孤児院へ向かえ
逃亡の旅が始まって数日。
ゾラはミラとグリを連れ、森の外れにある小さな町へたどり着いていた。
だが、道中で何度も気配を感じていた。 魔王軍が、自分たちを追っているのは明らかだった。
ゾラは深く思案していた。
(……このままでは、ミラを守り切れないかもしれない)
かつての仲間を殺し、魔王軍を裏切った自分。追われる立場となった今、最優先はミラの命。
だが、自分と一緒にいれば、彼女は常に危険に晒される。
そんな時、町の酒場で耳にした噂が、ゾラの足を止めた。
「聞いたか? この近くの山の中に、元六騎士の一人が開いた孤児院があるらしいぜ」
「魔王軍と戦ってたって話だが、今は戦いを捨てて、子どもたちの面倒見てるらしいな」
「確か名前は……そうだ、レオナって女騎士だったっけか」
ゾラの眉が動いた。
(……生きていたのか、レオナ)
かつて共に剣を振るった六騎士の仲間。その一人が、まだ生きている。そして、孤児たちを守っている——。
ゾラは決意を固めた。
「ミラ、少しだけ……遠回りになるけど、行きたい場所がある」
ミラは不安げに見上げながらも、静かに頷いた。
こうして、ゾラたちは新たな道を選ぶ。
向かうは、静かな山の中にあるという、六騎士の一人・レオナの孤児院。
そこに、ミラを託せる未来があるのかを確かめるために——。
山を越え、森を抜け、さらに進むにつれて——空気が変わった。
風はぴたりと止み、森の木々はざわつくように揺れていた。
ゾラは足を止め、辺りを見渡す。ミラとグリもその背にぴたりとついていた。
「……この感じ……」
ザワザワと肌にまとわりつくような違和感。瘴気のようなものが微かに漂っている。
ゾラの顔が険しくなる。
「まさか……」
記憶の奥底から蘇る、あの地獄のような一夜。
六騎士が魔王城へと突入した際、彼らを待ち構えていた“罠”——
そのすべてを仕掛け、彼らを壊滅へと追いやった張本人。
魔人《幻糸のヴェリト》。
幻覚と操りの魔法を駆使し、仲間同士を争わせ、恐怖と混乱に引きずり込む狡猾な魔人。
(そうだ……この辺りはヴェリトの領域……!)
ゾラは唇をかみしめた。
「最悪のタイミングだ……あいつがまだこの地を支配しているなら、レオナの孤児院だって——」
どんな罠が待ち受けているか、わかったものではない。
ゾラは背後のミラを一瞥し、ぎゅっと拳を握った。
「……行くぞ。警戒を最大にして進む。グリ、ミラを頼む。」
神獣様と信じられているグリが、真剣な眼差しでゾラの肩に飛び乗った。
そして、三人は重い空気の中、慎重に森の奥へと歩みを進めていく。
——その時だった。
突如、森の奥から漂う瘴気が爆発的に膨れ上がった。
空がぐにゃりと歪む。木々が黒い糸のようなもので縛られ、地面が蠢く。
「来たか……!」
ゾラがすぐにミラの手を引き、走り出した。
「しっかりつかまれ! この先に孤児院がある、そこまで逃げるぞ!」
ミラは混乱しながらも、ゾラにしがみつく。
グリも懸命に羽ばたきながらゾラの肩を追う。
だが、瘴気の中から現れたのは、無数の糸のような触手。 そして、その中心に立つ一人の魔人の姿。
蜘蛛のような六本の腕、仮面で覆われた顔、その隙間から覗く赤い瞳。
「ようこそ……かつての魔王軍幹部、ゾラ。」
——幻糸のヴェリト。
「お前が……!!」
ゾラの眼が怒りに燃える。
「ふふふ……また会えたことを、光栄に思うといい。」
ヴェリトの手がふわりと上がると、空間が糸で分断されていく。
「ミラ、グリ、行け!!」
ゾラは背を向けていた二人を突き飛ばすようにして、孤児院の建物内へ押しやった。
「何があっても、振り返るな! 行け!!!」
「ゾラ——っ!!」
ミラが泣き叫びながらも、グリに連れられて走る。
ゾラは剣を引き抜いた。黒炎がその刃に灯る。
「今度は……俺が、あの時の続きを終わらせる……!」
ヴェリトの糸がうねる。
そして、二人の激突が、静かに始まった——。