六騎士の子
少女はザイドの後ろからそろそろと近づき、グリをじっと見つめた。
グリは袋から出されて以降、大人しくザイドの腕に止まっていたが、少女の視線に気づくと、首をかしげて小さく鳴いた。
「……あー……」
少女はそっと手を伸ばし、グリの柔らかな羽に触れる。
その瞬間——
「……耳が、聞こえないのか?」
主人公が画面越しに呟いた。
すると。
「……鳥さん、喋れるの?」
少女が、ぽつりとそう言った。
グリを見つめながら、どこか戸惑いを浮かべた顔で。
「……えっ?」
主人公は思わず声を漏らした。
グリは今、一言も言葉を発していない。
だというのに、少女は“俺の言葉”に反応した——。
(まさか……聞こえてる?)
鳥越しに誰かと繋がるような経験は、これまでにも何度もあった。
だが、それはあくまでグリにだけで、グリの真似にすぎなかった。
今の少女は違う。
まるで、俺の声そのものが届いているような——そんな反応だった。
少女は微笑みながら、グリの頭を優しく撫でている。
その仕草は、まるで“向こう側の誰か”を意識しているかのようだった。
少女はグリの羽を撫でながら、まっすぐにこちら——いや、画面の向こうの俺を見ているようだった。
「ねぇ……あなた、誰?」
小さな声が、俺の耳に届く。
画面越しの世界なのに、少女の声はなぜかとても近く感じた。
俺はしばらく黙っていたが、やがて静かに答える。
「……君には、俺の声が聞こえてるのか?」
少女はコクリと頷いた。
まさか、本当に俺と会話ができるとは……。
「……名前、教えてくれる?」
「うん……ミラ。ミラっていうの。」
「ミラ……ザイドの娘、なんだよな?」
少女——ミラはうん、と微笑んだ。
「……グリは、俺の大切な友達なんだ。だから……君がグリに優しくしてくれて、嬉しいよ。」
ミラはまた頷いた後、小さく首を傾げて尋ねてきた。
「あなたは、どこにいるの? どうして鳥さんの中から声がするの?」
どう答えるべきか、俺は少し迷った。
現実世界からモニター越しに見ているなんて説明しても、彼女には理解できないだろう。
それに、変に現実の話をして不安にさせてもいけない。
だから——
「……俺は、神獣の心の声なんだ。」
ミラの瞳がまんまるになる。
「神獣様……の、心……?」
「ああ。だから君にだけ届いてる。たぶん、君が……すごく優しいから、聞こえてるんだよ。」
ミラは照れたように笑い、グリの胸をそっと撫でた。
「……パパはね、昔、おうちを出て旅に出たの。悪い魔王をやっつけるって言ってた。」
「……そうだったんだ。」
「ママと二人で待ってたよ。村に帰ってくるの、ずっと……でも……」
ミラの表情が曇る。
「ある日、魔物が村に来て……おうちも、村も燃えちゃった……」
「ママは、ミラに『逃げなさい』って言って……それから、もう会えなかった。」
ミラの手がグリの羽の中で震える。
「そのときね、すごく怖くて……いっぱい泣いて……気がついたら、音が……全部、聞こえなくなってたの。」
俺は思わず息を飲んだ。
彼女は、ショックで聴力を失ったのか——。
「それから、ずっとひとりぼっちだったの。どうやってか分からないけど、がんばって歩いて……ここに来たの。」
「でもこの町も、孤児がたくさんいて……毎日、食べ物を探して、寒くて、寝る場所もなくて……」
ミラの瞳が少し潤む。
「ある日、パパが来たの。町に現れて……ミラを見つけてくれたの。」
「その時……パパ、気づいたの。ミラの耳が聞こえなくなってるって……でも、何も言わなかった。ただ、ぎゅって抱きしめてくれた。」
ミラの笑顔は、どこか切なくも暖かかった。
そして——
「……神獣様。」
ザイドの低く静かな声が洞窟に響いた。
振り返ると、彼が火を起こした薪の前に座っていた。
当然、ミラとのやり取りは何も聞こえていない。
「お前がなぜ、ここに現れたのか……俺には分からない。」
ザイドは語り始めた。
「魔王との戦いのあと、俺は生き延びた。だが……村に戻ったときには、すでにすべてが焼け落ちていた。」
「……崩れた我が家の瓦礫の中から、妻の遺体を見つけた。だが、ミラの遺体は……どこにもなかった。」
彼の声がわずかに揺れる。
「それでも、俺は……信じていた。あの子は生きている、と。」
「そしてこの都市で、奇跡のように再会したんだ。」
「だが……その時のミラは、声をかけても反応しなかった。まるで、何も聞こえていないかのように。」
ザイドは焚き火を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……神獣様。あの子の耳を……あの子の笑顔を、取り戻してやってくれ。」