出会い2
「ちょっと伝達魔法をお願いしたいんだけど」アレクは自分のライセンスを差し出してギルドの受付嬢に言った。
「ええ、かしこまりました。どなたにお送りいたしましょうか?」彼女は受け取ったライセンスを机の上の水晶玉へと翳した。
「C級のレオンという魔法使いに。ライセンスにチームログがある」
「あの、螺旋式のレオンですか?」彼女は目を見開いて男を見上げた。
「ああ」と誇らしげに応えたのは、レオンがパーティのメンバーであり、弟であったからだ。
「ええ、では、なんとお伝えしましょうか?」冷静さを取り戻して言った。
「“無事”とだけ」端的過ぎる単語には理由があった。文字を思念に変換し伝達するこの魔法は、文字数が多くなるほど膨大な魔力が必要となり、値段が膨れあがった。この二文字だけでも決して安くはない。冒険者も普段は滅多に使わない。
「かしこまりました。お支払い方法はいかがなさいますか?」
「ライセンスで」
ライセンスは冒険者にとって命よりも重いと言われるが、それは実際にギルドでの金銭のやり取りはライセンスを通じて行われるからであった。
受付嬢は会計を済ませると、申し訳なさそうにアレクを見上げた。
「……D級の前衛職とのことでお話がございます」言い終えると二の句が継げず口篭った。
「公共討伐の依頼だろ? 俺なら構わないよ」平気そうに言った。
公共討伐とは、冒険者にとっては利益が少ないが周辺住民の安全や財産を脅かす魔物、動物、賊が現れた際に、ギルドが冒険者に支払われる賃金を保証して、ギルドから冒険者へ狩猟を依頼する制度である。しかしながらこの制度は、冒険者からは蛇蝎の如く嫌われていた。割りの良い仕事ではない上に、特別な理由がない限り断ることが出来ないからだ。実際には断ることは出来るのだが、断ったという情報はライセンスに記録され、ギルドからの融資を受け難くなったり、関連施設の利用を断られるようになったり、実務上の被害も大きかった。つまり、公共討伐の仕事を依頼された冒険者は、ババを引いたと愚痴りながら仲間と酒を飲むことしか出来ないのであった。
「……本当によろしいのですか?」何故だか彼女は怯えているようだった。
「別に構わないけど、なんか訳ありか?」
「……ええ」
「勿体ぶらないで、さっさと教えてくれよ。俺なら平気だからさ」諭すように優しく言った。
「もう一人の後衛職が魔女なんです」震える声で彼女は言い放った。
「魔女!?」驚きながら目を見開いた。
アレクはその依頼を引き受け、ギルドに併設された宿で軟体動物のようにぐにゃぐにゃとストレッチを行っていた。なんの特別な力を持たない彼にとっては、余分な脂肪も余計な筋肉もない、戦うためだけに鍛えあげられた肉体こそが宝であった。
いつもと同じように気に入った詩を誦じていたが、彼の頭にはあの美しい女の姿が鮮明に浮かんでいた。日課のストレッチが終わると、裏庭に出て井戸水を汲み上げて汗を流した。夜風は心地よく、彼の頬を撫でて何処かへ消えた。
「やっぱり、ミラだったのか。ただなんとなく、そんな気がしてたんだよ」
討伐の当日、街の外れで集合することになっていた後衛職の女の姿を見て、表情を綻ばせて言った。
「お前、急いでいたんじゃなかったのか?」彼女の表情は険しいままそう言い放った。
「急いでるけどさ、ライセンスに傷が付くのは嫌なんだよ。俺は今度自分のギルドを作るからさ。審査もあるだろ?」
「それでもよく引き受けたな。私が魔女だと聞かなかったのか?」
「聞いたけど。それがどうかしたのか?」あっけらかんと。
「そうか」素っ気なく歩き始めた。「それでお前は、はぐれ飛竜と戦ったことはあるのか? 奴は凶暴だぞ」
「ああ、何度もあるよ」その表情は自信に溢れていた。しかし、D級の冒険者には単独で飛竜を倒す力や能力などは無かった。
「お前は私を信用することができるのか?」試すような口調だった。
単独で倒すことが出来ない以上は、どうしても魔法の力が必要になる。殆ど初対面の魔女を信用して前衛を張れる人間がどれほどいるだろうか。
「ギルドがミラに仕事を任せた以上、C級以上の実力があり、それなりに経験を積んだことは保証されている」男はフッと笑った。「それで十分だ」
「A級だ」
それが自慢であるのか、男を安心させるために自身の実力を教えてやったのか、それは分からなかった。
「流石! 魔女は魔法、魔道、術式のエキスパートだと聞いていたが、本当だったとはな」
「気を遣ったか? それに呪いや呪具もだ」薄ら笑いを浮かべた。
「あんまり俺を虐めないでくれよ」困ったように微笑んでいた。
二人の間の空気は少しは柔らかくなり、二人ははぐれ飛竜の住む山の中に進んで行った。