ロックは死んだ
「なんだ、このタイトルは!」
そんな憤った声をあげながら、小太りのオッサンが部屋に入ってきた。
「『ロックは死んだ』だと!? 死んでないわ、ふざけるな!」
そしてテーブルに着いている俺たちに気づくと、猿渡さんに聞く。
「あれ……? 何、面接中だった? ……違うか」
俺たちがいかにも『ロックやってます』みたいな格好をしているので、すぐに新入社員の面接ではないとわかってくれたようだ。
「今度売り出す予定の新人バンドですよ」
猿渡さんが紹介してくれる。
「こちら犬飼部長です。──挨拶を」
俺たち四人は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「今度デビューさせていただく予定の4ピースバンド『コモリズム』です!」
「「「よろしくお願いします!」」」
「ふーん……」
犬飼部長は俺たちを眺め回すと、あまり興味なさそうに、言った。
「ヴィジュアルがちょっと……情けないよね。ま、頑張って」
苦笑しながら猿渡さんが部長に聞く。
「ところで何を憤慨なさっていたんですか?」
「あぁ……ちょっとね。動画サイトを見てたらけしからんものを見つけてね」
「もしかして──」
さっきの部長の呟きに思い当たるところのあった俺は、興奮した声で聞いた。
「チャールズ・モンローの『ロックは死んだ』ですか?」
「うん、それそれ。知ってるの?」
部長は俺のほうを見て、手に持ったスマホの画面を向けてきた。
「ロックが死んだとか言いやがってんだ、この糞バンド! けしからんよ! ロックは偉大だ! 死んどらんよ!」
チャールズ・モンローは有名なバンドなのだが、部長は見たところ60歳代だ。部長にとってのロックとはレッド・ツェッペリンや矢沢永吉で止まっていて、おそらくは90年代以降のものには疎いのだろう。
俺は教えてあげた。
「チャールズ・モンローは20年以上も前に解散してますけど、過激なほどにロックなバンドでしたよ。その曲はアイロニーみたいなもので、当時よく批評家とかが言ってた『ロックは死んだ、ポップなものに成り下がった』という言葉に対する反撃なんですよ」
「ほう……。そうかね」
あまり面白くはなさそうに、部長は俺に聞いた。
「どんなバンドなんだね? これは」
チャールズ・モンローは前世紀末に突如現れ、主に10代に熱狂的に支持された伝説的バンドだ。過激な歌詞とパフォーマンス、ボーカリストによる反社会的な発言等で、少年少女たちを自由や自殺、犯罪などに導いたとされている。
今世紀初頭に、一人の高校生がクラスのほぼ全員を銃で撃ち殺すという事件が起きた。犯人がアルバムを愛聴していたということで、チャールズ・モンローは責任を取るように解散し、伝説となって消えた。
俺がそのことをかいつまんで説明すると、部長は恐ろしいものを見て泣きそうになるような顔になり、唾を吐いた。
「なんだそれ! 問題ありありの規制すべき害悪バンドじゃん!」
「ま……まぁ、そうですよね」
俺はヘラヘラと笑って受け流した。チャールズ・モンローは好きで聴いていたが、特別ファンというわけではない。解散後17年経って、高校生の時に初めて聴いたのだが、確かにちょっと過激すぎて、ハマるまではいかなかった。
部長が俺にまた聞いてきた。
「ところでキミたちはどんなものをやるのかね?」
「70年代洋楽ロックっぽい音作りをめざしてます」
俺がそう言うと、部長のタレ目がきらーんと輝いた。きっとどストライクの答えだったのだろう。
「それはいい! 応援するよ! 是非、全面的にバックアップさせてくれたまえ!」
「本当ですか!?」
「あぁ! 猿渡くん、彼らはどうだ? 売れそうかね?」
俺たちはデモ音源を持参していたが、部長は音は聴いてくれるつもりもないらしく、猿渡さんに聞いた。
猿渡さんは答えた。
「彼ら、なかなかトガッてますよ。政治家を批判する曲とか歌ってます」
「政治家を!?」
部長は声を高くして、首を横に振った。
「批判しちゃいかんだろう! 批判はいかん!」
「え……。でも……」
お言葉ながらと思いながら、俺は言った。
「ロックは反抗的で、批判的なものだと……」
「いらない、いらない! 批判なんてしなくていい! されたらうちの会社が困る!」
部長はおおきな声で、言った。
「優しくて、みんなをいい気持ちにさせて、広く共感されるようなものしか必要ないんだ! はみ出したものとかいらないから、みんなに合わせて? 過激な言葉とか、独自性のあるメッセージとかいらないから。あとSNSでの発言とかにも気をつけてね? けっしてネガティブなこととか発言しちゃダメだよ? 抑制してね? 良い子でいるんだよ?」
うーん……と、俺は思った。
ロックは本当に、死んだのかもしれない。