六騎士ディラン
それから数日後——
ザイドの体は、見るも無惨に変わり始めていた。
日に日に肌は灰色がかり、血管の浮き出た異様な腕、鋭く伸びた爪、そして顔の輪郭も徐々に“魔人”のものへと近づいていた。
焚き火のそばで無邪気に笑っているミラだけが、その異変にまだ気づかないでいた。
「……ねえ、鳥さん。お父さん、どうしたの?」
ミラが不安そうにグリに触れながら尋ねてくる。
その声は、俺に向けられていた。
「……」
俺は答えられなかった。
なんと答えればいい。
君の大好きなお父さんが、もうすぐ人間じゃなくなる。
その事実を、幼い少女にどう伝えればいい?
(……ミラ、すまん……)
俺は、そっとモニターに手を添えた。
(……もう、ここを出よう。あの子だけでも守らなきゃ……)
そう決意しかけた、その時——
洞窟の外から、足音が響いた。
ザイドが顔を上げ、身構える。
そして、入り口に現れたのは——
銀髪に青いマントを羽織り、鋭い目をした男だった。
「……見つけたぞ。ここにいたのか。」
男は辺りを見回し、グリとミラ、そして変わり果てたザイドを見て、警戒を強めた。
「おい、そこの魔人。少女をどうするつもりだ?」
「……魔人、だと?」
ザイドが低く唸るように返す。
男は腰の剣に手をかけた。その名はディラン。かつて六騎士のひとり『蒼刃のディラン』として名を馳せた剣士だった。
「……その子は、俺の親友の娘だ。ザイドの娘、ミラだ。」
俺は驚愕した。
(この男……六騎士!?)
男は、ザイドの名は知っている。だが、目の前の“魔人”が、かつてのザイド本人であるとは、まるで気づいていない。
「貴様に娘を攫われる筋合いはない……ミラは、俺が連れて帰る!」
「……やめろ……その子に手を出すな……」
ザイドの声が、かすれた。
だが、男は聞く耳を持たなかった。
「黙れ、魔人が!」
次の瞬間、洞窟の中に剣閃が走った。
——かつての仲間であることも知らず、六騎士と“魔人”となり果てたザイドの、戦いが始まった。
ディランの剣が鋭く振るわれ、洞窟の空気が切り裂かれる。
ザイドは爪で受け止めるが、その動きには迷いがあった。
(……ミラを……あいつにだけは、渡せない……)
ザイドの心に浮かんだのは、過去の記憶だった。
ディランは強かった。確かに、六騎士の中でも屈指の剣士であり、信頼できる戦友だった。
だが同時に、気性が荒く、他人への気遣いに欠ける一面があった。
かつての戦いで、無茶をして部下を巻き込んだことも一度や二度ではない。
戦いには強いが、人を守るには向かない男。
彼に、ミラのような繊細な子を任せるわけにはいかなかった。
——だからこそ、神獣様に託したのだ。
剣と爪が交差するたびに、その想いは強くなる。
「やめろ……ミラに近づくな……!」
「黙れ、魔人が!」
一方その頃、ミラは怯えた様子でグリにしがみついていた。
「こわい……鳥さん、どうして……」
俺は画面越しに、必死にミラへと呼びかけた。
「ミラ、逃げろ。ここは危ない! グリと一緒に、奥へ——!」
「でも、お父さんが……!」
「ダメだ、ミラ! お父さんは……もう……!」
言い切れなかった。
ザイドの動きが、徐々に鈍くなっている。
攻撃のたびに身体が揺れ、魔人としての力と人間としての理性がせめぎ合っていた。
「ディラン……その子は……俺の……」
「何をわけのわからんことを……!」
決定的な一撃が、ディランの剣から放たれた。
ザイドの胸を深く貫いた刃。
「——っ!!」
ザイドは苦悶の表情のまま、崩れ落ちた。
「お、お父さん……?」
ミラが震えながら、足を動かせずにいる。
ディランは血の付いた剣をしまい、ミラへと近づいた。
「大丈夫だ、もう怖くない。……君は、ザイドの娘だね。俺が守る。」
優しい声でそう言いながら、ミラを抱きかかえたその瞬間——
洞窟の入口から、黒煙のような気配が流れ込んできた。
「……なに?」