し炭にすることにもう躊躇は無かった。
飛竜は炎を吐き出してアレクを追い詰めた。そして今度は逃げられないように前脚を薙ぎ払うように素早く振るった。アレクは冷静に助走をつけて飛び越えると、飛竜の懐に潜り込んだ。
「硬いなッ」鱗の無い腹に力いっぱい剣を突き立てたが、飛竜は腹を魔力によって守り無傷だった。
飛竜は羽ばたいて空を飛ぶとその羽ばたきに魔力を込めて竜巻を作った。竜巻の直撃からはなんとか逃れたアレクも、地面に剣を刺してジッと掴まり耐えていた。飛竜の猛攻はそれに終らず、竜巻に炎を吐き出すと、竜巻は真っ赤に燃えた。それは地獄の光景だった。
徐々に近づいてくる熱気を受けながら飛竜を見上げ、アレクは笑った。その瞬間、漆黒の一閃が男の視界を駆け抜けた。それは飛竜の頭を貫き、遥か彼方へ消えて行った。
頭から血液噴出させる飛竜はモタモタとバランスを崩し、自ら作った炎の柱に墜落した。炎の柱はその衝撃で霧散した。
アレクは地面に刺していた剣を引き抜いて、崖の上を見上げた。
「流石、A級」畏怖という言葉が最も相応しいだろうか。
ミラは崖の上から飛び降りると魔法の力を使いフワリと着地した。
「よくやった」そう男の背中を叩いた。「恐れのないい動きだった」
あまりにミラが逞しく、アレクは力が抜けてフッと笑ってしまった。
「ほら、薬草を採って早く戻ろう」ミラは振り返って言った。
「薬草?」アレクはぼんやりと尋ねた。
「お前はそんなことも知らずに仕事を受けたのか? この先に流行病に効く薬草の群生地がある。この飛竜のせいで採取できていなかったんだ」
「でも、それこまでは仕事に含まれたないだろう?」
「せっかくここまで来たんだ。ついで採って帰ればいい。薬が無くて困ってる人も居るだろう」アレクに背を向けて歩き始めた。
「そうだな」アレクの表情は柔らかく、何処か心の奥底にあった魔女に対する偏見も、ミラの優しさによって打ち砕かれていた。
アレクは剣の先についた土を払い鞘に収め、小走りしでミラのもとに駆け寄った。