出会い
「こりゃ一体、どこだってんだ……」転送罠に掛かってしまった哀れな冒険者の男は、冷静に周囲を見渡した。生い茂る高く伸びた木は、男には見慣れないものだった。
男は大きく息を吐き出して、頭を抱え歩き始めた。しばらくして男は気持ちを切り替えて顔を上げ、歌を口ずさんだ。冒険者たちがよく歌う流行り歌であったり、詩に勝手に抑揚をつけたりして、全く変わらない薄暗い景色の中を耐え進んだ。
二、三時間は経った頃であろうか、水の流れる音を聞き、男は足を休めるために駆け寄った。綺麗な小川の側にしゃがみ込み、顔を突っ込み水を飲んだ。
男は満足そうに顔を上げると、持っていたずた袋を小川のほとりに置き、枯れ枝を集めて積み上げた。
それから枯れ草を集めると、ずた袋の中から木箱を引っ張り出し蓋を開け、真っ赤な、そして小さく丸い鉱石を取り出した。この赤く輝く鉱石には魔法が込められており、赤色の由来は炎の魔法だった。
枯れ草の上に鉱石を置き、それを手頃な石を持って叩き壊した。閉じ込められていた炎はバッと燃え、枯れ草にその熱を伝えた。
男は枯れ草を積み上げた枯れ枝の中にそっと移し替え、その中に息を吹き込んだ。炎はぼうぼうと燃え広がった。
男はホッとした心持ちで、その揺らぐ炎を見据えた。
捕まえた魚を食べ終え一息ついていると「おい、私の森の中で何をしている」攻め入るような強い女の声が背後から聞こえた。
男はハッと振り返り、声の主人を認めた。崖の上から見下ろすのは、真っ黒なローブを羽織る美しい女だった。彼女の肌は陽の光を知らないのかと思うほど白く、艶々とした長く重たい黒髪は彼女の美しさをより一層引き立てた。
「すまない、転送罠にかかってしまったんだ」立ち上がり、敵意や害意が無いこと伝えた。
女は逡巡し、顔を顰めたが「しばらくそこで待っていろ」と、踵を返して緩やか斜面を下り、男のもとへやってきた。
「すまない、君の森だと知らなかったんだ。弁償するよ」
「いや、そのくらい構わないよ」女は男を上から下までじっと見た後「煙が見えたから来てみれば、まさか密猟者ではなく、間抜けな冒険者だったとはな」揶揄うように言い放った。
「密猟者だと思って近づいてきたのか?」危機感が足りないのではないかと思った。
「どういう意味だ?」女は言外の意味に気がつき、試すように薄らと笑みを浮かべた。
「密猟者に声をかけるなんて危ないだろう」
「大丈夫だ。私は強いからな」
澄ました表情から放たれるその言葉は、男に対する警告でもあるようにみえた。
「そうか。君は魔法使いか」
女は呆れたような顔を浮かべて、もう一度男を睨めつけた。
「お前、私が怖くないのか?」
「なんで? 俺には天使様のように見えるね」冗談めかし微笑んで言った。
「ついてこい、人里まで案内してやる。火の始末は忘れるなよ」更に呆れ返っていた。
男は女の後ろついて歩いた。
「本当に助かったよ、ありがとう。俺はアレクって言うんだ。君は?」
「ミラだ。」振り向きもせず言った。
「そういえば、ここはどこなんだっけ? クルト地方のリーマ領までは近いかな」
「まあ、急いで一カ月といったところだろうな」
「そうか、よかった」男は安心したように息を吐いた。
「ほら、見えてきただろう。一際大きい建物があの街のギルドだ」街見下ろし、指をさして言った。「後は一人で向かえるだろう」
“あの”街とミラが言ったことに違和感を覚えたが、そこにはあえて触れなかった。
「ミラは行かないのか?」
「私は残ってやることがある。悪いが後は一人で行ってくれ」
「ああ、わかった。今度また礼をするよ」
「いや、礼などいらないよ」
「借りを作ったままじゃ、どうにも気持ち悪いんだ。そんなこと言わないでくれ」
「あまり期待せず待ってるよ」
ミラは素っ気なく言ったが、アレクは微笑んだ。
「じゃあ、また」
アレクは片手を上げて歩き始めた。ミラは返事をせず男をじっと見据えていた。アレクは一度前を向き振り返ると、そこにはもうミラの姿は無かった。